第34話 勝者の願い

 火花が散り、刃鳴りが幾重にも響き渡った。

 サクリウス姫は鎖鎧姿である。誓紙をしたためるときに甲冑を脱いだのだ。対するグレスト伯爵は貴族の服である。濃い緑色の軍装のようだが、襟に金色の紋章が光っていた。ベルエルの兵士とドラグナージークが見守る中、両者は一歩も譲らなかった。

「姫、竜の保護を求める急先鋒のあなたさえいなければ、我が国は帝国に勝てまする!」

 大振りのブロードソードが、姫の顔先を二度、掠めた。

「この戦いに私が勝ったら、今後は黙って議会の決定を眺めていてください!」

 グレストの剣は速かった。右腕で縦横無尽に旋風を起こす程の勢いだ。対する姫は、それよりも重みのあるグレイグバッソ、つまり竜乗りの扱うバスタードソードを両手で握り、受け止め、時には片手で果敢に刃を払っていた。

 姫の動きも悪くは無いが、グレストに分があるな。

 ドラグナージークはそう思うと、声を上げた。

「サクリウス姫! 勝機の見極めをお大事に!」

「そのぐらい分かっている! くっ!」

 グレストの剣が姫の剣を上から叩き落とし、すぐさま薙ぎ払って来たが、サクリウス姫は避ける。突きが襲う、サクリウス姫は体勢を崩しつつも受け止め、そのまま、グレストの裏に回る。

「上手い!」

 ドラグナージークは思わず唸った。

「でえいっ!」

 サクリウス姫の魂の一撃をグレストはステップして避けた。

「姫、良きことですな。かつての婚約者ドラグナージークがあなたに声援を送っている」

「婚約者などでは無い!」

 同感だ。

 サクリウス姫は叫ぶが、動きは冷静だった。互いに間合いを見極めている。

「グレスト伯爵、言って置くぞ。この戦い、私が死ぬか貴公が死ぬかだ。挑発は効かぬ。心行くまで斬り合おうぞ! 我が国に最強の剣士は七人も要らぬ! 私が唯一無二の王国剣士の象徴! それだけで良い!」

「では、こちらも本気を出すといたしましょう」

 グレストはそう言うと、剣を右に左にと旋回させた。その音には聞き覚えがある。竜の断末魔の声だ。

「我が剣、竜鳴り、その真価を発揮する時、喰らえっ!」

 度肝を抜かれた。何と、刃が揺らめいて蛇のように伸び、一瞬でサクリウス姫の眼前に迫ったからだ。鉄の音色が不気味に木霊し、刃の鞭剣はそのまま頭上からサクリウス姫を一刀両断にすべく振り下ろされる。

 サクリウス姫が右へ避け、鋭い音色と共に土塊が飛んだ。

 そのまま鞭剣、竜鳴りはサクリウス姫を胴から真っ二つにしようとする。サクリウス姫は更に横に飛ぶが、凶刃も追い縋って来る。

 グレストが押している。ドラグナージークの見た所、サクリウス姫には全く勝機が与えられていない。竜を思うならば姫には勝って欲しい。バリスタで射貫かれたラインのような竜を出さぬためにも。

「そろそろ体力に限界が見えますな。この勝負貰った!」

 竜鳴りが竜の断末魔の風の音色を起こし、体勢を戻したサクリウス姫に襲いかかった。

 驚くべきことが起こった。

 鞭剣を右手の剣で弾き返すと同時に、サクリウス姫は腰から素早く短剣を投擲したのだ。

「何っ……」

 短剣はグレスト伯爵の左胸に深々と突き刺さっていた。

「見たかドラグナージークよ。勝機とは自分で作るものなのだ」

 サクリウス姫はそう言い放つと、倒れたグレスト伯爵のもとに歩み寄って行った。

 ドラグナージークでも分かる。グレストはもう死ぬ。

「姫、お見事にございます。ですが、このグレストの死を後々後悔なさいますな。……では、一足先に冥府でお待ちしておりますぞ」

 グレストは喋らなくなった。

「兵ども! 敵地に設置した兵器を全て撤去せよ! これより、この関の指揮はこの私が預かる!」

「はっ!」

 兵士達が慌ただしく街道を駆けて行った。

 サクリウス姫は鎖鎧姿のまま、己の竜へ歩み寄った。アメジストドラゴンはサクリウス姫の前で伏せた。サクリウス姫は竜に跨るとこちらを睨んだ。

「ドラグナージーク、行くぞ」

「分かりました」

 サクリウス姫とドラグナージークは再び飛翔し、ヴァンとウィリーらのもとへと飛んだ。



 2



「姫!」

 ウィリーが声を上げる。

「ウィリー、お前の席は出来た。戻って竜殺し強硬派どもと私と二人で対峙して欲しい」

「し、しかし、俺は一度出奔した男です。このままでは俺のために思い止まっていたこの連中に対して筋が立ちませぬ」

「その通りだ、お宅は敵だ。ウィリーを連れ戻すってなら……と、思ったが、行けよ」

 ヴァンが言った。

 ウィリーは驚いたように巨眼を見開く。

「行け。行って、竜を傷つけようとする奴らを議会で黙らせてくれ。その上で、正々堂々空の戦争を始めりゃ良い。あばよ、ウィリー、しっかりやんな」

 ヴァンが言うとウィリーは涙を滴らせた。

「すまぬ。この礼はいずれ、剣で返させて貰う」

「それで良い。なぁ、ドラグナージーク?」

「ああ。悪くない」

 ヴァンの言葉にドラグナージークは同意した。

「分かった。地上の方も兵器の撤去は程なくして終わるだろう。次に戦える日を楽しみにしている。さらばだ、帝国の竜乗り達よ。ゆくぞ、ウィリー」

「はっ」

 二騎の竜は背を向けて飛び、影となり、やがて地の果てへ消えて行った。

「それで、結局何があったんだ?」

 ヴァンがドラグナージークに尋ねて来たので、関所の隊長、グレスト伯爵を姫が決闘で討ったことを話して聞かせた。

「グレスト伯爵と言えば、ベルエル王国七剣士の一人じゃないか」

 他の竜乗り達の中、ロッシという竜傭兵が言った。

「姫さんは本気で竜を守りたいと思っているのだろうな。ウィリー共々引き抜きの声を掛ければ良かったか」

 ヴァンが言う。

「姫は誇り高い方だ。竜と共存するには王国を変えねばとお考えだ。こちらに来てしまっては、誰がベルエル王と議会に異を唱える?」

 ドラグナージークが応じると、ヴァンは頷いた。

「それもそうか」

 下を見る。幾つもの影がゆっくり動き、兵器を撤収させていた。

「よし、俺達の今日の役目はこれまでだ。帰るぞ」

 ヴァンが言い、一同は自国の砦へと竜を反転させたのであった。

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