第29話 新人育成
ルシンダと共に寝起きし、彼女の手料理を食べ、二人で食器を洗い、家を出る。
近頃のドラグナージークもすっかり彼女とのリズムには慣れた。そしてもう一つ嬉しいことがあった。ベッドをもう一つ買ったのだ。それにはドラグナージークが寝る。ベッドは並んでいたがくっついていたわけでは無かった。まだまだお互い男女の仲にはなれていないという証だった。
チャーリーの武器屋に赴き、裏手の屋内演習場で剣を合わせる。ルシンダは旧式の重たいグレイグバッソのグレイググレイトを両手で握り、振り回してきた。
ドラグナージークはグレイグバッソを片手で、時には両手で握り、ルシンダの相手を務めた。よく動くが、まだまだ剣の重さに耐えるまであと一歩ほど必要だった。裏を返せば、そこまで自らを仕上げたルシンダは凄まじい闘魂の持ち主であった。
「君は本当によくやっている」
「駄目、あなたから一本も取れない。良い様にあしらわれてる」
ルシンダは自らを厳しく評価したようだ。こういう生真面目で頑ななところが少しだけドラグナージークは苦手だった。だが、ルシンダは好きだ。そういう気持ちとどう向き合えば良いのかそれが分からなかった。
「あなたは今日は山奥の村の新人君のコーチだったわね」
「ああ。君一人に町を任せることになるよろしくな」
「任せなさい」
ルシンダはそう言うと外へ出て行った。
「引き下がっちゃ駄目だよ」
武具店の主、チャーリーがハゲ頭を輝かせながら温和に言った。
「良いところは良い、自分はそう思ってるってことを相手に理解してもらわなきゃ駄目だよ」
「確かにその通りだな。次はそうしてみる」
「うん」
チャーリーは満足そうに引っ込んで行った。
2
ドラグナージークは山奥の村へ向かった。あそこは食事処の全てに名産品のキノコが使われているためドラグナージークは自前で食事を用意した。
着地すると、人々が軽く驚いたようにこちらを確認し、そしてそれぞれの仕事に戻る。
「ドラグナージークさん」
ディアスがレッドドラゴンのペケを連れてそこにいた。
「やぁ、ディアス、ペケ。久しぶりだな」
「はい。今日はよろしくお願いします」
「私にできることなら遠慮は要らないよ」
「分かりました。着いたばかりですが、どうします?」
「始めよう」
ドラグナージークが言うとディアスはペケに跨り、手綱を握った。鞍に乗せた足でペケの脇腹を軽く蹴ると、ペケは羽ばたいて浮上し始めた。
立ち上がりはこんなものだ。ドラグナージークはディアスとペケを見守っていた。
そうして風を掴んだペケは一気に前方へ羽ばたいていった。
「ペケー! はしゃぎすぎだよ!」
ディアスの悲鳴が聴こえ、ドラグナージークは笑ってラインに跨り後を追った。
「こんな感じでまるで遊んでいる感じなんです」
「良いと思うぞ」
ドラグナージークが言うとディアスは驚いた顔をした。
「ペケは悪者に道具にされていた。ここまではしゃげるのは君に心を許しているからだ。ペケはまだまだ若い竜だよ。一緒に遊んであげなさい」
「そういうものですか?」
「そういうものさ」
ペケは御機嫌に鳴き声を上げて、主を振り返る。
ディアスは笑ってその頭を撫でた。
しばらくはペケの独壇場だった。ペケは竜舎で大人しくしていた鬱憤を晴らすように飛翔し、駆け抜け、空を縦横無尽に行き来した。ディアスがペケに止まるように指示を出すと、ペケは止まった。無論、翼は風を孕み忙し気に動いている。
ドラグナージークは合流した。
「ドラグナージークさん、ペケがいうことを聴きました」
ディアスは驚いた顔のままこちらを見て言った。
「良かったな。それじゃあ、剣を出して、空での戦いをしてみよう」
「はい!」
ディアスはブロードソードを抜いた。
「まず、今日は手綱に掴まったまま剣を打ち合ってみよう」
「分かりました。それでは仕掛けます。ペケ! 体当たりだ!」
主の命令に素直に従いラインよりも小さな身体をペケはぶつけてきた。
ラインは動かなかった。だが、ディアスは続けて剣を振るった。ドラグナージークのグレイグバッソとぶつかった。
「そう、それで良い。すぐに白兵戦に移れたのは良いことだ」
ドラグナージークは巧みに得物を操り、ディアスは厳しいところを何度も打たれた。彼も鎧を着ているし、ドラグナージークも手加減している。これが本気になれば鎧ごと真っ二つにできる。ディアスにもそうなって貰わなければならない。
不慣れな戦場でディアスが剣を大きく振るい過ぎた。
「あっ!」
ディアスは思わず左手を手綱から放してしまった。
ペケは動かないと判断するまでも無くドラグナージークはラインを急降下させて、青年を抱き止めた。
しばらく二人は恋人のように見詰め合っていた。
「あ、ありがとうございます!」
ディアスが慌てて言った。
「良いんだ」
ドラグナージークは微笑んだ。
「俺とペケもそのぐらいできるように頑張ります」
「私か他のベテランの竜乗りが居るときに試すと良い。ペケも動きを見て理解する」
「そうでしょうか?」
「そうとも、竜は思った以上に賢い生き物だ」
ドラグナージークは年下の青年を下ろすとその肩を叩いた。
ペケが後を追って来た。
「ほら、君を心配しているぞ」
ドラグナージークはゆっくり降下しながら言った。
「ペケ、大丈夫だよ。俺達ももっともっと頑張ろうな」
ディアスがペケの頭を撫でた。
地面に到着すると、ディアスは言った。
「今日はペケの気持ちが分かったような気がします」
「うん、それは良かった。さぁ、飯の後にもう一度、空で剣を合わせよう」
「はい!」
ディアスは嬉しそうに気合いに溢れた声で応じた。ドラグナージークは彼が竜乗りとしての道を本気で選んでいるのだと知り、後輩が出来て嬉しく思ったのだった。
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