第4話 雨天の出撃
窓を開ければ雨粒が吹き込んで来る。ドラグナージークは溜息を吐いた。まぁ、雷が鳴って無いだけありがたいか。
ドラグナージークの巡回は問題が無ければ昼に行われる。
傘を差した人影がまばらであった。朝が早い。食事は宿で済ませてきた。ドラグナージークが向かうのは、武具屋だった。
剣の看板が見えて来る。雨のため商品こそ表に出していないが、チャーリーの武具屋は開いていた。
大小の武具に鎧、兜、盾、チャーリーの店はこの町で鍛冶屋をしているギルムから直接取引をしていた。
「やぁ、ドラグナージーク」
ハゲ頭の人の良さそうな人物、彼こそが店主のチャーリーであった。
「おはよう。裏の練兵場を借りたいんだが」
「ああ、それは一足遅かったね」
ドラグナージークは軽く驚いた。こんな朝から練兵場を借りる人などに心当たりはない。余所者だろうか。
「あ、でも、交渉すれば良い。借りてるのルシンダだから」
「彼女が?」
ドラグナージークは更に驚いた。ルシンダは傭兵を辞めてから武芸全般の鍛練も止めたとばかり思い込んでいた。
「行って来る」
ドラグナージークは早足で大きな店内の商品棚に囲まれた通路を歩んで行った。
風を切る音がする。これは弓の音だ。ドラグナージークは練兵場の前で立ち止まり、様子を窺った。
確かにルシンダがいる。しかし手にしているのは剣では無くボーガンであった。矢はおよそ十メートル先の藁人形にまばらに突き立っていた。ルシンダが矢を番える、彼女の腕力は健在であった。
「誰、覗いてるの?」
ルシンダがこちらを見た。顔が少し気まずいものに変わった。
「私だ。悪かった、鍛練の邪魔をして」
「良いのよ」
ルシンダは再びボーガンの狙いを藁人形に向ける。
「ここで剣を振っていても良いかな?」
「御自由に」
ルシンダは軽い口調で稽古を続けた。矢が撃たれ藁人形に突き立つ。
「何故、ボーガンを?」
「何となくよ」
「いつも来るのか?」
「時々よ」
ルシンダは別段邪険にせずにそう答えた。ドラグナージークは更に問う。
「傭兵に復帰してくれるのか?」
「それはない」
「だったら何故」
「剣を振りに来たんでしょう? 私はもう上がるから後は悠々自適に頑張るのね」
「ルシンダ」
だが、彼女は背を向け、右手を上げて店の中へと消えて行った。
ドラグナージークは溜息を吐いた。彼女は傭兵に戻りたいのだろうか。だが、俺が邪魔だ。俺がいる限り彼女は意地を張り続けるだろう。
「意地なんて張るもんじゃない」
店主のチャーリーが顔を出した。まるで人の心を読み当てたようでドラグナージークはまたもや驚いた。このガランの町には色々な機敏な人がいる。改めてそう思い知らされた。
「ルシンダは、不器用なんだ。一度、傭兵を下りた身だから、もう一度志願するのはカッコがつかないと思っているのだろう」
「やはり、ルシンダは傭兵に復帰したいと思っているのか?」
「だと、思うね。ルシンダの腕前は衰えていない。二人並んで傭兵になってくれればこの町も安泰だよ」
チャーリーはそういうと去って行った。
どうにかしてルシンダの願いを叶えてやりたい。ドラグナージークはそう深く思うと、新たな藁人形相手にグレイグバッソを振り下ろした。
2
昼にテリーのところを訪ねて、ラインを受け取ると、ドラグナージークは町の人達の称賛を受けて道を行き、外に出た。
「酷い雨だ。視界は悪いだろうが気を付けて」
門の外でずぶ濡れの鎧兜姿の門番のマルコが言った。
「ありがとう。行って来るよ」
ドラグナージークはラインの背に乗る。ラインが羽ばたき始め、身体が浮き上がる。そして少しずつ前進し、上空高く舞い上がった。
ドラグナージークはフルフェイスガードを下ろした。ガランの大きな街並みがあっという間に小さくなりつつあった。
手綱で合図を送るとラインは速度を上げてガランの領空域を飛んだ。
ドラグナージークは任務に忠実に、視界が悪くとも目を凝らしていた。時折、ルシンダのことが脳裏を過ぎる。彼女の声は綺麗だ。竜を安楽にさせてくれし、言葉は通じなくとも情に訴えかけるものがある。ある意味ではドラグナージーク以上の竜傭兵だった。
彼女と並んで空を飛びたい。ドラグナージークの切なる願いであった。
任務に忠実だったと思っていたのは自分の勘違いであった。悪天候の周囲を見回しながらまるで風景は入って来ず、ルシンダのことばかり考えていた。なので、ラインが鳴いた時にドラグナージークは慌てて我に返った。
見れば、前方から大きな影が羽ばたいて向かって来る。野良の竜だろうか。ならば生け捕りにしなければならない。町へ下りて来て滅茶苦茶にされるわけにはいかないからだ。
本当は殺すべきなのだ。だが、ドラグナージークは竜を殺せない。殺したのはあの時のたった一度きりだ。
身構えていると、それは十メートルもある鳥であった。
「ロック鳥か」
高山地帯を寝床とする怪鳥だ。
甲高い鳴き声を上げて警戒音を鳴らしてきた。ドラグナージークはラインを操り、離れて道を開けた。
雨に打たれながらも羽毛の大きな翼をはばたかせ、長い黄色の嘴から雫が滴り落ちている。頑健な足には鋭い爪が並んでいた。
このまま終わるかと思った時、後を追走する者達の姿を見付けた。
四メートルのレッドドラゴンに跨っている。全部で三騎だ。
ドラグナージークはその進路を塞いだ。
「邪魔をするな!」
革鎧を着た男達がボーガンを向けて来る。
「既にガランの領空だ。これ以上の侵入を許すつもりはない。残念とは思うが引き返せ」
ドラグナージークが言うと、男達は不満を述べて背を向けて去って行った。余程悔しかったのだろう。ボーガンをドラグナージークに向けて一度挑発して来た。矢が飛んでくれば追撃するが、それは無かった。
ドラグナージークは領空から敵が消えるのを見送ると、次の方角の巡回へと向かったのであった。
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