第33話 サクリウス姫
右目に眼帯。ドラグナージークの見た所、それは確かに鎧兜の似合う凛々しい姫であった。
「姫、お許しを。幾ら敵国が相手とは言え竜を傷つけることを容認することなど、俺には無理です」
ウィリーがかつての主を振り返って言った。
「愚か者が! お前まで居なくなれば、それが現実のものとなる!」
サクリウス姫が声を上げる。ヴァンらは訝し気に見ていた。ドラグナージークもまた同じだった。だが、心のどこかでは、ウィリーにベルエル側へ戻って欲しいと思っていた。シンヴレスの言葉が脳裏を巡る。サクリウス姫は優しい方なのだと。どうやって知ったのかは分からない。だが、シンヴレスのいうことは事実だと思った。何故ならば、サクリウス姫は、竜を傷つけることを良しとしていない。サクリウス姫もまた竜のことを思いやれる心を持っている。
ウィリーは首を振った。
「俺が加わったところで、ただの傭兵隊長。どう覆せましょうや」
「戦わぬよりはマシだ。私にはお前が必要だ。戻って来い。姫と傭兵隊長とで政策に異を唱えるのだ。きっと多くの竜傭兵やその他の正規の竜乗り達も賛同してくれよう」
「ウィリーどうするんだ? 来るのか、来ないのか?」
ヴァンが問うがドラグナージークが彼にかぶり振って、人差し指を立てて口の前に当てた。そして旧主従を再び振り返る。
「グレスト伯爵」
ウィリーが呟き、彼は姫を見て言葉を続けた。
「グレスト伯爵が砦の隊長に任じられてから、状況はますます変わり始めています。ボーガンやバリスタを用い、おまけに毒も。グレスト伯爵は積極的に竜を傷つけています。グレスト伯爵を引き下がらせなければ、まずは何も変わりませぬ」
あの貴族風の指揮官か。ラインの腹にバリスタを見舞った。ドラグナージークはその姿を朧気だが思い出した。
「姫、あなたに彼の者をどうこうできるとは思えませぬ。それ故、俺は鞍替えをしようと」
「グレストをどうにかすれば良いのだな」
「ええ、そして敵領内に密かに設置された兵器も。この二つをどうにもできぬなら、俺は戻る気はありません」
「分かった。待っていろ。おい、軟弱者のドラグナージーク」
姫が名を呼んだ。軟弱者と言われても今は何とも思わなかった。サクリウス姫の真剣な左目を見て、ドラグナージークは頷いた。
「ヴァン、俺が証人として見届けて来る」
「分かった、行って来い。竜を愛する者の意地を見せて貰おうか。サクリウス姫」
ヴァンが言うとサクリウス姫は頷いた。
「行くぞ、ドラグナージーク!」
「参りましょう」
ドラグナージークはどういう言葉遣いをすれば良いのか迷った挙句そう答えた。
アメジストドラゴンが背を向け飛んで行く。ドラグナージークもレッドドラゴンのラインと共に後に続いた。
2
下を見れば煌めくばかりのバリスタの太く強靭な矢がこちらを向いている。だが、サクリウス姫を確認し、敵兵らは撃っては来なかった。
そんなバリスタに沿う様に飛んで行くと、敵の砦が見えた。
サクリウス姫はこちらを振り返った。
「合図をする。貴様はそしたら下りて来い」
「分かった」
ドラグナージークが答えると、サクリウス姫はアメジストドラゴンを地面に下ろした。
兵らが寄って来る。
「サクリウス姫! 何故、このようなところに!?」
貴族風の男。関所の隊長グレスト伯爵が驚いたように声を上げた。そしてこちらを指さして言った。
「あれはドラグナージークではありませんか! まさか寝返ったとでも?」
サクリウス姫がドラグナージークに向かって頷いた。それが合図だとし、ドラグナージークはゆっくり着陸した。
「そこにいろ」
サクリウス姫が鋭く言いつけ、ドラグナージークはラインの背から様子を見守った。
「グレスト、お主の功績は多大なるものだ。王国も助けられてきた」
サクリウス姫が相手を振り返って述べた。
「恐れ入ります」
グレスト伯爵はただそれだけいうだけで精一杯のようだった。目は不穏な姫と、敵であるドラグナージークを行ったり来たりしていた。
「だが、私自身の意見とは議会では相容れなかった。その上で、もう一度問う。これからも竜を傷つける方策を取ると言うのか?」
「当たり前です。いかに姫様が竜を愛していようとも、それが王国の勝利を齎す枷となっているのです。イルスデンは竜を殺さない戦い方をする。そこにつけ込まず、どうして戦に勝利できましょうか。竜など馬車や兵器に過ぎません。そう割り切れず帝国を斃せるとでもおっしゃいますか?」
まさしくベルエルの意見としては至極真っ当だ。ドラグナージークはそう思った。サクリウス姫はどう出るのであろうか。様子を見ていると、サクリウスの姫の右手が腰の剣に伸びた。
「姫、この私をお斬りになさいますか?」
グレスト伯爵はさすがに驚いたようだ。
「グレスト伯爵、剣を抜け。決闘だ。この砦の指揮官の座を懸けてのな。貴様も剣で名を馳せる王国七剣士の一人。案ずるな、もしも私が負けても貴様に咎は無い」
「恐れながらその旨、一筆記していただけませぬか?」
グレスト伯爵の声色が怪しい響きを帯びたように思えた。
「良いだろう」
兵士が筆と羊皮紙を持って来ると、木の板を下に当てサクリウス姫はスラスラと迷い無く筆を走らせた。そして最後に、左手の親指を小刀で傷つけ血判を押した。
ドラグナージークは感心していた。サクリウス姫を今の今までどこか見損なっていた。
「これでどうだ?」
サクリウス姫が出来上がった誓紙をグレスト伯爵に見せる。
「確かに」
両者の間に剣呑な空気が漂い始めると、同時に剣が引き抜かれ、打ち鳴らされた。
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