第30話 模擬戦
刃を砥石に走らせる音が続く。ドラグナージークはギルムの工房へ来ていた。これまで培ってきた老練な眼と手は、刃の研ぎのどんな甘さも見逃さなかった。
自分で自分の武器を手入れした上でのことだったが、職人からすればまだまだひよっこなようだ。もう一時間もギルムは無心に作業をしている。ドラグナージークは最初、三十分ほどはギルムの姿勢を見て、どうすれば職人レベルまで眼も手も分かるようになるのだろうと思っていたが、出た結論は、さっぱり分からないというものだった。
ドラグナージークはそれでも良いとも思った。自分が完璧に研いでしまえばギルムと顔を合わせる機会が減ってしまう。ドラグナージークは町の人達全員が好きだった。
ドラグナージークはまだ納品されていない武器を見て回った。ギルムは鍛冶屋だが、木工もできる器用な男で、木製の盾もあった。ドラグナージークは鉄製の鏡のように研がれた槍の穂先や、斧の刃、鎧兜を見て、あれこれぴったりな知り合いの姿を思い浮かべていた。だが、みんなそれぞれの武や防具に愛着があるだろう。グレイグショートならディアスぐらいなら喜びそうだが、ヴァンやルシンダは今のを使い潰すまで使うつもりだろう。
「仕上がった」
テリー程、老いてはいないが、老人の声が言った。
「ありがとうギルム」
「ルシンダの方が研ぐのは上手いな」
「彼女も来てるのか」
「ああ」
「あれは良い鍛冶師になれる」
その言葉にドラグナージークは軽く驚いた。
「そこまで凄いとは」
「今度、後継者にならぬか尋ねてみるつもりだが、次はいつ来るのか分からん。お前の方で伝えて置け」
「分かった」
ドラグナージークが頷くと、ギルムが口の端から堪えきれなかったように笑いを発した。
「恋路はどうだ?」
「いや、まだ」
「人生は意外と短い。急がないと俺の様に老いるぞ」
「肝に銘じて置くよ」
ドラグナージークは代金を支払いギルムの工房を後にした。
2
空にはピーちゃんに跨ったルシンダと、ペケに乗ったディアスがいる。両者は向き合っていた。
ドラグナージークは中央に立ち、両者を見て手を上げて下ろした。
「始め!」
ドラグナージークの宣言にピーちゃんがとペケがぶつかり合う。騎乗者が手にしているのは木剣で、サイズが無かったのでルシンダは仕方なくグレイグバッソに似せた剣を持ち、ディアスは片手剣を右手に握っていた。
体当たりはピーちゃんの勝ちだった。容赦なくルシンダがディアスに接敵し、右手で剣を振り下ろす。ペケが弾き飛ばされた勢いから回復しきれていないディアスは、これを辛くも受け止めた。
ルシンダは左手を手綱から放し、両手で剣を握ると振り下ろした。
ディアスは剣で受け止めるが、慌てて手綱を握りながら左手を柄に添える。立て直した体勢が再び崩れて行く。
ルシンダはピーちゃんを更に寄せて来てディアスを一方的に打ち込んだ。
さすがはルシンダだが、ディアスも身を持ち堪えさせながら剣を縦横に動かし防御に専念した。
しかし、守ってばかりでは勝負にならない。ディアスは隙を見付けなければならない。ルシンダが疲れ果てるか、あるいは他の何かが原因で生じる隙をだ。ルシンダが、大上段に剣を振り上げた時、ディアスは動いた。ペケを離れさせたのだ。
模擬戦でなければディアスもペケに炎を吐かせただろう。小回りの利くペケの身体を活かし、ディアスはルシンダの下から回り込み、背後を取った。
「貰ったあっ!」
ディアスの咆哮が木霊する。接敵した位置からの突きがルシンダを襲ったが、彼女は竜の背で跳躍して突きを避けながらペケに乗り移った。
小柄なペケが新たな肉体と鉄の鎧の重さに悲鳴を上げる。ルシンダの剣がディアスの肩を打った。
「勝者はルシンダ」
「さすがはガランの元守護神」
ディアスが尊敬するように言うと、ルシンダは二ッと笑った。
「ルシンダ、乗り移って。ペケが重さに苦しんでいる」
「失礼ね、あたしそんなに重くないけど」
ルシンダはそう言うとピーちゃんの背に移った。
「二人とも良い動きだった。ディアスの方はペケが大きくなれば更に戦術も広がるだろう」
「はい」
ドラグナージークの言葉にディアスが返事した。
「ルシンダは本来の武器では無いが、空で手綱を離すことが大きな強みになっている。以前、ピーちゃんも落下した君を救ってくれた。地道に筋力を上げよう」
「そうね」
次はルシンダが頷いた。
「さて、次は私が相手だ」
ドラグナージークが言うと、ルシンダとディアスの目の色が変わった。二人はニヤリとし、揃って頷き合った。
「ディアス君、ドラグナージークをボッコボコにするわよ!」
「望むところです、ルシンダさん!」
二人は左右からそれぞれ仕掛けてきたが、ドラグナージークは飛翔し、避けた。下で二人が交錯しそうになっていた。
ドラグナージークは急降下し、ここはルシンダを狙った。
ルシンダは勢いの乗った木剣の太刀を受け止め防いだが、体勢を崩してピーちゃんの背に尻もちを着いた。
ディアスがドラグナージークの背後から迫った。ドラグナージークは立ち止まり、振り返って、勢いある剣を剣で受け止めた。
そして競り合いを制すると、追撃することなく、上昇して二人に猶予を与えた。二人の声が聴こえる。
「手を抜いたわね、ドラグナージーク!」
「俺達にだって意地も誇りもあります!」
些か怒った様な二人が同時に攻めて来た。
ドラグナージークはそのままこちらも二人に突っ込んだ。
瞬間、得物を振るいルシンダの胴を、ディアスの肩を打って通り抜けた。
これにて試合終了である。
「竜の動きが違い過ぎますよ」
ディアスが思わず言った。
「でも、参考になりました」
「そうね、私もピーちゃんももっと鍛えなきゃ。頑張ろうね、ピーちゃん」
ルシンダの言葉にピーちゃんは鳴いて応じた。
「二人とも、それでも良い動きはしていた。後はそれぞれが言った通りだ。自らも竜も鍛える必要がある」
ルシンダとディアスが頷いた。
「よし、それじゃあ、もう一本、行こうか」
ドラグナージークの言葉に、二人の声と、三匹の竜が咆哮したのであった。
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