第42話 闇騎士

 自然公園の建物で一泊したが、シンヴレスはレンジャー達に次々竜のことを聴いて回っていた。レンジャー達は時々草原エリアにも飛んでは来るが、大概は森の向こうの山付近にいると揃って答えていた。

 シンヴレスは自分の竜が欲しいのだ。ドラグナージークも無力な少年時代に憧れたことはあった。それから王宮内の派閥争いに巻き込まれそうになったところを自ら王族の権限を返上し、旅に出た。あくまでほとぼりが冷めるまで。その間は山賊や盗賊などを専門に剣の腕を生かして傭兵を志していた。実は師であるベンに会わなければ、自分は竜傭兵にはならなかっただろう。竜傭兵になれたことでガランという素敵な居場所を確保することができた。それはドラグナージークにとって大きなことであった。

 用意された部屋で横になっているとシンヴレスは少し離れたベッドの上で言った。

「叔父上、私も竜乗りになりたいです」

 暗闇の中、シンヴレスの声が届いた。ドラグナージークは答えに窮した。

「私も叔父上のように城を出て、竜傭兵になりたいです」

「私の場合は……特別だったのだ。皇帝陛下が、君のお爺様が次の皇帝は兄、つまり君の御父上と決めていた。だから好き勝手できる身分になれた」

「やはり私は皇帝になるために生まれて来たのですね」

 シンヴレスは少し力無く、諦めの境地で述べたようにも思えた。ドラグナージークは考えていた。サクリウス姫の例もある。だが、サクリウス姫には既に兄がいて王位を継ぐ準備は整っていた。ドラグナージークはシンヴレスに対して何を言うべきか迷った。私と違い、生まれながらに帝位を得た少年が竜乗りになりたいと言っている。だが、それも良いのかもしれない。竜乗りの皇帝が居れば、士気は上がるだろう。

「傭兵は無理だが、正規の竜乗りになれるように訓練したらどうだ?」

 その頃には王国も帝国も争いに決着がついていて欲しい。ドラグナージークはそう祈りつつ提案した。

「……それで妥協するしか道はなさそうですね。それにサクリウス姫も傭兵では無く正規の竜乗りです。だったら、それで良いのかもしれません」

「そんなにサクリウス姫に夢中なんだな」

「はい。父上には内緒にして下さい」

「何だ?」

「実はサクリウス姫と手紙のやり取りをしております」

 驚くべきことだった。敵国の姫との文のやり取りなど、いや、特に私からいうことは無いか。シンヴレスは分別のある少年だ。帝国の機密を漏らしたりはしないだろう。

「サクリウス姫はどんな手紙をくれるんだい?」

「ええ、私が立派な剣士になれるようにいつも応援してくれています。直筆の竜の絵もあるのですが、とても可愛いのですよ」

 あの男勝りの姫がか。意外だな。子供には甘いということだろうか。

 だが、サクリウス姫は竜思いの女性だ。根は手紙にある通り、優しい方なのだろう。

「帰ったら、竜乗りになってみたいと父上に言ってみます」

 何となくだが、陛下もお前がそれを言い出すのを承知で自然公園の見学に行かせたのかもしれないな。ドラグナージークはそう感じた。城の窮屈さを一番知っているのが兄である皇帝陛下である。

