第49話:ドラゴン⑥
優香は目を青く光らせ、ドラゴンを眺めながら言った。
「作戦はこうです。私が囮になって、彩さんがその隙にあの剣に飛び掛かります」
「えらくシンプルでわかりやすくて不安を覚える感じの作戦の提示をどうもありがとう」
彩はため息を小さくつく。
正直、委員会で活動してきて今が一番死を覚悟していて、一番後悔をしているが、優香がやると言ったらやるしかない。今までの経験がそう物語っている。
「あたしのジャンプで届くといいけどね……」
例の剣はドラゴンの首の上側にある。首は太い。人の背丈を優に超える太さだ。
「い、今のところ……ドラゴンは炎を吐くたびに首を地面に下ろしています」
彩たちが現場に着いてから、ずっと気だるそうにしている。疲れているのだろうか。
「次の炎が吐かれた時、私が飛び出して反対方向に視線を持っていきます。彩さんはその後に飛び出してくだい」
竜は数分おきに炎を吐いている。それまで少し時間がありそうだ。
人によっては大事な場面を前に精神統一でもするかもしれないが、彩はそんな気持ちになれなかった。シリアスな場面を前にすると、喋ることで緊張をほぐすタイプだ。
「ねぇ、聞いてもいい?」
「な、なんでしょう……」
優香はシリアスだろうがなんだろうが、喋ろうが黙ろうが緊張がほぐれることのないタイプだったが。
「ここまで連れてこられたからもう覚悟を決めてるけど……あたし、自分だけじゃこんなドラゴンを倒すみたいな英雄がやるようなこと、やらなかったと思う」
彩は自分は平均より上だとしても、人より抜きん出た存在になれるとは思っていない。
クラスの中心にいるとしても、それが関の山、それが井の中の蛙だと自覚している。
異世界を救ったとしても、彩を引っ張ってくれた、今はもう会えない異世界の友人のおかげだと思っている。
だから、こういう国を救うとか、世間が
世間で有名な、シリウスとかカノープスとか、もしくは他のプラチナが率いるような、もっとすごい人たちがやってくれると思っている。
「あんたは……どういうモチベーションでここまで来たの? ヒーローになりたい、有名になりたいタイプだとも思ってなかったけど」
彩は優香も同じようなタイプだと——いや、それ以上に引っ込み思案だと思っていた。
だからこそ、ここまでグイグイと彩を引っ張ってきた優香に疑問があった。
「……今ここにいる人たち——異世界に転移して、帰ってきた人たちは、異世界を救った後に英雄として讃えられながら生きる選択肢を捨ててこの日本に戻ってきました」
日本で発生する多くの行方不明者、失踪者、事故による意識不明から戻らない人。それらのどれほどが、異世界に行って、異世界から戻ってきてないのか。
学者たちの試算はたくさん出ているが、それのどれもがセンセーショナルな結果を求めて出るたびに全く違う数字が出てくる。
「彩さんは、何のために戻ってきましたか?」
「そりゃ……家族とか、友達とか……向こうでも友達はできたけど……でもやっぱり、ママとか悲しませたくなかったし。スマホもないしね、向こう」
この世界で暮らした全てを捨てて異世界に残る選択肢を取れる人は多くない。みんな、何かしら大切なものがある。
「私も同じです。妹がいたから、私はこの世界に戻ってきました」
優香も家族のために日本へ戻ってきた。結局、交通事故で生き残ったのは優香自身と妹の二人だけだったが。
姉として、妹が独り立ちするまでは面倒を見るべきだと思っている。
「最初の質問に戻るとつまり……帰ってきた理由と同じです。ここで退いたら、妹のところにあのドラゴンが行くかもしれない。そうじゃなくても……ドラゴンが妹じゃない誰かを殺すでしょう。そうしたら……逃げたことを後悔して生きることになります」
「じゃあ、家族とプライドのために命をかけてるわけだ」
「それと、バイト代のためです」
お決まりの文句が優香から出てくると、彩は思わず笑ってしまった。委員会の人間はこのフレーズが大好きだ。
笑ったおかげで緊張がほぐれた。
「いいわ、付き合ってあげる。家族が後ろにいるのはあたしも一緒だしね。その代わり、バイト代が出たら何か奢りなさいよね」
「いいですよ。若菜さんのところで、何か食べましょうか」
そう言ったところで、ドラゴンがまた炎を吐き出した。
「来たわね……」
「来ましたね……」
優香が散弾銃のグリップを握る。目の青い光が強くなる。
「囮になります。どこで跳び掛かるかの判断は任せます」
優香が跳び出ようとした瞬間、彩が声をかける。
「ねぇ」
優香が立ち止まる。
「死なないでよ」
彩の言葉に、優香は目を青く輝かせながら言った。
「大丈夫です。私は死なないでドラゴンの気を逸らし、彩さんは剣に跳びついてドラゴンを倒します」
優香は走り出そうとして、思い直したように彩に振り返る。
「……私は彩さんを信じています。彩さんも——」
「大丈夫。信じてるわよ、相棒」
その先は言わせなかった。
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