第28話:間話
「あ、あの、彩さん、
「……………………知ってるけど?」
当然知ってるだろという思いと、この間お前が助けただろと二つの思いを込めて彩はジト目で優香を見る。
Cobotと言えば今世間を賑やかしている、新進気鋭のアーティストだ。数々のアニメ主題歌も担当しているし、オリコン一位も何度もとっている。
会話を小耳に挟んだ周囲のクラスメイトもちょっと笑いそうになっていた。この陰キャは、クラスの中心である彩に、なんで世間のトレンドを知っているかと聞いているんだ?
週末明けの朝、教室に入ってきた彩に珍しく優香から話しかけている。
「それで……こ、今度のライブのチケットを2枚貰ったんですけど、一緒に行きませんか?」
その一言に、聞き耳を立てている周囲は内心で驚く。
優香の元にはこの間のお礼として、手紙と共に関係者席のチケットが送られてきた。
それも中途半端に2枚。
手紙にはさまざまなことが綴られていたが、チケットに関しては数が揃わなくてごめんなさい。ぜひ友達を誘ってきてください、と書いてあった。中途半端な数なのは承知しているようだ。
優香としては正直なところ、ライブには行ったこともなければ特別に行きたいというわけでもないので、妹に譲ってもよかった。
しかし流石に本人は行くべきで、そうでないにしろせめて委員会の人間へ回すのが筋だろう。自分が使うにしてももう一人の枠に妹を誘ってもよかったが、やはり委員会の人間を誘うのが筋。
そういうわけで、優香は彩を誘っていた。初めての休日のプライベートな誘いに、内心バクバクしている。それがCobotは知っているかという妙に外れた質問につながった。
「Cobotのライブってかなり倍率高いんじゃなかったっけ? それがよく……あぁ……」
彩も自分で言ってて、どういう経緯のチケットなのかを察したようだ。
「いつ?」
「来月に入って次の土曜日です」
「たぶん何もないと思うけど……
絶休とは委員会用語で「用事があるから絶対に休む日」の略だ。
有給休暇と違って明文化された規則ではないが、よっぽど緊急じゃない限り呼び出されることはない。
「あ、ありがとうございます……」
断られなかったことにホッとする優香。これが断られたら妹を誘おうと思っていた。ほとんど面識がないスノードロップのくるみを誘うわけにも、まさか橋本に声をかけるわけにもいくまい。
「役得役得、ありがとね」
まんざらでもない顔の彩がスマホを取り出し、スケジュールを打ち込む。そこで安心しそうになった優香だったが、花音がやってきた。
「どうかしたのですか?」
その後ろには若菜もいた。花音は車で送ってもらっているお嬢様なので一緒に登校してきたわけではないだろうが、今日は来るタイミングが被ったのだろうか。
答えたのは彩だった。
「あー……理由は聞かないで欲しいんだけど、Cobotのライブチケットを手に入れたからその相談」
「おぉー、いいねぇ。わーちゃんも行きたい」
そう、チケットは二人分しかなく、誘うなら同じ異世界対策委員会に所属している彩だ。
そのことはいつも一緒にいる二人には申し訳ないので二人がいないタイミングで彩に声をかけたのだが、運悪く被ってしまった。
「悪いわね若菜。このチケットは二人用なの。優香とデートを楽しんでくるわ」
軽く流す彩。そっかーと若菜は軽そうに、しかしちょっと残念そうなニュアンスも込めつつ諦めようとした。しかしそこに花音が思いもよらぬ言葉を口にする。
「実は、関係者席で良ければ二人分あるんですけど……」
えっ!? と花音を凝視する三人。
「いえ、昨日お父様からちょうどその話を聞いたんです。うちの会社が一部スポンサーになってるので、その都合で用意されたらしいのですが、うちの上層部の方はあまり興味がないらしく……」
MIZUSHIROグループほどの大きな企業になると、上層部はほとんどおじさんだろう。確かに最近の若いアーティストには興味がないのも頷ける。
「私はライブというものに行ったことがないため一人で行くというのも心許なく、チケットも2枚と中途半端だったのでその時は辞退させていただいたのです。……今電話するならまだ間に合うと思いますが……」
「行きたい! わーちゃんは行きたい!」
若菜ががしっと詰め寄る。棚から落ちた牡丹餅を全力で拾いに行くようだ。
「あ……でも、よく考えたら関係者席と一般席じゃ席が離れてしまうのではないのでしょうか?」
「大丈夫。あんな奴らほっといてわーちゃんとデートしよう!」
「おいおい」
花音の懸念にも全く怯まず詰め寄る若菜に彩がツッコミを入れる。
「てか、うちらのも関係者席じゃないの?」
「そ、そうですね。指定席と書かれているのでおそらくそうだと思います」
優香もライブには行ったことがないのでチケットに書かれた指定席という意味を必死に調べた。おそらく間違いない。だからこそ、他の代役を立てるのも失礼だと思ったのだ。
「あら、そうだったんですね。じゃあお父様に連絡してきます!」
その詰め寄られた花音も一転、全員で行けるとなると途端にテンションが上がっていた。スマホを片手に廊下へ出ていく花音。
花音はどうも箱入りの気配がする。優香と同じく女子高生や高校生の遊びの経験値が低いが、優香と違って積極的だ。
「それにしても意外ね。あんたってそんなにCobot好きだったっけ?」
彩が若菜に尋ねる。
「実は抽選で落ちているわーちゃんだったのだ。しくしく」
それであの食いつきようだったのか、と納得する二人。
やがてにこやかな顔の花音が戻ってきた。
「大丈夫みたいです。席もお二人と合うように調整してくれるようです」
「お、それはありがたいわね」
優香はそこまで考えていなかったが、確かに関係者席と言っても当日二人ずつバラバラに座ることはありうる。そこに気を遣ってくれたのはありがたい。
ただ、花音の父親もMIZUSHIROという大企業グループを束ねる存在なのに、正直なところたかが娘が行くライブのためにそこをわざわざ気遣ってくれるとは、親バカなのかもしれない。
そんなわけで、思いがけず4人でライブに行くことになったが、それだけでは終わらなかった。優香にとって爆弾が落とされる。
それは花音の一言だった。
「あの……皆さん。来週の土日どちらか、お時間ありますか? 良ければ一緒にお洋服など見に行きたいのですが……」
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