第44話 戦いの狼煙
シンヴレス王子の挨拶より先に、ドラグナージークとアレンが呼ばれた。
皇帝は生来の生真面目な顔を玉座から二人に向けて来た。
「闇騎士とな……」
「はい、好戦的な人物で、ドラグナージークとも手合わせしました」
「何と、こちらの領土に入っていたというのか」
皇帝は驚いていた。
「以前、ダンハロウという七剣士もガランに来ました。関所を迂回する道があるのだと思います」
アレンが、丁寧に畏まって答えた。ガランの物乞いアラン・ケヘティの面影はすっかり消え失せていた。
「まずは、戦争に備えなければならん。だが、こちらも竜乗りを増やせば、向こうに要らぬ刺激を与えるかもしれん。しかし、私の代で、この対立は終わりにしたいものだ」
皇帝が言った。
ドラグナージークは思案し、口を挟んだ。
「サクリウス姫が居ります。姫は戦争を望んでいるのかは分かりませんが、竜に対する愛情を持っております。闇騎士が来たのは、きっとサクリウス姫が議会へ呼ばれ、答弁している最中に戦争を起こそうと考えているのでは無いでしょうか」
皇帝は重々しい顔をし唸る。
「アレン、お前は王国の者達が関を迂回してくる進路を割り出すのだ。ドラグナージーク、お前は急ぎ前線へ向かえ」
「はっ」
二人は声を揃えて返事をした。
「シンヴレスの様子も聴きたかったが、急を要する」
「シンヴレスは良い男になれます」
ドラグナージークが言うと皇帝は軽く笑った。
そして二人は退出したのだった。
2
あの後、ラインにアレンも乗せて途中休息を挟んでガランへ戻った。ルシンダと話らしい話をするまでもなくドラグナージークは関へと飛んだ。
関には七騎の竜傭兵が居た。ヴァンを含め、彼らと挨拶を済ませると、ドラグナージークは関の隊長に今回のことを告げた。
「闇騎士か」
関の初老の隊長が言った。
「地上戦で戦ったことはあるが、恐ろしい猛者だ。竜に乗るかは分からないが、兵器を再び準備させているなら攻めて来るつもりはあるだろうな。だが、我々が発てば、敵を刺激することになる。戦争のかっこうの口実を与えることになるやもしれん。竜傭兵達には待機していて貰おう」
関の隊長に言われ、ドラグナージークも異論はなかった。攻め込まれると分かっているのに攻めることができない。無念の思いは竜傭兵らも同じだった。
「敵が見えるまでここで待てとはな。悠長過ぎやしねぇか?」
ヴァンが不満そうに言った。
「だが、攻める構えを見せれば、向こうだってそれを戦争の言い訳に出来る」
竜傭兵の一人ロッシが諭す。
「その通りだ。我々はあくまでギリギリまで戦争を回避する方向性を取ろう。関の隊長も言っている」
「良いのか、それで? 攻め込まれてみろ。こんな関所なんか突破されて後ろの町や村が襲われるぞ」
ヴァンが尚も不満を漏らした。いや、不満というよりは懸念だろうか。
そのまま何も起きず三日が経った。皇都からの援軍は後方の各所に点在しているらしい。今回ばかりは戦いを回避できなくなるだろう。
不意に、外壁上の見張りが叫んだ。
「竜だ! 竜が来る!」
「ほら見たことか。だが、これで戦う理由はできたな」
ヴァンが竜に跨る。
隊長が飛び出してきた。
「竜傭兵は出撃してくれ!」
「言われなくとも! いくぞ、お前ら!」
ヴァンが先に発ち、ドラグナージークらも続いた。
影からの憶測だが先頭にいるのは八メートルほどのレッドドラゴンのようだ。
早速炎を吐いてきた。
帝国の竜傭兵らは避けて、驚いた。敵の竜乗りは一騎だけであった。黒い甲冑に兜に面頬に外套、紛れもなく闇騎士だった。
「前哨戦だ。遊んでやる」
闇騎士はそう言うと、グレイグバッソを抜いた。
「おう、その鼻っ柱を圧し折ってやるよ!」
ヴァンが向かう。戦いの邪魔になるのでドラグナージークらは下がっていた。
