第12話 招集

 町長のオルガンティーノは昔、山籠もりをして修業をし秘剣を編み出したとの噂もあるが、中肉中背の彼の姿を見て、法螺話だと笑う者が多く、町長自身も笑いの種として自分の話題を提供していた。

 だが、ドラグナージークに渡されたのは、グレイグバッソを一回り大きくしたものであった。本来なら博物館に寄贈されてもおかしくないほどのそれを見た瞬間、市井の民の大らかなまとめ役オルガンティーノが何者だったのか、ドラグナージークは感づいた。

 ドラグナージークが町長に呼び出されたのは、帝国からの命令であった。ガランの町から一騎竜傭兵を国境へ出すべし。と、軽く記されていた。

「その剣は受け取れませんが、御命令には従いましょう」

「ありがとう。だが、あなたがいなくなって、この町の守りが心配だな。ま、地上戦に持ち込めば問題無いか」

 町長が言ったので、ドラグナージークは少しだけ声色を鋭くして言った。

「町長、その剣はルシンダにお渡しください」

「ルシンダに? 何故?」

 その言葉を聴いた瞬間、ドラグナージークは呆れと怒りを覚えた。だが、冷静に鋭く指摘した。

「私が来る前からルシンダはこの町の竜傭兵でした。そのことを今一度、思い出していただきたい。彼女から空を奪ったのは私であり、あなた方でもあるのだから」

「確かに、ルシンダのことを忘れてしまっていたよ。酒場の歌姫に置いておくには勿体無い。あなたが出発したら詫びを入れよう。だが、ルシンダにこの剣が扱えるだろうか」

 刃渡りが広く、下は刃が柄まで続くが、上は半ばまでしか刃は無い。これはどちらのグレイグバッソに言えることだが、今、町長が手にしている昔の物は圧倒的に刃渡りが広く、頑健で、手綱を放す勇気さえも必要とする両手持ちの剣だった。名も実は違う。グレイググレイトと言われている。重い剣だ。

「ルシンダは、その剣を断り、慣れ親しんだ物を使うとは思います。ですが、彼女へ最大限のお詫びのために訪ねてみてください」

「分かったドラグナージーク」

「では」

 ドラグナージークは町長宅を後にした。

 私が戻って来た時、ルシンダは空を飛んでいてくれるだろうか。

 ドラグナージークはテリーの竜の宿へと足を進めた。



 2


 ドラグナージークはラインの背に居た。このまま北を目指せばベルエル王国との国境へと続く。今回の召集は何だろうか。王国がまた領空侵犯をしてきたのだろうか。一時期、ベルエル王国とイルスデン帝国は小競り合いを繰り返していた。迷惑するのが国境付近の村々で、いつも竜の飛来に怯えなければならなかった。

 時々、休み、ドラグナージークは空を舞う五匹の竜の姿を見た。城塞とまではいかないが大きな関が設けられている。ドラグナージークはその広い入口へと降下した。

「ガランのドラグナージークだ」

 門番に名乗ると門番は待つ様に告げた。

 ふと、分厚い風の音色がし、一騎が隣に並んだ。

「よぉ、ドラグナージーク」

 陽気に気さくに声を掛けて来たのは以前、ドラグナージークに敗れた竜傭兵ヴァンであった。兜を脱ぐと無精髭でも似合う端麗な顔が現れた。

「ヴァンか。久しぶりだな。今もまだ流浪の身なのか?」

「いいや、別で雇って貰ってる。ベルエル王国の挑発行為がしつこくてな。今度、領空を超えて来たらとっ捕まえようと思ってる。手伝ってくれるよな?」

「関の隊長の言葉次第だろう」

 ドラグナージークが当然の事を述べると、ヴァンは舌打ちした。

 入り口から兵士五人に守られながら、白髪を後ろで結った男が出て来た。

「ドラグナージーク、よく来てくれた」

 初老の隊長はそう言った。プレートメイルに身を覆い腰には剣が帯びられていたが、地上戦の物であった。

「戦うのですか?」

「それはまだだ。だが、度々の領空侵犯に我々が腹を立てていることを伝えなければなるまい」

「そんなことしたら戦争になるぜ、隊長さん。俺としては歓迎だがね」

 ヴァンが口を挟んだ。成熟した彼の相棒のレッドドラゴンが鼻息を荒くした。竜も主に似るのだなとドラグナージークは思った。

「穏便に済ませたい」

 隊長が言った。

「どうやって?」

「それは知らぬ。だが、陛下からはそのように命じられている」

「話にならんね」

 ヴァンが不機嫌そうに吐き捨てた。ドラグナージークも良策が思いつかなかった。国境を数倍の数のドラゴンで固めれば、相手は更に兵力を増やすかもしれない。

 その時、羽音が聞こえた。一匹のフロストドラゴンに乗った兵士か竜傭兵が駆けて来た。

「また敵が領空内に! それと地上にも兵を展開しています」

「舐められてるぜ、隊長さん」

 ヴァンが言うと隊長は頷いた。

「よし、竜乗りを一騎拿捕しろ。仕方があるまい」

「おう、そう来なくちゃ。いくぞ、ドラグナージーク!」

 ドラグナージークは隊長の顔を見た。相手は頷いた。ドラグナージークはラインの背に乗った。

 ヴァンに続き、上昇し、空へと吸い込まれる様に飛び立った。

 味方が三騎、前方で敵へ呼び掛けていた。

「帝国の領空内だぞ! 大人しく退け! さもなければ」

「さもなければどうする?」

 十メートルはあろうかというフォレストドラゴンに跨った猛者が大音声で嘲笑った。

「そいつを捕まえろ! 許可が出たぞ!」

 ヴァンが大声で言うと、前方の三騎はすぐ様動いた。敵のフォレストドラゴンは悠々と回避し、こちらへ向かって来た。

「ハッハッハー! 俺様を捕まえるだと!? やれるものならやって見せろ!」

 ヴァンが向かった。だが、彼でさえも悠然と避けられ、追っているのか追われているのか分からない状態になった。とにかく力強い羽ばたきで巨体であることすら感じさせなかった。

 ドラグナージークは挟み撃ちに出ることにした。

 ラインを加速させ、錐もみ状にまで竜を操り、ヴァンを嘲笑う敵の前に即座に移動した。

「おっと」

 敵は竜を止めた。手練れだとドラグナージークは思った。

「貴様がドラグナージークだな。王陛下に言われた。貴様の首を持参するようにな」

 敵がグレイグバッソを抜いた。

「ドラグナージーク、俺の名は竜傭兵のウィリー。その首貰うぜ!」

 巨眼を見開いてウィリーが打ちかかって来た。

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