「少し戸惑うだろうが、承知してくれると思う。もし承諾を得たなら門番のグランエシュードに見てもらうと良い」

「誰ですか?」

「元、竜乗りで弓の達人さ」

「そんな人材が我が国にいたなんて驚きました。楽しみです」

 そうして明朝には帝都へと馬を進めたのであった。



 2



 シンヴレスと競うように馬を飛ばす。

 自然公園は自分でも充分楽しめる場所であった。是非、ルシンダを誘いたい。特にレンジャーのハーディングとは意見が合いそうだ。

 そんなことを思いながら並走していると、更に背後から馬蹄が鳴り響いた。明らかに力強く、速い。

「シンヴレス、道を開けよう」

 ドラグナージークがそう言い、後ろを振り返った。

 そこには黒い馬に跨り黒い兜に面頬、鎧も黒く、はためく外套までも黒かった。

 闇騎士。

 ドラグナージークは心臓が冷える思いで剣を抜いて、シンヴレスの前に背を向けた庇った。

「ドラグナージーク! 命、貰い受ける!」

 闇騎士、それはベルエル王国七剣士の一人であった。名前と姿だけしか耳にしたことは無かったが、相当な腕前らしい。

「叔父上!」

「シンヴレス、少し離れていろ!」

 闇騎士が肉薄してくる。

 大振りの剣を右手一本で横に振りかぶっている。

 そして縦に上がった瞬間、振り下ろされた凶刃は、振り上げられたグレイグバッソと打ち合い、激しい鉄の音色を漏らした。

「火花が」

 シンヴレスが言った。

 王国の関も目が甘い。この間はダンハロウを通した。いや、きっと関を通らなかったのだろう。秘密の道がどこかにある。

「ドラグナージーク、さすがの膂力だ」

「それで満足したなら立ち去ってはくれないか」

「馬鹿な、欲しいのは貴様の首だ。小僧の皇子なんぞ、俺はどうでも良い」

 再び剣が激突する。闇騎士は馬上戦に慣れている。一方のドラグナージークは竜の上ならば問題無いが、馬の背では本来の調子が出なかった。

「ドラグナージーク! この剣に相応しい首であってくれよ!」

「本当だな?」

 ドラグナージークは剣越しに尋ねた。

「本当に皇子には目もくれないのだな?」

「……お前を殺して皇子を奪う。やはりそうすることにしよう。その方が、貴様も本気になれるというもの」

「ちっ」

 ドラグナージークは舌打ちした。ここで負けるわけにはいかない。ただ一人の護衛として抜擢してくれた兄のためにも、シンヴレスの命のためにも。

「叔父上!」

 シンヴレスが悲壮な声を出す。

「心配いらん、私は負けない!」

 ドラグナジークは反対側の鞍から足を離すと馬上から闇騎士に跳びかかった。

 ドラグナージークと闇騎士は地面の上に転がりもつれ合った。

 そしてドラグナージークが上になり、剣を振り下ろすが闇騎士は剣の腹で弾き返し、ドラグナージークを蹴って、身を起こした。

「地上戦なら五分五分ということか。面白い」

 闇騎士はそう言うと間合いを一気に詰めて来た。

 渾身の振りを避け、ドラグナージークは闇騎士の肩に斬りつけた。

 物凄い衝撃が走り、闇騎士の肩鎧は砕け散り、破片が散らばった。

「そうでなければ」

 闇騎士は身を向けてドラグナージークに躍り掛かった。

 今度のドラグナージークは躱す暇も無かった。

 剣を薙ぎ払い得物同士が刃鳴りを響かせ、そのまま両者は巧みに剣を振り合って隙が出るのを待つ格好となった。

 傍から見れば乱れ打ちだが、ドラグナージークも考えて、急所を狙っている。相手もそうであった。壮絶な打ち合いが続く。

 どちらともなく、息を上げて離れた。

「噂通りの腕前。ありふれた剣では駄目のようだな」

 見れば、闇騎士のブロードソードは激しく刃こぼれしていた。

「貰うぞ!」

 ドラグナージークは踏み込み、渾身の一撃を放ったが、闇騎士は宙を舞っていた。そしてその伸ばした腕を高速の大きな影が掴まえた。

「ロック鳥」

 思わずドラグナージークは相手を見逃してしまっていた。

「次はこうはいかぬぞ。最高の剣で貴様を断つ」

 闇騎士はロック鳥に掴まりながら高々と飛翔し、姿が見えなくなった。

「叔父上、怪我はございませんか?」

「ああ、私なら大丈夫だ。危険な目に合わせてすまなかった」

 ドラグナージークが答えて詫びると、シンヴレスは言った。

「今のは王国の刺客ですか?」

「そうだ。あれは初めて見る者だが、闇騎士と呼ばれる、王国七剣士の一人だ」

「あれが七剣士……。サクリウス姫に知らせなきゃ」

「何をだい?」

「勝負事は正々堂々、表立って行いましょうと。ここは戦場じゃない」

「そうだな。さぁ、戻ろうシンヴレス。手紙のこともあるだろうし、今回の一件で君と父上にはより一層の警護が必要だと分かった」

「はい!」

 シンヴレスは良い声で返事をした。

「よし、行こう」

 ドラグナージークはシンヴレスと並んで街道を帝都目指して駆け抜けて行ったのであった。

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