第37話 祭りの夜

 祭りの日も顔を出せないのは竜宿の主、テリーの他にもう一人いた。それは燃え盛る炎を前に、熱く輝く紅蓮の鉄を鎚で叩く男であった。

 鍛冶師ギルムは不愛想だが良い奴だ。しかし、滅多に外に出て来ない。街から孤立したように建っている工房から聴こえる音で悩まされる者が居ない分、生きている限り昼夜問わず盛大に鉄を打ち続けるのだろう。

「派手に抉られたな」

 言う程刃は欠けてはいないように見えたが、ギルムはそう評価した。

「面目ない」

「良い、それが互いの仕事だ」

 ギルムはそう言うと作業に取り掛かった。ギルムの作業工程を見ているのも好きだが、ギルムが言った。

「仕上がりは明日だ。そこにあるロングソードを持って行け。祭りに顔を出して来い」

「ありがとう。そうするよ。じゃあ、借りるよ」

 ドラグナージークはロングソードの収まった鞘をベルトに固定すると工房を後にした。

 腹が減っていた。ドラゴンオーブで拡声された声はここまでぼんやりと届いている。歌っている人物までは特定できなかった。

 祭りの会場へ歩んで行く間に、歌い手は変わって行く。

 会場の大交差点と呼ばれている十字路の広場に設けられたステージの上では、楽器が奏でられ、少女が上手い歌声で会場を熱狂させていた。

「ドラグナージーク」

 名を呼ばれる。振り向かなくとも笑みが零れる。

「やぁ、ルシンダ。今日はご苦労様」

「あなたも良い時に帰って来れて良かった。適当に何か食べない?」

「ああ」

 二人は無料の屋台飯をこれでもかという程買い漁り、偶然見ていた者達を苦笑させていた。

「君、そんなに食べられるのか?」

「ええ。夜まで出番は無いから今の内に思いっきり食べておこうと思って。あなた、小食じゃなかったわよね?」

「ああ。それにここに来るまで何も食べていないからな」

 二人は会場の隅の席で見詰め合い微笑み合った。

「それで、剣はどうしたの?」

「ギルムに預けて来た」

 ドラグナージークは話題に困りサクリウス姫やウィリー、グレスト伯爵にダンハロウのことを話して聞かせた。

 ルシンダは思いの外、興味を持ってくれた。特にサクリウス姫の竜に対する愛情に、敵国ながら感銘を抱いたようだ。

「一度お会いしたいけど。私まで召集されたら、その時は戦争って意味でしょうね。未来永劫小競り合いで終わってくれても良いんだけど」

「ベルエル王が亡くなれば、強硬派の議員達が、サクリウス姫を無視してでも戦争に持ち込んで来るだろう。その時、私や君が衰えてなければ良いが」

「ベルエル王も野心がありながら、サクリウス姫に配慮しているわけね」

「そういうことだろうな」

「前線に出るにはピーちゃんをもっと慣らさないと」

「君達の出番が来ないように私が頑張る」

「ありがとう」

 ドラグナージークが言うと、ルシンダはクスリと笑って、ハンカチでドラグナージークの口の周りを拭ってくれた。

「ガランは良いところだ」

「そうでしょう?」

「絶対に守らなければな、我々の平和を」

「ええ、そうね」

 二人は頷き合い、檀上に立った小さな子供と母親が歌っているのを見ながら、少しだけ互いの世界に入り浸っていた。

 歌が終わると、ドラグナージークは疲労を感じた。

「一度寝て来ると良いわ。鍵はあるでしょう?」

「いいや、みんなの舞台をここで見届けたい。君のことも含めて」

 ドラグナージークが言い、ルシンダの視線が驚きに変わった。

 幼児達が集まっていた。

「あら、可愛いわね、みんな」

「やぁ、君らも祭りを楽しんでるかい?」

 すると一人がどこで手にしていたのかドラゴンオーブをドラグナージークに差し出した。

 そしてステージ上ではドラゴンオーブが無くなりちょっとした騒ぎになっていた。

「ドラグナージークの御歌が聴きたい」

 ドラゴンオーブを差し出している子供が言うと、他の子も頷いた。

 会場はドラゴンオーブ消失で少し混乱気味になっていた。

「さぁ、勇者さん。一曲歌っていらっしゃい」

 ルシンダが言い、ドラグナージークは困り果てた。歌は得意では無いし、知らないのだ。

「帝国の国歌ぐらいしか知らないぞ?」

「いいじゃない」

 ドラグナージークはドラゴンオーブを受け取ると覚悟を決めた。

「あー、あー、みんな、御覧の通りドラゴンオーブはここにある。私もステージに上がるが、恥ずかしいから、みんなで一緒に歌おう。我らが帝国の国歌。竜の歌を」

 人々はざわめいて歓迎した。ドラグナージークはステージ上で、緊張しながら一同を見渡していた。左右から音楽が鳴り始める。勇壮で威厳ある曲であった。ドラグナージークは歌った。人々も歌った。そうして歌い終わると皆が拍手し合った。

「御疲れ、ドラグナージーク」

 戻るとルシンダが労った。

「先ほどの前言撤回する。少し寝て来るよ。君のステージには間に合うようにするからさ」

「ええ、そうなさい。それじゃ、後でね」

 ルシンダに見送られ、ドラグナージークは家路についた。



 2



 満月に星々、夜空というカーテンを煌びやかにする主役達はこの日だけは脇役だ。

 ところどころ篝火が焚かれ、ステージの前では酔客が眠り、まだ元気な人々が代わる代わるステージに上がって、場をヒートアップさせていた。

 ドラグナージークは黒のチュニックにロングソードを下げて、手近の民家の壁に背を預け、歌を楽しんでいた。テリーやギルムはまだしも、門番のマルコ達は眼前で歌を聴けないことを悔しがっているだろう。だが、彼らあっての祭りだ。ダンハロウを通してはしまったが、今のところ、剣の出番は無いし、酔っ払い達も場を盛り上げるために一役買っていた。

 それから、少しずつ夜も深まった頃、ルシンダの出番が来た。

 人々はルシンダの名を叫んだ。

「ありがとう、ありがとう!」

 ルシンダはドラゴンオーブを左手に右手で手を振ってステージの中央に来た。

 人々が押し黙り、楽器の音が儚い音色を奏で始めた。竜の子守歌だ。

 ドラグナージークは聴き入っていた。切なくも温かい曲だ。ピーちゃんを坑道から誘い出したあの歌だ。ルシンダの歌唱と、楽器の音色が相まって素晴らしい。その旋律が止むと、人々は声を上げず労いの拍手だけを送った。ルシンダも一礼し、静かにステージから下りた。

「素晴らしい歌だったよ」

 ドラグナージークが迎えに行くと、ルシンダはドラグナージークを抱き締めた。

「疲れた」

 ルシンダはドラグナージークの胸の中で満足げにそう言った。

「では、一足先に帰ろうか」

「ええ」

 ルシンダのしんみりとした歌と打って違って、自分達よりも若い人々が歌う熱狂的な曲が今は響き渡っていた。その音と、一体となった人々の声援、そして月と星の明かりを背に二人は家に戻ったのであった。

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