第43話 帝都の門
帝都の白亜の城壁が見えて来た。シンヴレスはどう反応するだろうかと思い、様子を窺うと、彼の方から顔を向けて来た。
「叔父上、護衛役ありがとうございました」
まるで何か目標を見付けたような顔つきだとドラグナージークは察した。
「ええと、門番の誰でしたっけ? 弓の達人で元竜乗りの」
「グランエシュードだよ。そうか、竜乗りになるか。だが、父上に相談してからでも遅くは……」
「大丈夫です、例え竜乗りになっても分は弁えると約束します。その上で、素晴らしい竜乗りに私はなりたいのです」
強い眼差しに、刺す様な言葉は決意に満ちている。ドラグナージークは、兄のエリュシオンにも自ら話をすることを決めた。
そのまま馬を走らせると、帝都の入り口には縦の列が出来ていた。行商、その他色々、門番達が対応に当たっている。
「グランエシュードだが――」
「いいえ、叔父上、私も列が動くのを後ろで待ちます」
「分かった」
ドラグナージークはこの子の将来が楽しみに思えた。きっと、立派な皇帝になるぞ。
「ところで叔父上、私のいとこはまだですか?」
その問いにドラグナージークは少しだけ心臓を衝かれた。
「相手の女性には受け入れて貰えた。後はもう少し段階を踏ませてくれ。相手も素敵な女性だ。亡くなった君の母上のように歌が上手い。竜の心を掴む程の歌を彼女は紡ぎ出せる」
ドラグナージークが言うとシンヴレスは目を輝かせた。
「早くお会いしたいです」
「そうだな」
今は自由人だが、王家の血を私が引いていることを知ればルシンダはどう思うか。最近、黒い竜の夢は見なくなったが、このことが悩みの種だった。もし、固辞されたら。それは私という存在をルシンダが諦めた時だ。求めて欲しい、ルシンダには、私を求めて欲しい。私が彼女を求めるように。
列が進むのが遅く、悪態を吐く大人達に交じりながらも、シンヴレスは行儀よく順番を待っていた。
ようやく前方の様子が見えたのは懐中時計で一時間半ほど経ってからだ。
「坊や、竜乗り見習いかい? 腹が減らないか?」
前に並んでいた商人風の男が話しかけて来た。
「減りはしますけど、みんなだって、我慢してるんです」
「おお」
商人はそう言うと、ドラグナージークを見た。
ドラグナージークは無精髭の顔を見て驚いた。だが、相手が人差し指を立てて口に当てて促した。
「シンヴレス、私はこの人と話があるから、順番を取っておいてくれ」
「分かりました」
シンヴレスが言った。
ドラグナージークは商人風の男と共に少し離れた位置で向き合った。
「アレン、君と会えるとは思わなかった」
ガランの物乞いでその素性は帝国の密偵であるアレン・ケヘティは頬を掻きながら微笑んだ。
「良いタイミングだった」
「タイミングは良いが、ルシンダの護衛は誰かいるのか?」
心配のあまりドラグナージークは少しだけアレンを責める口調になっていた。
「大丈夫、仮面司祭がいるから」
そう言われ、いつぞや、刺客に襲われた際に助けてくれた短槍をすばしっこく操る文字通りの仮面司祭のことを思い出した。ドラグナージークは彼の声から正体が誰なのかは分かっていたが、今は言わなかった。おそらく未来永劫、事故でもない限りは言わないだろう。
「それで、何故ここに? 定期報告か?」
「定期報告ならいつでも出せるよ、鳩を使ってね」
「ああ」
そこでドラグナージークはシンヴレスがどうやってサクリウス姫に便りを送っているのか分かった気がした。
「皇帝陛下はシンヴレス王子がサクリウス姫と文通しているのを知ってるよ」
「そうだったか」
「鳩は途中でガランの俺の秘密の隠れ家に来るように仕向けてあるからね。その報告と……」
アレンの目が鋭くなった。
「そのサクリウス姫だけど、関の指揮官を離れた。後に入る予定が、知ってるかな? 闇騎士という男だ」
