第46話 停戦の使者

 ドラグナージークは先頭で突っ込んだ。

 そこにいるのは黒い鎧兜に外套を靡かせる闇騎士であった。

「関を突破せよ! 帝国領を踏みにじれ!」

 闇騎士の声に敵の竜乗り達は悠々とドラグナージークの隣を追い抜いて行く。だが、こちらの竜傭兵が意地でも行かせはしまいと立ちはだかるのを見てドラグナージークは闇騎士を睨んだ。

「竜を庇う戦い方など生ぬるい。竜教か。帝国の竜乗り達にはそれが分かっていない。戦いに卑怯も何もあったものではない!」

 闇騎士が大音声を上げると、ドラグナージークは言った。

「闇騎士よ、お前はたった一人で私を討つために帝国領に乗り込んで来た。あの日、私はお前がもう少し堂々とした男だと思っていた。だが、今の発言はどうだ? お前など、小者以下だ!」

 ドラグナージークはラインを突撃させた。

「俺を小者だと?」

 竜同士がぶつかり合い、同時に剣が引き抜かれ、鉄の音色を響かせる。

「我々が目指さなければならないのは、竜と共存する世界だ! ベリエル王国にはそれが分からないから、暴竜が現れた! 兵を引け、我々の行動は全て暴竜に知られているぞ!」

「暴竜など恐れるものか! あの時はたまたま貴様が居ただけのこと、しかも殺し損なった。わざとそんな真似をしたのか?」

 刃が激突する。剣越しに互いの竜の上でドラグナージークは剣を振るい、闇騎士の得物を弾き飛ばして無力化することを狙っていた。

「違う! だが、結果的にそれで良かったのだ! 私は過ちを起こすところだった」

 縦横無尽に互いの刃が動き火花を幾重にも散らし、共鳴する。

「フッ、後ろを見て見ろ、我配下どもは皆突破したぞ」

「何っ!?」

 思わず振り向いたドラグナージークだが、竜乗り達はまだ懸命に戦っていた。乗せられたと気付いた瞬間だった。一筋の衝突音がし、振り返れば、闇騎士の剣をラインが噛み締めていた。

「くそっ、トカゲの分際で!」

 闇騎士は剣を取り戻そうとしたが、ラインは顎の力で噛み砕いた。

 儚い音が響き渡り、闇騎士は狼狽していた。

「ちいっ、まだ終わりでは無い!」

 闇騎士はもう一振りのブロードソードを抜いた。

 不意に、空に竜の咆哮が響き渡り、ドラグナージークは驚いていた。暴竜が出たのか? 一瞬、そう思ったが、違っていた。

 白旗を掲げてアメジストドラゴンと、大きなフォレストドラゴンがベリエル方面から飛んで来る。

「ちっ、腰抜けの姫が!」

 闇騎士が苦虫を噛み潰した様に言った。

 現れたのはサクリウス姫で、ウィリーを従えていた。

「闇騎士! 今すぐ兵を引き上げよ! これはもはや小競り合いでは無い、戦争の始まりに繋がるぞ!」

「姫、それこそ、我が王の思うところ!」

「議会ではまだ可決していない! 速やかに兵を引き上げよ! 軍法会議にかけるぞ!」

「ええい、全て順調だったというのに!」

 闇騎士は忌々し気に言うと、笛を吹いた。

 刃を交えていた敵の竜乗り達が慌てて引き返してきた。

「関へ戻る!」

 闇騎士の言葉に竜乗り達は次々撤退しはじめた。

 闇騎士もまた竜を返して引き上げて行った。

 残りはサクリウス姫とウィリーだった。

「竜は傷ついてはいないか?」

 サクリウス姫が尋ねて来た。

「一匹、そちらの兵器で深手を負いました」

「そうだったか」

 サクリウス姫は溜息を吐いた。隣でウィリーも何か言いたそうだった。

「竜に関してはすまぬな、議会に出るため関を空けなければならなかった」

 その言葉にドラグナージークは一縷の望みを託して口にした。

「サクリウス姫、こんな戦いは無意味です。人も竜も傷つくだけです。これ以上、事が大きくなれば、黒い竜が再び舞うでしょう」

「脅しているのか?」

「脅しではありません。ただ、私は夢で黒い竜が全てを私に託してそう述べたのです」

「神託だとでも言うのか?」

「夢ではありますが、恐らく現実の言葉です」

 サクリウス姫は少し思案する様子を見せた後、言った。

「彼の暴竜もまた竜の一人とみなすべきだろう。奴の破壊神としての使命を目覚めさせた時、おそらく、この大陸は滅ぶであろう。だが、未だ我々は敵同士という仲だ。闇騎士が関の指揮官として残るが、無駄な争いは起こさぬように言い伝える。それに奴は貴族では無い、ただの剣に優れた末将の一人にすぎない。分を弁えるようよく言い含める」

 サクリウス姫の言葉にドラグナージークは頷いたが尋ねていた。

「姫は何故、そこまで竜を思われるのです?」

「竜は人を裏切らないからだ。だからその逆も然り」

 ウィリーが隣で深く頷いていた。

「それに、私はある人物に失望されたくないのだ。それは父上でも貴族共でも、民でもない。特別な人物だ。ではな、ドラグナージーク。出来れば戦争など起こさぬように努めよう」

 サクリウス姫は竜を返し、ウィリーと共に関の方へと戻って行った。

 姫の意見や考えは立派だ。しかし、ベリエルは好戦的な連中が多いのも事実。これ以上、人も竜も犠牲を出さぬようにするにはどうすれば良い?

 ドラグナージークは思案した。ベリエルの議会が辛うじて均衡を保っている間にやれることは無いだろうか。さもなければ、暴竜が動く事態となるのは目に見えている。

 竜乗り達が合流する。ドラグナージークは彼らと共に地上へ下りた。

「あの白い旗。降伏じゃ無かったのが残念だ」

 竜傭兵の一人が言った。

「いいや、あれで良かったんだ」

 我々は竜と共存する未来を造らねばならない。ヴァンが居れば分かってくれただろう。

 そうしてラインの頭を撫でた。

「さっきはありがとうな」

 ドラグナージークが慈しんで言うと、ラインもまた同じように鳴いたのであった。

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