第48話 戦争の始まり
皇帝の決意は固く、騎兵隊と歩兵隊が送られてきた。確かに、シンヴレスにはこの敵対関係を残したまま任せるわけにはいかない。シンヴレスが暗愚だからというわけでは無い。むしろ、度胸があり聡明だ。だが、親心というやつだろう。エリュシオン皇帝の代で、両国の関係にケリをつける。
充実していたのは地上部隊だけでは無かった。正規の竜乗りや、竜傭兵らも搔き集められている。だからこそ、ドラグナージークの隣にはルシンダがいた。
「大丈夫?」
不意に問われ、ドラグナージークは我に返った。
「何がだい?」
最愛の人の存在を忘れていた自分に気が付いた。ルシンダは言葉通り、不安げな顔をしていた。
「何を悩んでいるの? あなた最近はずっとそうだわ。戦争は止められない。戦うしか道はない。ガランのみんなのためにも」
「戦争を止める方法を私は知っている」
「え?」
「こんな世界滅びれば良いのだ。滅んで竜の楽園になれば良いのだ」
「ドラグナージーク……」
ルシンダはその表情を悲し気に変えて、ドラグナージークの手を引いた。
どこへ連れて行かれるのかと思えば、空の馬小屋だった。薄暗く少し悪臭が残る馬小屋の中へ引きずり込まれ、ドラグナージークは首を傾げるだけだった。
その時、ルシンダがドラグナージークの面頬を外した。そして自分の鉄兜を置いて、爪先立ちになり、唇を重ねた。
ドラグナージークは驚き、身体が熱くなった。
「鎧を脱ぐから、好きにして」
ルシンダはそう言った。
2
まだ絶望するには早い。ルシンダがいる。シンヴレスがいる。ガランの町のみんなだっている。ヴァンだっている。それにサクリウス姫やウィリーだって敵方だが尊敬すべき人物達だ。
干し草の下で裸になって隣にいるルシンダの頭を撫でながら、ドラグナージークは考えていた。戦争になれば勝たねばならない。それだけだ。
「ルシンダ、ありがとう。鎧を着て。そろそろ戻ろう」
「待ってまだ」
ルシンダはそう言うとドラグナージークの唇に吸い付いてきた。
「ありがとう。さぁ、戻ろう」
「ええ」
二人は干し草から起き上がり、鎧を着始めた。
「ドラグナージークはおっぱいが好きなのね」
ルシンダが悪戯っぽくウインクした。
「いや、それは」
「良いのよ。あなたにも可愛いところがあって良かった」
鎧に着替え、二人は馬小屋を出ると、関の正面へと戻った。
「おや、逢引きかい?」
竜傭兵の一人ロッシが言った。
「まぁな。この戦いで死ぬかもしれないからな。悔いなく彼女を抱き締めて来た」
「羨ましいね、ルシンダさん美人だからな。俺もそんな彼女が欲しいよ」
そしてロッシらは戦人の顔になる。
「闇騎士やウィリーが現れた時は頼むぜ。ウィリーとは戦いたくは無いが」
「分かった、任せて置け」
言葉通りだった。闇騎士やウィリーを斃せるのは自分だけだろう。ヴァンがいれば話は別だが。手を握られ、ドラグナージークはルシンダのことを思い出した。
「私の実力を知らないだなんて言わせないわよ」
「頼りにしている、だが、無茶だけはしないでくれ。さっきので宿ったかは知らないが、君のお腹の中には」
「分かってるわよ。この戦争が終わったら、一日中抱き締めてくれて良いわよ」
「ああ」
ドラグナージークは相手の厚意に喜んで頷いた。
「敵が来るぞー! 空だ! 竜がたくさん見える!」
見張りの声に一気に緊張感が高まった。
「竜乗り達は出撃してくれ!」
関の隊長が命じた。
ドラグナージークはラインの上に跨ると、声を上げた。
「行くぞ、みんな! 竜を信じる私達に運命は味方する!」
「おう!」
ルシンダや他の竜傭兵、そして正規兵らが声を上げる。
竜達の翼の音色が聴こえ渡り大空へはばたく。
敵の軍勢は雁の群れの如く広がっていた。
ドラグナージークは先頭で突っ込んで行く。
先頭のレッドドラゴンに跨るのは紛れもなく闇騎士だった。ドラグナージークは安堵した。この強敵が実力の全てを発揮できるのは地上だからだ。そうなれば地上部隊はただでは済まないだろう。
だが、闇騎士は逸れた。
その後ろにはアメジストドラゴンに跨った新手が見える。
灰色の甲冑に面頬を付けている。こいつも王国七剣士の一人だろうか。
「灰色の方が強い。あなたは灰色を! 黒い方は私がどうにかして見せる!」
ルシンダが言い、ドラグナージークは本心としては安心できなかったが、頷くしかなかった。
「信じて! そうしたらまたおっぱい吸わせて上げるから!」
竜乗り達が声を上げて笑った。ドラグナージークは恥ずかしい思いをしながら応じた。
「分かった、ルシンダ、強敵だが君を信じている!」
「ありがとう! 大好きよ、ドラグナージーク!」
ルシンダを乗せたフォレストドラゴンのピーちゃんは隊列を離れ、闇騎士の方へと向かった。
ドラグナージークは正面を見る。灰色の装束。どこか見覚えがあった。手にはグレイグバッソを握り締め、相手の竜とぶつかり合う。
ラインの肩口に凄まじい衝撃が走った。
「フフッ」
相手は笑って剣を振り下ろしてきた。
ドラグナージークは叩きつけるような一撃を剣の腹で受け止め、しばし、競り合った。
互角だった。ウィリーよりは力が無い印象だが、相手は強い。
離れた瞬間、アメジストドラゴンが稲妻を吐き出した。
ドラグナージークは避け、今度はこちらから体当たりを仕掛けたが、寸前のところで外された。
背後に気配を感じ、ドラグナージークはラインを縦に旋回させて、敵と向き合った瞬間に、すれ違いざまに危なげない一撃を弾き返したはのはさすがはアメジストドラゴンというところか。しかし、その絆を結んでいる乗り手も手強い。
敵は眼前に立ちはだかり、剣先を向けて薙ぐようにゆっくり周囲を指し示した。
「ドラグナージーク、見たか。我々人間の愚かさを。間もなく竜に敬意を払えない者達がやってくる。そいつらは間違いなく破壊神を呼び起こすだろう」
壮年の男の声が言った瞬間、ドラグナージークは震えた。
あの男の口癖だ。我々人間を愚かだという言葉は。だが、いや、彼だからこそアメジストドラゴンの信頼を勝ち取った。しかし、出会えて嬉しい反面、強敵の出現に間違いはなく、ドラグナージークにしては珍しく歯噛みした。
「ベン! ベン・エキュール!」
ドラグナージークの声に敵の竜乗りは頷いた。
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