第19話:邪教徒たち

 乾燥地帯をトコトコと歩いて、前にいるであろうスノードロップとサマーデライトを追いかける。


 彩は急ぎたい気持ちを隠してきれていないが、走ったところで救援に行く前に消耗するだけだ。


 空気は乾燥していて、砂の味がする。砂漠が近いのかもしれない。


 やがて大きな街が見える。ビーコンの位置からしてもここにいるのは間違いないだろう。


 建物はほとんど全てが石やレンガでできていた。


 水が貴重なこういった土地では木が育たない。木造の建築はここではかなりの贅沢になるのだろう。


 街には門があり、ぱっと見ではそこからしか入れないようだ。


 門には大勢の人間が詰めかけていたが、人の流れはスムーズだった。


 優香と彩はそこに紛れ込んだ。別の入り口を探す余裕はない。


「何があるんでしょうね……?」

「お祭りかしら……」


 小声でやり取りする二人。人の流れは非常にスムーズで、そして特に審査なども内容だった。衛兵に紐がついた黄色く丸い円盤を手渡される。周囲の人間と同じように首にかける。


(身分証……でしょうか?)


 大勢の人が同じような首飾りをつけている。今日限定のパスポート、みたいなようなものかもしれない。


 少し離れた位置で彩が他の人間に話しかけていた。


「ねぇ、今日は親戚の家に遊びに来たんだけど、これ何の騒ぎなの?」


 息を吐くように嘘をつく彩。


「あぁ、知らないで今日来たのか、運がいいなぁ。今日は浄化の日だろ? なんか今回は大きな捕物があったらしくてな」


 大柄な男は話し好きなのか、それとも若い女が話しかけてきたのが嬉しかったのか、とにかく嬉々として答えてくれた。


 言っている意味はよくわからないが、単語だけで不穏な気配が感じ取れる。


「この世界にとっての異物がどうとかで、とにかく今日で世界も救われるんだと。俺はそこまでそれには興味ねぇけど、とにかく今日こうして人が集まってるわけだし、祭りみたいなもんだな。とにかく稼がねえと!」


