第32話 ウィリーの出奔
その日、ドラグナージークは国境の関にいた。ヴァンや六騎ほどの竜乗り達もいる。例によってベルエル王国の領空侵犯、挑発行為が後を絶たない。そのために呼び出された。
「いい加減に攻め滅ぼしちまえとは思わねぇか? せっかく寝てるところを何度も召集される身にもなってみろ」
ヴァンがドラグナージークに言った。そういえばと、ドラグナージークは思い出す。
「君を雇っている町に行ったよ」
「ほぉ、で、町の連中何か俺のこと言ってたか?」
ヴァンは不機嫌な表情を一転させ、興味深げに尋ねて来た。
「ああ。君は町の自慢の竜傭兵だとみんなが言っていたよ」
するとヴァンはニヤニヤした。余程嬉しいのだろう。こちらまで笑顔になってしまう。
「それと、君を慕う女性も」
「何だって? 居るのか、俺を好いてる女が? 誰だ? 誰なんだ?」
ヴァンが身を乗り出して詰問してきた時に、城壁上の見張りが叫んだ。
「王国側から竜が来ます! 五騎!」
望遠レンズを見ては放し、見張りが叫ぶ。関所の隊長が地上部隊の部下を引き連れて門から出て来た。
「竜傭兵は出撃してくれ! 我々はボーガンの準備をする!」
「そんなものは要らない」
ヴァンが振り返って言った。
「何故だ、ヴァン?」
隊長が問うとヴァンは小さくため息を吐いた。
「敵とはいえ竜に当てて見ろ、俺達は躊躇なく寝返るぞ」
「むむむ……」
隊長は悩んだ末にボーガンを取り下げ、地上部隊に備えて槍を準備させた。
「竜乗り諸君、これで問題はないな。ただし、空の戦いを制して貰わねば困るぞ」
「任せとけって、行こうぜ、みんな」
ヴァンが言い、レッドドラゴンがはためく、その後をドラグナージークらは追った。
大きな竜を先頭に敵部隊が迫っている。
竜を貫く強力なボーガンの矢が掠めて行く。
「ベルエルめ」
味方勢の竜乗りらが腹立たし気に言った。彼らもどうやら竜教を信仰している様だ。
だが、影が近付くに連れて、妙な空気が流れているのを感じた。
大きなフォレストドラゴンの上で両立ちになり、武器を振るうのは間違いなくウィリーだが、彼は後方から来る矢を叩き落としていた。
「連中、何やってんだ?」
ヴァンが竜を止めて声を出した。
「まさか仲間割れしてるのか?」
「ヴァン、ここは私に任せてくれ」
そうして許可が下りるか下りないか聴くまでも無く、ドラグナージークが飛び出した。
外れた矢が唸りを上げて通り過ぎて行く。
「ウィリー!」
ドラグナージークが声を張り上げると、ウィリーが合流してきた。身体も顔も味方陣営側に向けていたのだが、どうやらそこはもう彼にとって味方陣営では無いようだった。フォレストドラゴンの特に尻や後脚には幾つもの矢が突き立っていた。
「おう、ドラグナージーク、良いところに」
「止せ、ドラグナージーク! 演技だ!」
ヴァンが竜をはためかせ、合流してくる。
「演技なものか! 俺はベルエル王国に失望した。奴らはまるで竜狩りの連中だ。今度の戦いで積極的に竜を狙うと国の偉い能無しどもが決定しやがった。先の戦いでも、ドラグナージーク、お前さんの竜がバリスタに撃たれたそうだな」
矢は止んでいる。だが、太陽がその番えられた矢じりを光らせていた。
「俺は竜を傷つける奴を軽蔑する。ドラグナージーク、お前さんの黒い竜の一件は別だ。あれはまさしく人間への敵意の塊だった」
ドラグナージークは頷いた。
「それで、ウィリー、お前はどうしたいんだ? 追われている以上、向こうには引き返せないわけだ」
ヴァンが問うとウィリーは言った。
「投降する」
「本当だな?」
「誓って本当だ」
「だったら、お前の力も借りるぞ。連中を領空から追い出す」
「よし」
ウィリーが頷くと、ヴァンが口笛を吹いた。透き通るような音色は虚空に良く響き、待機していた仲間の竜傭兵達が一斉に駆け付けて来る。
「深追いはするな、いくぞ、野郎ども!」
ヴァンは行き、ドラグナージークと、ウィリー、そして他の竜傭兵が続いた。
ボーガンが撃たれ、数匹の竜の悲鳴が上がった。
ドラグナージークは巧みに矢を交わし、ヴァンとウィリーと共にあっという間に敵との間合いを縮めた。
バイザーの下りた兜の下で敵は慌てて剣を引き抜いた。
ヴァンが錐もみ状態になり、一匹の乗り手に斧で斬りつけ落とす。
ウィリーがウォーハンマーで、かつての仲間を容赦なく叩き潰す。
ドラグナージークはこの二匹の大きな竜に前に立たれては何もできなかった。だが、新手の羽音を聴き、前方から増援が来るのを見て前に躍り出た。
ラインを加速させ、一気にフロストドラゴンの乗り手を斬り捨て、巧みに手綱を操り、剣を振るい、敵と打ち合った。ドラグナージークが三騎落としたところで、ヴァンが声を上げた。
「ドラグナージーク! 下だ!」
言われて初めて、街道沿いに射程を空に向けた兵器、バリスタの太く鋭い切っ先がこちらをいつでも狙っていた。つい、空のことに掛かりきりになってしまった。
「だが、二度は食わない!」
放たれたバリスタを避け、引き返す。しかし、敵も竜乗りが空ばかり相手にしているのを察したようで、国境を侵しながらバリスタを無数に配置していた。
「ウィリー、このことは?」
ドラグナージークが問うと、ウィリーはかぶりを振った。
「知らなかった」
「ヴァン少しだけ引き返そう、後は地上部隊の役目だ」
「分かった」
竜傭兵達は下がり始めたが、その時、激しい音色と共に雷光がこちらの隙間を縫って行った。
「これはもしや」
ウィリーが振り返る。ドラグナージーク達も続いた。
たった一騎の影がどんどん近付いて来る。
「ウィリー!」
女性の声だった。
ドラグナージークはこの声に聴き覚えがあったが、ウィリーがその名を口にした。
「サクリウス姫」
「待て! ウィリー!」
現れたアメジストドラゴンには鎧兜に身を包み、グレイグバッソを腰に提げたその人物が立っていた。
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