第52話 最後の戦い

 ドラグナージークは数度城に入ったことはあるが、闇騎士に先導を任せた。彼の顔を見、あるいは威風を感じた者達は慄いて脇へと退いた。

「何故心変わりを?」

 ドラグナージークは背後から尋ねた。

「人と竜の絆をあの若造に魅せられた。その温かさと強さに気付けなかった俺自身が悔しいのだ」

 闇騎士が振り返らずに答えた。その迷いの無い足取りが信ずるに足りるとドラグナージークは思った。

 豪著な柱の並ぶ、その名の通り柱の間を抜けると、そこが謁見の間だった。門番は闇騎士の顔を見ると閉ざされた扉の向こうに声を掛けた。

「王陛下、闇騎士殿が御見えです」

「通せ」

 扉が開く。

 段の高い玉座に王は座っていた。

「ん? ドラグナージークが何故ここへ?」

 べリエル国王は驚いた顔をした。

「王よ、この国は変わらねばなりません」

 闇騎士が立ったまま言った。

「何だと?」

「竜は賢く頼れる生き物です。我が国はそんな竜達を軽々しく扱って来た。俺は、人と竜との絆、そして黒い竜が葛藤し破壊を止め、神竜が降臨し奇跡を起こしたのを見た。これ以上の帝国との対立はただ竜も人も疲弊させるだけ、王国は竜の国として生まれ変わらねばなりません」

 闇騎士が言うと、べリエル国王は口を魚のようにパクパクさせ、ようやく述べた。

「帝国に屈しろというのか!?」

 その怒鳴り声には未だに闇騎士の心が届いていないことが分かった。

「いや、永遠に続く不可侵、そして同盟を結び、もう一つの竜の里として門を開くのです」

「馬鹿な、闇騎士! 帝国と竜に毒されおって! ベン・エキュール貴様もか!? どいつもこいつも役に立たぬ! 竜などに魅せられおって! シャドーを呼べ!」

「私めならここに」

 べリエル王の玉座の背後から黒い布鎧を来た身軽そうな男が現れた。

「シャドー、ワシとお主、王国七剣士が二人でこの者どもを滅するのだ」

 べリエル王は豪華な服をかなぐり捨て、鎖鎧姿になった。

「承知しました」

 シャドーが答えた。

「二人に対し四人がかりなどと卑怯な真似はせん」

 ベンが言った。

「お嬢さんと私はサクリウス姫を助け出す。ドラグナージーク、闇騎士、お前達の心意気が神竜に通じれば、必ずやこの戦いに勝てる。己を清き戦士と信じて挑め」

「はっ、師匠」

「ドラグナージーク! すぐに戻るから!」

 ベンとルシンダは元来た道を駆け出して行ったが、それを見送る余裕など無かった。

「闇騎士、刃を向けたことを後悔するが良い。そしてドラグナージーク、我を貴様の主と同じ非力者と侮るなよ」

 べリエル国王は右手の方へ駆けると、虹色に光る両手持ちの剣を持ってシャドーの隣に並んだ。

「陛下、どちらを相手にすればよろしいですか?」

「貴様はドラグナージークをやれ、闇騎士はこの私自ら首を刎ねてくれるわ」

「では、そのように」

 シャドーがドラグナージークを見てニヤリと笑みを浮かべた。

「戻って来なかった我が部下達の無念の思いをここで果たさせてもらおう、ドラグナージーク!」

 シャドーは次の瞬間、両手で腰から短剣を投擲して来た。

 ドラグナージークは剣を抜いてそれを叩き落した。途端に背後に気配を感じた。

 シャドーが小剣で串刺しにしようと振り下ろした。

 ドラグナージークはそれを身体を捻って弾き返した。そして蹴りを繰り出すが、両者の足が、鋼と皮のブーツがぶつかった。だが、しっかりしたブーツだ。そう思う間もなく、シャドーは斬り込んで来る。

 右から一太刀、下から上へ、そして勇躍し、素早く跳んで脳天を狙う一撃を繰り出すが、ドラグナージークはこれを後ろに下がることによって避けていた。シャドーが笑む。その意味も分かる。そろそろ逃げ場がなくなる。

 ドラグナージークは次の相手の出方を待つより、果敢に斬り込んだ。

 避けられ、そして振り返る。今度はシャドーが壁側だった。

 ドラグナージークは踏み込むふりをした。シャドーがつられて飛ぶ。その顔は絶望だった。ドラグナジークは短剣を投擲した。

 空中で静止などはとうていできるわけもなく、シャドーはそれでも小剣を振るって短剣を弾き飛ばした。

 敵が着地した瞬間、ドラグナジークは剣を突き出した。

 シャドーは転がって避け、次にバク転して起き上がると共に一本の短剣を投げ付けて来た。

 ドラグナージークはそれを思いきり、打ち返した。

 シャドーが瞠目する。その顔面を両手で庇うが、ドラグナージークは一気に距離を詰め、シャドーの身体を掴み、一本背負いにした。

 床に叩きつけられた瞬間、シャドーは目を見開き、唸った。手に刺さっていた血に濡れた短剣が飛んでゆき床を転がって行った。

「まだやるか?」

 ドラグナージークは剣先を喉元に突き付けて尋ねた。

「その甘さは油断となる」

 シャドーは地を転がり、ドラグナージークに向かい合った。小剣を奇天烈に構えるが、シャドーの目が見開かれる。ドラグナージークも次の光景に驚いた。

 闇騎士の剣がシャドーを背中を貫いていた。

「うぐっ」

 シャドーは呻いて倒れ、程なくして動かなくなった。

「闇騎士!」

「こっちに転がすな。邪魔だ」

「すまない」

 ドラグナジークが詫びる先には剣を失い、地面に尻もちを着いたままこちらを見上げるべリエル国王の姿があった。

「王国七剣士の名に奢り、鍛練を怠ったツケだな、国王。今のお前は本当に醜く尊敬すべきところが全くない」

「ま、待て闇騎士」

「心配するな、貴様の後は私が継ぐ。このリオル・べリエルがな!」

 高々と言い放った後、剣が振り下ろされた。

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