第38話 密猟者との戦い

 黒い竜は語った。

「我は賢き竜をついに見付けた。彼の竜と話し合い我はこれより眠りに就く。我らが同胞の命運はそなたに預けたぞ」

 ドラグナージークは目を覚ました。



 2



 今回は夢の断片しか覚えていない。黒い竜が現れ、賢き竜、おそらく賢竜、あるいは神竜を見付けたのだろう。そして託されたこと。ぼんやりしてしまったらしい。対面するルシンダの声がようやく耳に入って来た。

「大丈夫? また悪い夢を見たの?」

「悪い夢じゃ無かった。黒い竜が眠りに就くとそう言って来た。そして私に竜達の命運を託した」

 するとルシンダは言った。

「あなた一人じゃないわよ。私も竜のために戦う」

「ありがとう、ルシンダ」



 3



 正午前の出撃が前倒しになった。外壁上の見張りが多くの空飛ぶ影を見付けたのだ。

 ドラグナージークとルシンダは外では無く竜宿の前から飛んだ。

 そうして冷えた空気に撫でられながら、飛翔し、南の方角を見ると、確かにまるで鴉の群れの如く、無数の影が広がって迫っているのを見た。

 望遠鏡で見ると、よく分かった。一匹のレッドドラゴンが密猟者に追われている。体長は五メートルもある大物だ。これを例えばベルエル王国に持って行けば闇市で多大な利益となるだろう。王国は好戦的だ。少しでも戦力を欲している。

「ルシンダ」

「ええ。密猟者は十五人近くいるわね。斬って構わないわね?」

「無論だ。穏便に逮捕と行きたいところだが、数が違い過ぎる。俺達自身の身を護るためにも手を抜いてはいけない」

「オーケー、分かったわ。この日のために私は筋肉トレーニングを頑張ったんだから」

「行こう、町の上では不味い」

「うん」

 ラインとピーちゃんは飛んだ。そして逃げて来るレッドドラゴンを素通りさせ、二人で道を塞いだ。

 密猟者達は全員がボーガンを向けていた。

「また邪魔をするのか? だが、こっちはこれだけの矢玉がある。さぁ、道を開ける方が賢明だぜ」

 密猟者達は覆面をしていた。何故なら、本来帝国領では密猟は恥ずべき行為だとされ軽蔑されているからだ。

「何度でも邪魔をするさ。君達が竜を傷つけるのなら我々契約を結びし竜傭兵は竜のためにこれを害する者を排除する。恐ろしい帝国の掟を破ってまで、覆面で正体を偽ってまで、竜を追うのなら容赦はしない」

 ドラグナージークが高らかに言うと、密猟者達は焦れたように言った。

「くそっ、獲物を見失っちまった」

 一人が言う。

「だったらこいつらを落としてその竜だけいただいちまおうぜ」

 もう一人の提案に密猟者達は乗ったらしい。

「ガランだ! いつもここで邪魔される! それがまた貴様だ、竜傭兵!」

 ボーガンから一気に矢が放たれた。

 ラインとピーちゃんはそれぞれ左右に分かれて避け、そのまま側面から襲いかかった。

 竜の命運を私は預けられた!

「斬!」

 ドラグナージークは一人を斬った。革のジャケットではグレイグバッソの前では防具にすらならないことを密猟者達は同胞の死から初めて知ったようだった。慌てて下がり、ボーガンで応戦してくる。

 反対側も同じだったが、ルシンダはピーちゃんをテキパキと操り、敵が背を見せる前にグレイググレイトを振り下ろしていた。彼女は勿論手綱を握ってはいない、すっかり度胸が据わり、ピーちゃんを信頼している。ある意味ではドラグナージーク以上の意地と誇りを見せていた。

 ボーガンの矢を優雅に避け、密猟者達の後方へ回り込む。

 敵は慌てて三メートル級の三種の竜をそれぞれ操ってまたも散ってボーガンを撃って来る。

 レッドドラゴンに炎を吐かせ、焼き殺そうとし、フォレストドラゴンの毒霧で視界を奪い、フロストドラゴンの冷気で行動を制限させようとする。どれも足止めであった。ボーガンの矢を番えるのには弦を引っ張る力が要る。再装填は時間が掛かる行為であった。

 ラインの翼をはためかせ、風を送り込むと、可哀想だが竜は苦悶の声を上げ、乗り手はそれぞれの命じた息でダメージを追う。

 一人、全身を焼かれて悲鳴を上げて落下して行く者がいた。だが、竜は後を追わない。そいつが地面に落ちた様子は見えたがここでは音は聴こえなかった。マルコらの影が駆け付け、様子を見ている。

「お前さえ、いなければ!」

 カットラスを抜き放ち、密猟者の一人が襲いかかって来る。

「くらえええっ!」

 竜に体当たりをさせ、剣で斬り込んで来る。しかし、ラインは動じず、ドラグナージークは剣を持った腕を取りこちら側に引きずり込むとグレイグバッソの柄で頭を打って気絶させた。これで生き証人は一人確保できた。主な密猟者の居所を吐かせ、そうでなければ死刑が下される。密猟者という名の通り、連中は隠れ潜んで竜を狙ったり見付けたりするのが得意だった。

「帝国のレンジャーにでもなれば良いものを」

 ドラグナージークはその悪い才能を称賛するつもりはなくただ嘆いた。

 ルシンダの方は血の嵐だった。ピーちゃんが突進し、ルシンダは両手で握ったグレイググレイトで次々一騎討ちを挑み、鮮血を降らせる。

「投降なさい!」

 それでもルシンダは事前に大声で武装解除を呼び掛ける。

「女ああっ!」

 密猟者が剣を抜いて斬りかかり、またも命を散らす。

「駄目だ、撤収するぞ!」

 密猟者の一人が絶望的な声を上げて身を返す。

「逃がさない!」

 二人の鬼のような声が重なる。ドラグナージークは飛び出し、ルシンダはボーガンを撃っていた。

 ルシンダのボーガンは一人の背中を貫き、ドラグナージークは残りの密猟者四名の後を追った。

 距離はぐんぐん狭まり、密猟者達が悲鳴を上げる。

「竜を傷つけ、私欲の限りを尽くす悪党ども! ここが年貢の納め時だ!」

 ドラグナージークは手綱から手を放し、一匹の竜に乗り移り乗り手を斬ろうとして、慌てて身をすくめる相手を見て、柄で頭蓋を打って気絶させた。すぐさま気を失った密猟者を抱え、ラインに乗り移るが、ルシンダが追いついてきて途中で追撃を止めた。

 運の無いことに領空外だった。

「惜しいわね」

「二人ほど生け捕りに出来た。彼らが情報提供するか死を選ぶかだ」

「そうね。でも、密猟者を生け捕りにするなんて史上初めてなんじゃない?」

「そこまでは分からないが、こいつらは帝都へ送られるだろう。きちんと裁判に掛けられなければなるまい」

 これで黒い竜の思いに応えられれば良いが。

「さぁ、ドラグナージーク、奴らの置いて行った竜を搔き集めるわよ」

「よし、そうしよう」

 ルシンダとドラグナージークはそれぞれ分かれて、領空内を戸惑う様に彷徨う乗り手を失った竜達を回収し始めたのだった。

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