「……つい先ほど手合わせしたばかりだ。どんな男なんだ?」
「とにかく好戦的な男さ。王国七剣士だったのは分かるね?」
「ああ、知っている」
「国境の関にはサクリウス姫が禁じた対竜用の攻城兵器が並べられている」
ドラグナージークは驚いた。
「まさか、戦争を」
「そうかもしれない。だから皇帝陛下に報せに来たんだけど、門番が新顔になっちゃってさ、グランエシュードさんが居ないんだ。誰も俺を皇帝陛下の鼠だって信じてくれやしない」
「そう名乗ったのか?」
「いいや、火急の用件がありガランより参った! ってね。だから、ここはドラグナージーク、君の権限で」
「分かった、行こう」
ドラグナージークはアレンと共に馬に跨り駆けた。
ドラグナージークでもかつて王族だったことを知る者はいるといえばいるし、いないといえばいない。そのため、新顔の門番に頼んでも列に戻って大人しく並んで下さいと、言われるだけであった。もっともその門番は色白で可愛い女性で、決して険悪な空気にしないように心掛けてくれていた。もちろん、ドラグナージークもアレンも、自らの素性を明かしてしまうわけにもいかず、顔パスで通ろうとしたのが甘かった。
「グフフ。あの子、可愛かったな。嫁にするならあの子に決めた」
「そんな話しをしている場合じゃないだろう」
列に戻ると、シンヴレスがこちらを見上げて来た。
「まだ掛かりそうですね」
皇子がそう微笑んだとき、ドラグナージークは皇子を担ぎ上げ、門番のもとへ走った。シンヴレスの尻はドラグナージークの肩にある。馬は置いて来てしまった。
「あら、皇子様」
「やぁ、アーニャ」
先程の女性門番が首を傾げて微笑んだ。
「強権使うようで申し訳ないけど、僕達二人と、この男の人を先に通してくれない? たぶん、父上に用があるんだと思うんだ」
シンヴレスが聡明さを発揮し、アーニャはニッコリ微笑んで、いや、目は笑ってはいなかった。観察している。俺とアレンを。傭兵と物乞いを。
「王子殿下、こちらへ!」
女性門番アーニャはそう叫ぶや、ドラグナージークから皇子を奪い取り、剣を抜いた。一連の動作だが見事だった。
「まるで流れるように美しい」
アレンが言った。
「そんなこと言ってる雲行きじゃないぞ」
ドラグナージークはアレンを肘で小突いた。
笛が鳴り響いた。並んでいる人々が何事かとこちらに顔を向ける。
兵達が慌てて駆け付けて来た。
「どうした!?」
「人攫いです! 皇子を奪って陛下に強引に謁見を迫ろうとしていました」
「何だと!?」
兵士らが剣を次々抜いた。陽光が多数の白刃を煌めかせる。
「待ってくれ、私はガランの竜傭兵ドラグナージークだ!」
そこでドラグナージークは以前マルコに貰った町のエンブレムを慌てて腰の皮袋から探し、取り出した。
「これが証拠だ!」
だが、兵士らは殺気立っている。アーニャの一声で向かって来そうな勢いだ。
だが、そのアーニャが頬を緩めて言った。
「エンブレム、逆さまですよ」
「あ、しまった」
ドラグナージークは慌てて直した。
「ガランのエンブレムだな」
兵士らはドラグナージークとアレンの見た目が怪しいと責め、アーニャにもそそっかしい真似をするな、と言うと持ち場へ戻って行った。
「ごめんなさい」
アーニャが頭を下げる。桃色の砂漠の砂のようにサラサラの髪の毛が深いお辞儀と共に垂れる。
「いや、こちらこそすまなかった」
「グフフ、怪しくてごめんね」
二人が述べると、シンヴレスが少し呆れた顔で言った。
「父上に大事な用があるんでしょう? 行こう。アーニャ、悪いけど、馬の回収をお願いね」
「はい、殿下」
アーニャはキリリと敬礼した。
こうしてドラグナージークとアレンはどうにかして帝都の門を潜ることができたのだった。
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