第35話 お祭り
関の竜傭兵は自分が滞在する町や村の警備も任務として、いや、仕事としている。そのため、一騎ずつ数日の帰投を認められている。縁があってかあらずか、ヴァンらに関を任せ、一時帰宅を言いつけられたドラグナージークを待っていたのは、門番のマルコらとは第一に会うが、ルシンダの拡声された歌声だった。
「いいところに帰って来たな」
「お帰り、ドラグナージーク。そうだな。今日は祭りだ。だけど俺達門番は任務に忠実にならなければならない。俺達の分も楽しんで来いよ」
マルコがそう言って町へ行くドラグナージークを見送ってくれた。
町へ入ると、ルシンダの声が響き渡っていた。夜の仕事の者達も起きていて、喜んで祭りに参加する。異国の旅人も、よほど胡散臭い風体でなければ通される。そこに待っているのはルシンダら歌手のステージと、お金を払わなくてもいい屋台の食べ物、そして出会いだった。だが、この町のガードが甘くなる日でもあるのだ。
ドラグナージークは町の中にある中央の十字路の賑やかなステージに向かって歩き始めた。
ドラゴンオーブと呼ばれる神秘の鉱石で打たれたギルムお手製の拡声器は、メガホンとは違う。口元に近付け声を出すだけで、振動し、使用者の声を大きく高らかに響かせるのだ。今はルシンダの歌声が一際大きく聴こえている。急ごうかと思った時には、司祭プワブロの声が竜の調べを歌い始めていた。
竜のために幅広く造られた道を行く。
「おおっと、ドラグナージークです、任務より帰還して参りました! 彼とラインに温かな拍手をお願いします!」
プワブロが歌の中で言うと、人々は振り返って、それぞれドラグナージークとラインを労ってくれた。そしてラインのために道を開けてくれる。
「みんな、ありがとう」
子供の一人がプワブロの頼みでドラゴンオーブを持って来たので、拳大の透き通った緑色の石を口元に当てドラグナージークは礼を述べた。その声が響き渡ると人々は更に熱狂した。屋台に囲まれた香ばしいにおいに若干後ろ髪を引かれつつもまずはラインを休ませることを優先し、テリーの竜宿へと向かって行く。
「何かもう一言」
オーブを返そうとすると男の子が言った。ドラグナージークは頷いた。オーブを近付け、言った。
「みんな、賢竜祭を楽しんで! 食べて騒いで、愛を深めよう!」
ドラグナージークの更なる言葉に人々は熱狂した。
そうしてオーブを返すとラインと共に開けられた道を進んで行ったのだった。
2
テリーの竜宿に着いた時にはドラグナージーク自身、疲弊しきっていた。ラインもそうで、すぐに竜舎の中で、ピーちゃんとフロストドラゴンのバースに挟まれて身を丸くし眠り始めた。
「祭りを楽しむ余裕は無さそうだな」
テリーが言い、図星を衝かれてドラグナージークは苦笑した。
「ああ、疲れてしまった。神竜の化身、賢き竜は何処にいるんだろうな」
この祭りを賢竜を祭るための催しだと改めて思い出し、ドラグナージークはそう言った。
「噂では、帝国領の自然保護区の奥の奥、見回りのレンジャーでさえ禁じられている大いなる大地に眠るという」
テリーが言った。
「竜の賢者は何故、我々を助けてくれないのだろうか」
ドラグナージークはベルエル王国との対立のことを思い出していた。
「出る幕では無いからだ。竜にとっては我々は虫や雑草のようなものだ。それでも眷属である竜達を使役しても何も文句は言わない。最大限の譲歩なのだろう。そうは思わないか?」
「最大限の譲歩か……。確かに竜が人に心を開くこと事態が奇跡のようなものだな」
「その通り。大昔の我々の祖先は竜と好んで対立し、互いに互いの肉を喰らい合った」
テリーが言い、ドラグナージークは頷いた。
「さぁ、祭りを楽しむなり、宿へ戻るなり好きにすると良い。ただし、ルシンダは今日はお前と共には居られないがな」
テリーが言い、ドラグナージークは笑って言った。
「もう、私達の関係をお見通しだとは思わなかった。さすがだよ。じゃあ、テリーもせめて祭りの雰囲気だけは楽しんで」
「うむ」
ドラグナージークは竜宿を後にした。
今、歌っているのは聞き覚えのある町の住人だった。
夜にまた来よう。ルシンダのステージは夜でこそ輝く。
ドラグナージークは宿へ向けて歩き始めた。
そしていつの間にか並走する影があることに気付いたのだった。
「アレンか?」
「やぁ、ドラグナージーク」
物乞いアレンの正体は帝国の密偵だった。今日のように人の出入りが甘い日こそ、密偵としての活動の時期である。思えば今まで祭りで大事が起きなかったのはこのアレンのお陰かもしれない。
「ドラグナージーク、御苦労だけど、チャーリーの店に寄って」
「チャーリーは祭りじゃ無いのか?」
「一人、客が来ていて、なかなか帰ってくれずに困っているんだ」
「分かった、私からその客に声を掛けてみよう。祭りだというのに武器屋へ赴くとは趣味が合うかもしれない。アレンは他を見回るのかい?」
「そうだね、何処も彼処ももぬけの殻だからね。外から来た奴が泥棒になるかもしれないから」
ドラグナージークは頷いて銀貨を一枚アレンに差し出した。
「グフフッ、ありがとう。それと、ドラグナージーク、くれぐれも油断しないこと。俺でも正体は掴めなかったけど、あれはベルエル王国の客だ」
「ベルエルの? 分かった」
二人はそうして分かれた。
ベルエルからよく関を抜けて来れたものだ。
ドラグナージークは感心と警戒を抱きながらチャーリーの店へ向かう。拡声された歌手の声のさざ波のような音が聴こえている他は通りは静かだった。アレンの言う通り、空き巣が出てもおかしくはない。
チャーリーの店に来ると、店主のチャーリーが店先から駆けて来た。落ち着きのある彼にしては珍しいことだった。
「ドラグナージーク、来てくれて良かったよ。一人稽古に熱心なお客さんが居て店を閉められなかったんだ。俺だって一曲歌いたくてうずうずしてるんだよ」
「分かった、話を付けよう」
ドラグナージークはそう言うと、店の奥の演習場へと足を運んだのであった。
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