剣と斧が打ち合う。幾度も幾度も響きを上げる。竜同士も身体をぶつけて競り合っていた。
「本場の竜乗りがこれか。俺は竜には馴染みが無いが、お前よりは強い自信が出て来た」
「言わせておけば!」
ヴァンの怒りの戦斧を闇騎士は避ける。
「ドラグナージーク、これは神聖なる一騎討ちでは無いよな?」
竜傭兵の一人ロッシが尋ねて来た。
「一騎討ちの宣言はされていない。いつでも乗り込むぞ」
ドラグナージークはその言葉通りの心境だった。
ヴァンは躍起になって闇騎士へ襲いかかる。竜の上では五分五分だ。何が言いたいかというと、竜乗りの内に闇騎士を仕留めたい。地上で手合わせした時に奴の恐ろしさと腕前をドラグナージークは知っている。
闇騎士が笑い声を上げ、ヴァンの斧を次々あしらう。だが、それはヴァンも同じだった。
両者は一旦離れ、ヴァンが後を追った。
「ヴァン! 深追いするな! 敵地には兵器が満載だ!」
「あぶねぇ、陽動されるところだったぜ」
ヴァンが竜を止めると、闇騎士は身を振り返らせて、右手を上げた。
竜乗りの死角とは地上を望んでいる暇が無いことだ。なので、十匹近くの竜が下の街道脇に伏せていることすら確認することができなかった。
突如現れた敵の竜乗り達は咆哮を上げて、こちらに襲い掛かって来た。
「みんな、やられるなよ!」
ドラグナージークはそう叫び、相手となった二騎の竜と向かい合い、突進した。
ラインの突撃を敵の六メートル級の竜は受け止めた。
「死ね!」
「でえええいっ!」
接敵し白兵戦となった瞬間にドラグナージークは一人を斬り捨てていた。
「おのれ!」
もう一騎が背後から氷の息を吐いた。
ドラグナージークは、ラインを振り返らせ、炎を吐かせた。その刹那、背後からもう一騎の竜が近付いていた。羽ばたきの音で把握したドラグナージークは、飛翔した。氷の息は背後から迫っていた敵に命中した。竜が翼を凍らされ、羽ばたくことができずに落ちて行く。
ドラグナージークは、慌てて滑空し、ラインで竜を受け止めた。そのまま地面にゆっくり置いた。
「何故助けた!?」
敵の竜乗りが面頬の下で声を荒げた。
「竜に罪はない」
ドラグナージークは、素早く飛び立ち、先程のフロストドラゴンの乗り手と戦った。
氷の息が後を追うが、空中を素早く旋回し、背後を取る。ドラグナージークは、一気に突っ込み、敵の竜乗りと刃を交えた。
ただの竜乗りでも腕は立つ。油断せずに打ち込み、相手の刃を払って、胸部に一撃を入れる。甲冑が破片を散らした。
一つ気付いたことがある。敵の竜乗り達は、こちらの竜を狙ってはこなかった。サクリウス姫の影響だろうか。
伏兵に合いつつも、帝国の竜乗り達はそれぞれ持ち応えた。
太陽を浴び、空を自在に行き、吼え猛り、刃をぶつけ合う。
これで五分だろうと思った時、敵の竜が達が引き返し始めた。何事か訝しんでいると、一匹の竜が吼え声を上げたのをドラグナージークは、聴き逃さなかった。それは地上で翼を氷漬けにされた竜であった。
地上に煌めく大きな矢じり。
「バリスタだ! 離れろ!」
ドラグナージークは、そう叫んだ。
帝国の竜傭兵らは下がるが、敵は諦めずにバリスタを撃って来た。
斜めに一直線に上がった矢を竜乗り達は回避させる。
「みんな無事か!?」
ドラグナージークが言うと、竜傭兵らが言った。
「ヴァンが戻って来ない!」
見れば、近辺にヴァンも竜の姿も無かった。それは闇騎士も同じであった。
「みんなは迂闊に出るな。私がヴァンを探す!」
ドラグナージークはヴァンの無事を強く願いつつラインと共に王国側の関所へ向けて飛んだのであった。
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