第28話 帰途
流れるような金色の髪は母譲りのものだ。少年は前に会った時よりもずっとずっと成長していた。贔屓目に見ても端麗な顔つきなのは確かだ。
「シンヴレス、久しぶりだな」
「はい、叔父上」
少年は溌溂とした表情を見せた。
「幾つになった?」
「十一でございます」
「ほほぉ、私と最後に会った時は」
「八つの時でございます」
「どおりで大きくなったわけだ」
ドラグナージークは嬉しくなり、皇帝を振り返った。
「今では竜乗りの見習いの方もよくこなすようになった」
「正規兵の竜乗りか、頼もしい」
ドラグナージークが言うと、シンヴレス王子は腰に履いている剣を見せた。それはグレイグショートソードであった。竜乗りでも愛用する者もいる。接近戦でも、投擲武器としても優れている。
「叔父上、今日は泊って行かれるのですか?」
期待する様な眼差しを受けてドラグナージークは胸が痛んだ。
「すまない、ガランへ戻るつもりだ」
「あの、叔父上」
「何だい?」
シンヴレス王子は少し目を逸らすと、決意したようにこちらを見詰めた。
「ベルエル王国のサクリウス姫とお会いした時はありますか?」
「ある。勇猛な方だ。気になるのか?」
「い、いいえ。いや、はい!」
シンヴレス王子は迷いを振り切りように言った。真面目な顔に、ドラグナージークは察した。この子は、サクリウス姫のことをどこかで知って憧れているのだろう。一度は自分と結婚させられそうになった相手であった。サクリウス姫は兜で分からなかったが、二十は越えているだろう。だが、そうだな、愛に年齢差など関係無いか。
「困ったことにシンヴレスはサクリウス姫を好いているようだ」
兄の皇帝が言った。
「勇猛だと言うことしか知らないが」
「お優しい方です」
シンヴレス王子が頑なな顔で言った。
「何故、そう思うのだい?」
「それは秘密です」
シンヴレス王子が表情を慌てさせて言った。
「叔父上は結婚なさらないのですか?」
「まだそこまでは進んでいないのだよ」
「では、どのくらいまでなら進んだのですか?」
手痛い質問は胸を抉るようだった。ドラグナージークは真面目な顔で、王子に目線を合わせて応じた。
「相手に好きになってもらっていない」
「好きな人はいるのですよね?」
「ああ」
「だったら、言わないと! 私だったら好きな人と長い時間を過ごしたいです!」
「恋とは複雑なのだよ」
「駄目です、叔父上は告白すべきです。そして私に弟か妹が欲しいのです」
その言葉を聴き、ドラグナージークは思わず寂しくなった。この王子に同情したい気持ちでいっぱいだった。彼の母、皇帝の正妻は既にこの世の人ではない。どこか儚さを感じさせる歌の得意な綺麗な声の持ち主であった。だが、その印象通り、儚く天へ召された。病だった。
ドラグナージークは覚悟を決めた。どうせ、いつかは言うのだ。結ばれるか、結ばれないかは知らないが。ドラグナージークは王子の肩に手を置いた。
「分かった、相手の女性に好きだと言ってみるよ」
シンヴレス王子は目を丸くした後、少年らしく破顔した顔で頷いた。
「それでこそ、ドラグナージークです! 叔父上!」
「ああ」
ドラグナージークはこうして生まれ育った城を後にした。
2
フロストドラゴンのバースに乗り、夕闇の中を行く。
ルシンダに思いを告げるか。私に出来るだろうか。だが、今は同居という状態だ。べリエルが刺客を送って来るかは分からないが、この方が安全だった。ルシンダの護衛にもなる。それにしても地上に下りた竜乗りを狙うとは卑劣なやり方だ。甥のシンヴレス王子がサクリウス姫に憧れを抱いているのを知り、結婚しなくて良かったと思ったが、その代わり、姫の怨恨を買うことになった。だが、と、思い出す。暴竜を止めた際に、姫は私に明らかに失望した。もう、姫は私に拘ることは無くなったのではないだろうか。いや、サクリウス姫の勇猛さを見れば、そもそも恨みなどで刺客を放つ小人では無いとも思う。一連の刺客はベルエル王その人のものであろう。王が姫の代わりに怒っているのだ。
それにしてもサクリウス姫が優しいと、何故、シンヴレスは言ったのだろうか。お互い敵対し、出会った事も無いはずだ。
いずれにせよ、シンヴレスには荷が重すぎる相手だ。歳も離れている。いや、愛に歳の差など関係無いか。
夜になる前に付近の村に下りた。
マルコがくれたエンブレムに出撃してきた壮年の竜乗りは頷き、ドラグナージークは村へ滞在する許可を得た。
竜宿にバースを預け、食事代や手間賃を払うと、今度は自分の食事にドラグナージークは出た。
居酒屋の喧騒は嫌いではない無い。外へ漏れて来るその声につられてドラグナージークは店に入った。
熱い旋律が聴こえた。
席に着くと、中央の大きなテーブルの上で若い男女が腕を組合いリズムに乗って回っていた。楽し気に愛し気に視線を合わせ、そして曲が終わった瞬間、二人はキスした。
周囲からは賛辞と拍手が沸き起こり、ドラグナージークはちょうど求愛の場に居たのだと察した。遅ればせながら拍手を送り、自分とルシンダもこのぐらい派手にやってみたいものだと思った。
食事が運ばれてくる。
「好い所へ来なさった旅の旦那。あの二人、今日結婚したんですよ。今ね」
店の男性店主が言った。
ドラグナージークは銀貨を右手と左手に握らせた。
「片方はあの二人の祝いに。もう片方はあなたのものだ」
「分かってるねぇ、旦那、さぁ、懐に余裕がある限り飲んで食べて、あんたもこれで村の仲間入りだ」
男性店主は有頂天で去って行った。
「村の仲間か」
もしもルシンダと結ばれれば、皇帝である兄へ引き合わせなければならない。王族という身分を捨てはしたが、それでも王家の血はこの身体に流れている。彼女は戸惑うに決まっている。大丈夫だろうか。
大丈夫だ。事前に私が身分を明かせば。ルシンダは私と共に王家の血も受け入れてくれるだろう。
宴会はまだまだ始まったばかりだ。ドラグナージークも今は村の新郎新婦に拍手を送ることにした。
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