第51話 神竜軍

 黒い竜は動かなかった。ドラグナージークもベンも竜の様子を見詰めることしか出なかった。だが、もし、黒い竜がベンの言葉をかなぐり捨てたならば、再び絶望への戦いを始めるしかなくなる。尻尾の断面から血は川のように流れ出ていた。

 誰かしらは思っているかもしれない。このまま出血が多すぎるあまり自滅することを。

 不意に前方の空に影が映った。それはどんどん大きくなってくる。その姿を見た時にドラグナージークはあっと、驚いた。

 純白の鱗に囲まれし、賢き竜の全長は暴竜とほぼ同じだ。その神々しさにドラグナージークは見惚れていた。

 賢き竜が着地すると、暴竜はそちらを振り返って声を上げた。

「教えてくれ! 我は間違っているのか? 我が神より刻まれし使命は間違っているのか?」

「あなたは間違ってはいません。ただ、今はまだその時では無いということです」

 穏やかな声が言った。

「竜を、我らが同胞をあれほどまでに惨く殺した奴らを許せというのか?」

「そうは言いません。あなたはあなたの役割を果たす時がまた来るかもしれない。ですが、もう少し人間に懸けてみましょう」

 賢き竜はそう言うと、こちらを見た。

「人間の方々よ、今はあなた方が造ろうとする未来で竜は楽しく生きて行けますか?」

 その穏やかな視線はベンを見てドラグナージークを見、ルシンダの後に闇騎士に注がれた。

「正直分からん。だが、俺にも分かったことは、意外と命の重さってのは大事なことだというだけだ。人も竜もな」

「ここに集う人々の中で、一番好戦的だったあなたもまた、竜乗りの竜と青年の死に心を動かされたようですね」

「かもしれぬ」

 闇騎士は少しだけ歯切れ悪く応じた。賢き竜は今度はドラグナージークを見た。

「竜のために怒り、憎しみ、辛うじて大切な女性によって正気を取り戻されたあなたはどう思いますか?」

 ブルーの瞳にドラグナージークとラインの影が映っている。

「竜と共存共栄できる世界を造りたい」

「そのためには犠牲があまりにも多すぎました」

 賢き竜が言った。

「その通りです」

 ドラグナージークは頷いた。

「あなた方はこれからどうしますか? また二つに分かれて争うのですか?」

「……それしか道はありません。私達が相手にしている人物達は、私達とは到底分かり合えない人間達だからです」

 ドラグナージークは、べリエル国王、その議会の竜を傷つけることを認めている議員達のことを考えていた。

「では、戦いなさい。ですが、到底これでは軍と呼べる人数ではありませんね。ドラグナージーク、闇騎士、ベン、ルシンダ、あなた方が率いる軍はこれです」

 その時、白い霞が周辺を埋め尽くした。何も見えなかった。

 幾つも聴こえる呻き、馬の嘶き、竜の小さな声、霞が晴れたと時、誰もが驚いていた。戦死した人間に馬に竜達が蘇っていたからだ。

 しかし、そこには賢き竜も暴竜もいなかった。

「我々に再び懸けてくれたか」

 ベンがしみじみと言った。

 ドラグナージークはディアスとペケが向き合い、彼が蘇生した竜を見て涙を流しているところを見た。その瞬間、やらねばならないと思った。

「皆、聴け!」

 ドラグナージークは空で声を張り上げた。

「我らが敵は残虐非道なベルエル国王とその議会だ! 竜より許されし、命、ならば竜達のために使おうでは無いか!」

 帝国側は称賛したが、べリエルの兵らは勿論、困惑していた。自国を故郷を攻めるのだ。

「帝国に遅れを取るな! 俺達は愚か者だったが、もうそうではない。真の敵は身内にいたのだ! これを滅殺して新たな国を造る! もはやべリエルの名は捨てろ!」

 驚くことに闇騎士がそう叫んだ。

 そうして歓声を上げるべリエル兵は元べリエル王国兵となっていた。

「私達は、神竜の使いみたいなものかしら?」

 ピーちゃんと共にドラグナージークに合流したルシンダが言った。

「そうだな。だが、戦いは続く、今度は死んでも生き返れないだろう。だから、君も気を付けて。神竜の使命を背負いし女性、ルシンダよ」

「あなたもよ」

 ドラグナージークは頷いた。

 竜に跨った闇騎士を先頭に、空と地上の、神竜の使い達は動き始めた。

 その壮観な様子を上から見て、ドラグナージークは今度こそ、未来へ繋げる戦いになるだろうと思った。



 2


 神竜軍はまるで無限の力を与えられているかのように、体力があった。誰も休もう、食事を取ろうなどとは言わなかった。

 べリエル国王と議会を潰すためを目的にただ足を進めるのみだった。

 帝国の鎧が入り乱れている中、目撃者の中には勿論、不思議に思う人物もいたようだが、ただただ見送るだけであった。

 何日か人も馬も竜も休みなく歩み続けてようやくべリエルの王城が見え始めた。

「闇騎士殿、これは一体?」

「賊を討ち果たしに来た。大人しく通せ」

 闇騎士の脅すような声に門番達は慌てて退いた。

「城下の民衆にも城内の兵、下働きの者にもなんの咎も無い。お前達はここで見張れ。そして我らが一日経っても戻って来ない場合は突入しろ」

 闇騎士は従って来た兵らに言うと竜から下りた。

 そしてこちらを見上げた。

「ドラグナージーク、ベン、それに女! 我々だけで行くぞ」

 闇騎士の心変わりは物凄いものだとドラグナージークは思った。ディアスとペケの死を見て心を変えたのか、それとも愛と悲しみに苦悩する暴竜を見て思ったのか、あるいは賢き竜の言葉と奇跡による影響か、その全てかもしれない。

 ドラグナージークらは竜を下り、闇騎士と合流した。

「これで最後にする」

 闇騎士が言い、ドラグナージークらは頷いた。そして王城へと向かい城下を歩き始めたのであった。

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