第45話 竜との約束
バリスタが次々空を狙う。重たく長い矢玉をジグザグに避け、ドラグナージークは、ヴァンの元へ急いだ。ヴァンを失ってはいけない。竜傭兵のまとめ役として、友人としてそんなことは断じて許せない。
ヴァンのレッドドラゴンが宙を舞い、闇騎士を翻弄する姿を見せていた。
良かった、無事だ。
「ヴァン! 引き返せ!」
バリスタが再びラインを狙う。
ドラグナージークは、手綱を操り避けると、下へ向かって炎を吐かせた。原野の丈の短い草と敵の用意したバリスタが燃え上がり、敵兵は慌てて身を伏せていた。
「一生そうしていろ!」
ドラグナージークは叫ぶとヴァンのもとへと合流した。
敵の関の頭上で、ヴァンと闇騎士は竜を絡め合わせるように飛翔し、斧と剣で打ち合っていた。
今、余計な言葉を出せば、ヴァンの集中力が切れる。ドラグナージークは、見守ることにしたのだが、外壁上からボーガンを射る敵を見付けて、馳せた。そして再びラインに炎を吐かせ、今度は敵兵を丸焼きにした。悲鳴を上げて逃げる火に包まれた影達は転げ回った。気付けば動かなくなり、黒い煙を上げていた。
ヴァンと闇騎士は翻弄するように動き、竜で体当たりを仕掛け、お互いを落とそうとしていた。
そうして接敵し、白兵戦へと移る。ぶつかっては打ち合い、離脱し、またぶつかるの繰り返しであった。竜の体力と操縦者の集中力が鍵だ。
何度目かの体当たりの時、闇騎士の竜がヴァンの竜を大きくよろめかせた。
ヴァンは竜の上から落下した。
ヴァンの竜が助けに駆け付けるが、その前にドラグナージークが救った。
「悪いな」
「ヴァン、ここでは不利だ。戻ろう」
「いいや、お前が下の連中を焼いてくれたおかげで大分やりやすくなった。闇騎士も竜の上での制限に縛られて格好の割りに大した動きはしていない。ここが俺の踏ん張りどころだ。必ず勝って帰る。エレン!」
ヴァンが呼ぶとレッドドラゴンが一吼えし、まだこちらも闘志を失っていないと言いたげだった。
「心配かけるが、見ていてくれ」
ヴァンはエレンに飛び乗ると、再び長柄の斧を手に闇騎士へと向かって行った。
竜同士が再び衝突する。ヴァンも闇騎士も耐えた。
「地上でなら遅れを取らぬものを!」
闇騎士が忌々し気に声高に喚いた。長期戦に焦りが見えている。正規の竜乗りじゃない。それが闇騎士の弱点なのかもしれない。
「貴様の竜は無念だろうな! そんな御大層な姿をした主が、泣き言を漏らすなんてよ!」
ヴァンは吼えると、斧を振り上げた。
闇騎士は剣を向け両者の武器は激突した。下では竜同士が身体を押し合って力比べをしている。
「良いか、闇騎士! 帝国の竜傭兵はドラグナージークだけじゃないんだぜ!」
ヴァンの薙ぎ払いを闇騎士は辛くも受け止めた。
「貴様もドラグナージークも路傍の石に過ぎぬ! この闇騎士の剣にて散れ!」
闇騎士の剣が、ヴァンの竜の腹を突き刺した。
ヴァンの竜が悲鳴を上げる。
「この野郎!」
ヴァンは闇騎士の竜に飛び移った。
「だから王国の連中は嫌いだ。平気で竜を傷つける!」
ヴァンはバトンのように長柄の斧を頭上で回転させ、気合いの一撃を入れていた。
受け止めた闇騎士のグレイグバッソが危うい音を上げる。
「くっ、おのれ!」
闇騎士が剣を突き出す。ヴァンは脇の下でそれを挟んだ。
「空では運がなかったな。王国七剣士!」
ヴァンは剣を奪い取った。刹那、そのがら空きの一瞬を見逃がさず、闇騎士は蹴りを放った。
「ちいっ!?」
ヴァンが闇騎士の竜から落下する。傷ついたヴァンの竜が主を背に迎え入れた。
「この勝負、預ける!」
闇騎士は関の向こう側へと行った。
途端にバリスタが舞った。
重たくとも鋭い音色を上げてヴァンの竜に突き刺さった。ヴァンの竜エレンが鳴いた。
「エレン!?」
「ヴァン、今は戻ろう! さもなければ竜が!」
「分かった。行こうか、エレン」
ドラグナージークとヴァンは並んで飛行した。
2
ヴァンの竜には十八本もの大きな矢が突き刺さっていた。
合流した竜傭兵らも指揮官としていつの間にか君臨していた男の竜が凄まじい状態で帰って来たのに絶望を隠せないでいた。
「ヴァン、ガランへ向かえ。そこの竜宿のテリーを訪ねるんだ。良い医者だ」
「分かった。悪いな、みんな、俺は一次離脱する」
仲間達は苦渋の決断を受け入れたかのように深く頷いた。
「ドラグナージーク、後を任せるぜ」
ドラグナージークが返事をする前にヴァンと竜は関を越えて後方の都市群の方角へ消えて行った。
「これからどうする? 向こうが戦いを終わらせないようだったら俺達も出るしか無いが」
竜傭兵の一人が同胞らを見て尋ねた。
「一度空は制している。だが、向こうにはバリスタや対竜用のボーガンもある。攻めるのは得策では無いな」
ドラグナージークは言った。地上部隊の集まりも悪かった。だが、敵の指揮官が闇騎士である限り、戦いは避けられないだろう。気休めを言ったが、竜傭兵らは不安な様子だった。
「確かに、領空侵犯なんていう口実をこちらから与えるわけにもいかないか」
竜傭兵の一人ロッシが言った。
その日、関所の前で他の竜傭兵らと眠っていると、ドラグナージークは久々に夢を見た。
黒い竜がまるでこちらを一呑にするように見下ろしていた。
「どうした、人間。竜の傷ついた声がここまで聴こえるぞ」
「すまない偉大なる竜よ。人間はいつも他者を巻き込んで争って来た。それを終わりにするために私達は死力を尽くしている」
「知恵ある竜も無念に思っている。だが、それでも今は竜賢者は我を再び飛び立たせようとはせぬ」
ドラグナージークは焦りを感じていた。早く戦を終わらせなければならない。だが、争いには時期というものもがある。こちらからは断じて攻めてはいかないのだ。
「知恵ある竜の言葉に従っていてくれ。竜にとって住みよい地上を我々は築くつもりだ」
「いつまで掛かる?」
「分からない」
黒い竜は鼻を鳴らして嘲った。
「我が出て再び地上を破壊して回った方が早いとは思わないか? お前も彼の王国に対しそれを望んでいるのでは無いか?」
「違う。戦いたいのはほんの一握りの人間だけだ。敵であれ、民衆は無力だ。民衆の暮らしを奪わないで欲しい」
「竜賢者と言っていることが酷似している。我はお前に賭けるぞ、人間よ」
「ああ、任せてくれ」
責任の重い役どころである。だがドラグナージークは約束した。必ず竜にとって住みよい地上を造ろうと。そのためには、ベルエル王国と仲良くなる必要がある。戦ってはいけないのだ。
しかし、目覚めたドラグナージークの耳に届いたのは、見張りの領空侵犯の声だった。
懲りずにまた来たか。
「みんな、御苦労だが、行こう」
ドラグナージークが呼び掛けると、竜傭兵らはそれぞれ竜に跨ったのであった。
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