第2話 歌姫ルシンダ
その声は力強い時もあれば、微風のように涼やかな時もあった。
ピアノに合わせながら、彼女は歌う。レッドドラゴンの鱗のような赤く長い髪に、妖艶な魅力を放つ切れ長の目と薄い紺色のドレス。酒場は大入り満員で、歌姫ルシンダはここガランの町では各酒場から引っ張りだこであった。
客らは声に魅了され、あるいは美しい彼女の身体に見惚れていた。
透き通るような一曲が終わり、酒場は拍手喝采であった。
「ありがとう!」
歌姫はそう応え、ふと拍手を送るドラグナージークと目が合い、ウインクした。
ドラグナージークも拍手を送り、頷いた。
歌が終わると、客達は今度は雑談に勤しんでいた。炭鉱夫、鍛冶職人、市場で働く者、左官屋、その他の男達。歌の余韻に浸ることなく彼らが一斉に喋り出し、酒場はいつもの空気を取り戻した。
「ドラグナージーク」
歌姫がドラグナージークの前に立った。
「相変わらず、素晴らしい歌声だったよ」
「途中から入って来たのに?」
「まぁ、そう言わないでくれ」
困り果ててドラグナージークが言うと、ルシンダは微笑んだ。
ドラグナージークはドキリとした。射貫くような笑顔だ。
「今日は出撃の日だったわよね?」
「ああ。関を設けていた奴らはもういない」
「良かった」
ルシンダはそう言い、ドラグナージークに背を向ける。
「待ってくれ、ルシンダ」
ドラグナージークは慌てて声を掛けた。ルシンダが怪訝そうに振り返る。
ドラグナージークは逸る心を落ち着かせた。空の戦場には慣れているのに、ルシンダへの思いを告げるのにはまだ慣れていない。それでも三度目の告白だった。
「ルシンダ、私と来ないか?」
客らが静まり返ってこちらに注目する。
ルシンダはウインクした。
「まだその気にはなれないわね。あなたは良い男だけど、それよりも良い男が現れるかもしれない」
「君は王子様か貴族の子息からの誘いを待っているのかい?」
ドラグナージークが思わず皮肉ると、ルシンダはかぶりを振って、ステージ上へ戻って行った。
「ドラグナージーク、ガランの町最強の傭兵でも振られちまうんだな」
「元気出せ、飲めよ、俺達からの奢りだ」
男達が冷やかすように慰め、大ジョッキが一つ置かれた。
ドラグナージークは取っ手を掴むと、麦酒を一気に飲み干し、ゲップをした。
「良い飲みっぷりだ」
周囲から声が上がる。
ステージ上で、ピアノが鳴り、客達は静まり返る。ルシンダが歌い始めた。まるで振られた自分を慰めるような労いに満ちた曲であった。
ドラグナージークはルシンダを眺めていた。歌う彼女は輝いていた。思わず茫然と見惚れている。だが、ドラグナージークは知っている。彼女が煌めく他の瞬間を。
2
ルシンダはガランの町の生まれだ。ドラグナージークがここへ来るまでは、彼女は町に雇われた傭兵だった。斬竜刀グレイグバッソとは言わないが、それでも剣を振るっていた。ガランの上空では彼女がいる限り安泰だった。
だが、ある日、ドラグナージークがこの町に流れ着いた。何故ならルシンダは、空の盗賊団相手に手を焼いていたからだ。そんな噂を聴きつけ、ドラグナージークはやって来た。
彼女はドラグナージークは要らないと言った。頑迷なまでに自分の竜と剣の腕を信じ込んでいた。
だが、被害は増える一方であり、彼女はドラグナージークと共に飛んだ。
盗賊団は緑のフォレストドラゴンに跨っていた。全長は五メートル。苦戦する相手だとドラグナージーク自身も思っていた。
フォレストドラゴンの毒霧を避け、二人は左右から攻め立てた。
ドラグナージークは一人、また一人と、敵を落とした。
だが、ルシンダの方はそう上手くはいかない。大きな相手に横づけにされ、体当たりを受けて竜の上から落ちて行った。
それを救ったのがドラグナージークだった。ドラグナージークは背後にルシンダを乗せてならず者達に突撃し、巧みに手綱を操り、剣を振るった。
こうして盗賊団は壊滅したのだが、ルシンダはまるで憎しみを向ける様にドラグナージークを見ていた。美女を背後に得意気だったドラグナージークは察した。自分は彼女の居場所を奪ってしまったのだ。
それからはその通りの展開になった。ルシンダは傭兵を辞めた。彼女は町にドラグナージークを推薦した。
ドラグナージークはこうして居場所を得たが、ルシンダは去ってしまった。
竜に跨り剣を振るう彼女は輝いていた。それをもう二度と見れないようにしたのは自分だった。
だが、ある日、ルシンダが謝罪と礼を述べに来た。よくよく考えたら、自分には技量不足な面があった。助けてくれてありがとう。
「二人で町を守らないか?」
ドラグナージークが提案したが、ルシンダは辞退した。拒絶で無かったのが救いだった。それからルシンダは元からある綺麗な声で生計を立てていくことになったのだ。
ステージ上で歌う彼女は美しい。だが、ドラグナージークは勇敢な戦士だった彼女の姿が忘れられなかった。告白し、謝罪し、再び一緒に竜に乗ろうと声を掛けたかったが、彼女は今度こそ、やんわりとだが、拒絶した。それでも、酒場へ足を運べばドラグナージークのもとに着て近況を尋ねて来る。ドラグナージークには分かっていた。彼女は本当は空に戻りたいのだ。だが、意地を張っている。その頑固な意地をどうしてもドラグナージークは解きたかった。ドラグナージークは彼女に惚れていた。手始めに彼女を空のデートに誘いたかった。
客が拍手喝采し、ドラグナージークも拍手を送る。
ルシンダがこちらを凝視していた。
また誘おう。勇敢な女性ルシンダ、俺は君と一緒に空の安全を守りたい。
ドラグナージークは卓の上に酒代とチップを置き、盛り上がる酒場を後にしたのであった。
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