第12話:幕間

「うあぁぁぁぁ、疲れたぁぁぁぁぁぁ」


 優香は変な呻き声と共にリビングのソファの背もたれに突っ伏した。慣れない対人神経を使ったせいでいつもの数倍疲れている。


 打ち上げが終わった後、優香はタクシーでマンションの自室に帰ってきた。彩にしろ花音にしろ、同じようにタクシーで帰った。

 打ち上げの代金は全額優香が出した。割り勘を計算するのも面倒だったし、別に出しても痛くない金額だったからだ。


 彩は出そうとしていたが「自分の方が上の階級なので今回は奢らせてください」と言うとちょっとだけ渋りつつも奢らせてくれた。


 最後まで渋っていた花音には「花音さんの帰還祝いの席なので」と言って断った。たぶん割り勘という、庶民的というか友達的な行為をしたかったんじゃないかと思う。


 若菜は彩から委員会の給料を聞いていたのか、大した抵抗もなく奢られてくれた。打ち上げメンバーの中では最も普通の高校生的な金銭感覚を持っているだろう。


 彩は少なくとも委員会で安くない給料をもらっているだろうし、お嬢様である花音は論外。学校の売店で黒いクレジットカードを使おうとしたとかいう話だ。ちなみに売店は現金オンリー。


「うわ、めずらし。いつもは黙って突っ伏すのに……」


 妹の結衣ゆいが突っ伏した優香の横に座る。もう時刻は遅いのでパジャマ姿だ。


「色々あったのよー。色々」


 両親が亡くなり、自身が異世界に行ってしまった事故から一年。優香は妹の結衣と二人暮らしをしていた。


 一時期は親戚の家に厄介になる話もあったが、いくら叔母と従兄弟と仲がいいと言ってもそこにお世話になるのは姉妹ともに抵抗があった。


 不幸中の幸いと言うべきか、優香は異世界帰りだったので自分で稼ぐ力がある。


 命を張って戦う異世界対策委員会の仕事は高給だ。優香は妹と二人暮らしをするだけの収入を得ることができる。


 危険な仕事だけあって、普段の仕事終わりは妹を心配させるような言動や行動は控えていたが、今日は久しぶりに変な呻き声を出す程度には疲れていた。


「でも今日は終わったって連絡あってから帰るまで遅かったね。なんか別の仕事でもあったの?」


 心配する妹の顔を見る横でゴミ箱の横にピザの箱が置いてあることに気づく。


 普段の夕食はどちらかが料理をするが、優香に仕事が入ったら適当に食べていいことにしてるのでピザを頼んだのだろう。一人なら残ってるだろうピザの残りがないのは仲の良い従兄弟でも誘って一緒に食べてたか。


「あー……簡単に話すとクラスの人が異世界転移しちゃって、同じくクラス同じな委員会の人と一緒に異世界行って、帰ったら別のクラスメイトも増えて打ち上げしてた……」


 心配させたくないためあまり仕事の内容を話すことはないが、今回は自分から言ってしまったので簡単に話す。


「え? じゃあお姉ちゃんクラスの人と遊んできたの? まじで珍しーじゃん」


 結衣は委員会がどうのこうのより、姉が学校の話題を出したことに素で驚く。


 確かに、妹にクラスの話をしたことはあまりない……というか話題にできるほどクラスメイトと関わったことがない。優香はその事実にちょっとしたため息をついた。


「ま、そんなこんなで疲れたからもう寝たいよ〜」


 ただでさえ疲れる仕事に、人と関わってきて妙に気を張ったため精神的な疲労も強い。口調も少しおかしくなっている。


「ほらほらお姉ちゃん、寝る前にお風呂入って、着替えだけでもしようよ」

「うぅ……そうする……」


 正直今すぐにでもベットに突っ伏したいが、異世界の森を歩いたせいで制服も綺麗とは言えない。今はもう鼻が慣れているから気にならないが、銃をぶっ放したので硝煙の匂いもするだろう。


 心の中で1,2,3と数えて気合いを込めて立ち上がる。眠い体をやる気だけで動かして風呂に入った。


 風呂に入って一人になると、今日の記憶が反芻されていく。始業式が終わって、なんだかんだほとんど彩が一緒に居た。そして途中から花音と合流し、ほとんど話したことない若菜ともたくさん話した。今日は一日がかなり濃密だった。


 そういう振り返りを、誰もいないところでしてしまうとどうしてもひとり反省会が脳内で発生してしまう。


 あの時、失礼なことを言ってしまったような気がする。あの時、面白くなくて滑ってたよな。あの時、全然うまいことを言えなかったな。


 他人から見れば「え、そんなの全然気にしてなかった」と言われることだが、当人は羞恥心で「うわあああ」となるようなことを一人で悶々と思い出す。優香は顔に何度も湯船のお湯を当てていた。


 これが陰キャのさがだった。


 風呂から上がり、ベッドに入ると疲れがどっと蘇り眠気が体を蝕んでいく。


 とりあえず寝よう。たぶん月曜日にみんなに会うまでフラッシュバックしては勝手に恥ずかしくなるだろうが、とりあえず寝よう。


 優香はそう思って眠りについた。


 夢には彩が出てきた。

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