「は、ははー、なるほど、ありがとね」


 引き気味で離れた彩はすぐさま優香に身を寄せて小声で話しかける。


 陰キャは制服越しに体が当たる感触にドギマギしてしまうが、そんなことに緊張するほど事態に余裕はなさそうだった。


「ねぇ、クソヤバそうな感じなんだけど」

「い、急ぎましょうか……!」


 とやらが遭難者か、あるいは委員会の人間かはわからないが、どちらにせよかなりまずそうな状況だ。


 二人で手早く人をかき分けて進む。


 人混みを抜けた先、大勢が進んでいく方向の先には大きな塔のようなものが立っていた。頂上には大きな鐘がついている。


 その時、インカムに声が走った。街に入ったことでようやく電波が通じるようになったのだろう。


「……っち! 右側! 危ない!』

「っ! クルミの声!」


 聞き覚えがある声だったのか、彩が小さく叫んだ。


 優香もそれを聞いたが返答を待たずにインカムをオンにする。


『サンドグラス1から各員。時間がないので手早くいきましょう。そちらはどこですか?』


 サンドグラスはチームではなく、優香個人のコールサインなので普段は番号をつけないが、今は臨時として彩をサンドグラス2としている。


『え、あ……増援?! す、スノドロ1よりサンドグラスへ! なんかデカい、鐘のある塔にいる!』


 その声のすぐ後、無線越しに叫び声が聞こえたと思うと目線の先にあった塔が一部爆発した。


「……急ぎましょう」

「ええ!」


 優香と彩はそれ以上何も言わずに全力で走り抜けた。


 塔の下にたどり着く。そこは教会のような場所だった。現世にあるものと比べると非常に大きい。


 中からは断続的な爆音。誰か戦っているようだ。


 正面に鎮座する大きな扉を優香は超能力でバコンと開ける。


 中はまさしく教会のようで、たくさんの長椅子が並び奥には祭壇がある。


 現代的な制服を着た男女3名が長椅子を盾にするように身を屈めていた。そして奥には白衣を着た司祭然とした男たちがいた。


 それを見た瞬間、躊躇することもなくライフルを構えて発砲する。白衣から血が吹き出していく。


 一人につき二発ずつ、容赦もなく加減もなく正確に当てていく。


 その一瞬で全ての白衣の男たちが倒れた。


「クルミっ! 大丈夫?!」


 彩が長椅子に寄りかかっている少女に駆け寄る。彼女がサマーデライトと思しき二人も一緒だ。


 3人は満身創痍と言って差し支えなかった。特に傷が激しいのがクルミだが、全員の制服が血で滲んでいる。


 制服はどれも見覚えがある高校のものだった。この場にいる合計5人のうち、優香と彩だけが同じもので他は全員違うものだったが。


 3人は全員剣士タイプなのか、それぞれが派手な剣を持っていた。正直これではチームの役割的にバランスが悪いだろう。


「彩、久しぶり……ははっ、ドジっちゃった」


 クルミ——スノードロップ1は喋るのも辛そうだった。彩が振り向いて何かを尋ねようとしたので、その前に優香が言う。


「彩さんは治療を。ただし、スノードロップ1のみです。魔力は残しておいて、護衛しながら撤退を。申し訳ないですが、サマーデライトもそれでいいですね?」


 見たところサマーデライトの二人はまだ余裕があるようだ。傷が痛いだろうが、ここで彩の魔力を消費するわけにはいかない。


「あ、あぁ……構わないけどよ……」


 彩の杖から淡い光が出て、クルミの体のあちこちも淡く光る。あちこちに傷口があるのだろうか。


「ごめんね……彩の言うとおり、ちょっと頑張ってみたんだけど……今更ムダだったみたい」

「そんなことない! ムダなことなんてない! こういうこともあるってだけ!」


 彩とクルミの目にお互い涙が浮かぶ。この二人はやはり、お互い嫌いあってるわけではなく、仲間だったから喧嘩したのだろう。


「彩に言われて、今まで逃げてた私が急に頑張っても上手く行くわけないよね……由香里たちも怪我させちゃったし、遭難した人も上手く救えないし……」


 クルミの目からはどんどん涙が溢れる。


 優香はスノードロップの詳細な事情は知らない。でも想像はつく。


 スノードロップ1は今まで、仲間が傷つくことを恐れて逃げることが多かったのだ。


 彩はそれが好きじゃなかった。多少傷ついても、困ってる人がいるなら、私たちが救える命があるなら救うべきだと。


 ただ、二人はお互い嫌いというわけじゃないはずだ。ちょっとすれ違いがあっただけで、喧嘩別れを是とするような仲ではないはずだ。


「……ちょっといいですか?」


 二人の会話に優香が入り込む。普段は自分を出すことはない優香だが、どうしても言いたいことができた。


「スノードロップがここまで怪我して粘ったこと。サマーデライトも一緒についてきたこと。——例え今、現状が失敗だとしても、ムダにするつもりも、させるつもりもありません」

「……どういうこと?」


 構えていたライフルを下ろし、彩たちに向き合う優香。優香の目は青く光っていた。


「皆さんがここまで、文字通り血を流しながらここにとどまったおかげで、私が今ここにいます。幸いにも、まだ遭難した人は死んでいません。私が今からどうにかして、遭難した人を助けてくれば、全てムダとは言えないですよね?」


 そうすれば「たくさんの怪我人を出したけれど、呼んだ応援が遭難者を助けたのでムダではなかった」と言える。


「だけど、それって……」

「一人で行くって言うのかよ?」

「俺たちですら、あんなに……」


 クルミに続き、サマーデライトも疑問と困惑の声を上げる。


 彼らはどこかの世界の救世主だ。その彼らがここまでボロボロになっている。


「この世界の連中——というかここの宗教家? はやべぇ。異端だからって人を殺すのは百歩譲るとしても、ほとんどがかなり強い魔法使いなのはやべぇ」


 サマーデライト2は焦っていた。思ったよりやばい異世界だったので、命の危険を感じているのだろう。


 他二人はそこまで焦っているわけでもなかったが、今の発言には同意しているのだろう。頷いていた。


「っ……また来た……!」


 クルミが苦悶の声を上げる。


 教会の奥から続々と追っ手が現れる。先ほど優香が撃った司祭たちと同じ服を着ている。


 そして歌のような声が響くと、彼らが抱えた杖の先に火の玉が出来上がる。それらは歌と共に大きくなっていく。


「あ、アレだ! アレはまずい、マジでやばい!」


 サマーデライトが指を指して慄いた時、優香は持ったものを下手投げするように——長椅子を投げるように腕を振るった。


 それは優香のサイコキネシス。不可視の物理的な力が長椅子を弾き飛ばすと、長椅子は火の玉に飛び込んでいった。

 そして爆発した。長椅子が。火の玉が。


 できあがっていた火の玉からは想像がつかないほど大きな火が膨れ上がって司祭たちを燃やす。


 優香もその熱風にたじろぐ。優香もアレを撃たせたらまずい、と未来視の能力で見ていたが、流石にここまでとは思っていなかった。


「確かに……強そうですね」


 優香は燃えてる司祭たちを無視して、祭壇の奥に向かってライフルを撃つ。


 すると叫び声と共に壁の向こうから別の男たちが転がるように出てきた。


 先ほどまで焦っていたサマーデライト2は今の光景を見て何も言えなくなる。


——何者なんだ? この女。

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