第48話:ドラゴン⑤

「じゃ、じゃあ行きますよ」


 優香は彩を抱き抱えて行った。お姫様ポーズで。高校生同士がするにはちょっと気恥ずかしいのは否めない。


 体にいきなり衝撃がきたので、思わず「うわっ」と声が出る彩。


 優香は超能力で木々の間を跳んでいく。


 一度に高くじゃなくて、低く、できるだけ木の高さを超えないように。


 大きくじゃなくて、小さく、できるだけぶつからないように。


 ジェットコースターの比じゃない急加速と急減速の連続で優香は跳んだ。


「ゆ、優香?!」

「い、今集中してるんです!」


 綾の叫びは、少し怖くなるような優香の叫びで消された。


 彩にはこの感覚に覚えがあった。この間大学生になった兄の、免許取得記念のドライブについて行ったときだ。


 母と一緒に急発進、急減速が激しい運転に笑って、そして酔った。


 教訓としては急加速急減速は酔う原因になり、そして酔い止めは偉大だということだ。ここに酔い止めがないことが悔やまれる。


 体ががくがくと揺れる。優香の首に回した彩の腕に力がこもる。


「へ、へたくそ!」

「いいって言ったじゃないです、か!」

「ここまでへたくそだったらもうちょっと考えてたわ!」


 同じ超能力タイプの真希とどうしても比較してしまうが、ここまでガクガクした覚えはない。


 彩は目を瞑って耐えることにした。


 そういえば超能力を使えるとは何度か聞いたが、使ったところはあまり見ていない。


 以前くるみと一緒に跳んだ時は足並みがあまり合っていなかったが、その時はまぁチームが違うしなと納得していた。


 今は確実に言える。こいつは超能力がへたくそだ。


 諦めて揺れが止まるのを待つ。


 自分には跳んだりする能力がないので誰かに掴まって跳ぶのは普通は楽しいが、目を瞑ったのは初めてだ。


「と、とりあえずここで……」


 優香の声で目を開けて、そろそろと足を地面につける。


 大きな岩陰にいた。


「次がないことを祈ってるわ……」

「私も同じです……」


 優香はそう言いながら単眼鏡をバックから取り出し、岩陰から顔を出して覗いた。彩も続いて覗き込む。


「うわ、近いわね……」


 ドラゴンは60メートル近くある。距離は200メートルくらいだろうか。威圧感からすごく近く感じる。


 実際、彩たちを向いて炎を吐かれたらどうなるかわからない。彩の防御魔法でも防げるかどうか。


「気だるそうにしてるけど、眠らないのかしら……」

「前回のドラゴン、三日待って眠らなかったそうです」

「今回も同じとは限らないけど、前回と違うことを期待してもしょうがないわね……」


 引き続きドラゴンを眺める二人。ドラゴンが山の下側にいる正面チームへ炎を吐く。凄まじい熱風が来たので一度岩陰に隠れた。


「今更だけど自衛隊の強いミサイルを待つってのはどう? 下の方で伝説の勇者たちを囮にしてここまで来たわけだけど、伝説の勇者を正面からぶつけても倒せるか怪しいわよ」

「これもまた前回の話ですけど、爆撃を当てるまでに多くの戦闘機やミサイルが撃墜されたらしいです」

「うーん……」


 彩には正直、どうすれば倒せるか全く想像がつかなかった。自分の魔法が効く想像ができない。


 優香はどうかと言えば、いつもの散弾銃を抱えて持ってきただけだ。これもまた、戦車の攻撃が効かない相手に聞くとは思えない。


「ん、彩さん……あれ、見えますか?」

「どれよ」


 優香は彩に単眼鏡を手渡す。


「あそこ、首の中程にある、飛び出たものです」

「んー……あれ? 何かあるわね」


 竜の鱗の隙間に何か、生物的なものには見えないものがある。


「剣かしら? 刺さってるわね」


 自信がないのは、泥に塗れた棒が突き刺さってるようにしか見えないからだ。唾のようなものがあるのでギリギリ剣だと判別がついた。


「どこかの異世界の英雄が、あの竜に挑んで負けたってところかしら。首に剣を突き刺すところまではいったけど」


 彩がそう推測をつける。それが正しいかはわからないが、剣が刺さっているという点だけは事実だ。


「彩さん、あれってどんな剣だと思いますか?」

「どんな? どんなって……剣よね? それ以上言えないけど……まぁ普通の剣じゃないのは確かよね? 異世界の英雄が振るって竜に傷をつけれるなら、オリハルコンとか、アダマンチウムとか、すごそうな素材が使われてる魔法の剣、とかじゃない? 想像だけどね?」


 科学技術を基盤とした近似系異世界の出身者と、魔法技術を基盤とした乖離系異世界の出身者だと抱えている常識が違う。


 系が違う出身相手なら、まず常識を答える必要がある。


「……現状、私たちが見たドラゴンの傷はあれだけです。あの剣は有効な攻撃です」

「………………で?」


 嫌な予感がした彩。


「あれが魔法の剣で、ドラゴンを傷つけることができるなら——ドラゴンを倒すのに一番近いのは彩さんです」

「もうちょっとこう……もうちょっとだけでいいからあたしが命を張らない選択肢はぅわっ!」


 その時、急に彩の背中が引っ張られて地面に倒される。何が起こったか理解する前に、すさまじい熱風が体を覆っていく。


 火傷しそうな熱さが続き、爆発音と木々が軋み倒れる音が響く。この世の終わりかと思ったほどだ。


「な、なに?! 何が起きたの……?!」


 熱風が収まり、立ち上がりながら彩は尋ねた。


「今までで一番強い炎でした。生きているのが信じられないくらいです」


 見ると盾にした岩はドラゴンに面している側が赤く光っていた。


「すごい音だったけど……」

「おそらく、空気の水分とか木の水分が弾けて爆発したんだと思います」


 山の下を見下ろすと、火事ではなく空爆にでもあったのかと思うような惨状だった。燃えているものより、吹き飛んだものの方が多い。


「命を張ってもらう必要がありそうです……私も張りますよ」

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