第20話:邪教徒たち②
「彩さん、3人を連れて後退を。撤退先は任せます。あとで落ち合いましょう」
「マジで言ってるの?!」
優香が淡々とした調子で言った言葉に驚く。
一回分の治癒魔法は好きに使っていいと走りながら伝えていた。
彩はクルミに一回分を使っていた。先ほどの由香里と同様に出血が激しいし、サマーデライトの2人も怪我をしているが深刻ではない。
計二回の治癒魔法。彩の話からすると魔力は残り半分。
攻撃魔法がどれくらい魔力を使うかは聞いてはいないが、戦い続けるには不安だし、撤退する理由には十分だろう。
「ここで耐えても意味はないですし、ただ退くのも大変です。私が囮になるので、3人を連れて後退を」
「んで、あんたも無茶するっていうの?」
「こうすれば万事うまくいく、と言ったら信じてくれますか?」
優香の眼は青く光っていた。いつものオドオドとした自信のない態度は見られない。
青く光る眼はまっすぐ彩を見ていた。彩はその光にすべてを見透かされているような気持ちを抱いた。
ほんの少しだけ、優香の声には怯えが含まれてるように感じた。
その怯えは死や怪我を恐れているというより『ここで信じて貰えなかったら全てがまずい』と主張しているようだった。
この根暗な少女は言葉は足りないし、おどおどしてることが多い。しかし即断即決に判断は間違えたことはないし、傷つくところも不思議と想像がつかなかった。
この場でこの少女を知ってるのはあたしだけ。この少女を信じることができるのもあたしだけ。彩は言葉足らずで不器用な少女に対してため息をついた。
「……は〜。わかったわよ。あたしは退がる。よく考えたら前回と大して変わらないしね」
彩が諦めたように言ったのを聞いた優香は安堵の表情を隠しきれなかった。
「どこか適当な場所に隠れて連絡を待つから、死なないでよね」
「はい。お願いします」
「おい、待てよ! 俺らも一緒に——!」
サマーデライトの片方が乗り出してくるが彩はそれを押し止めた。
「ほら、いいから撤退するわよ。あの子はゴールドだから命令されたら敵わないし、あんたたちも撤退を手伝って。一人で下がらせるつもり?」
クルミの怪我は魔法によって治りつつあるが、それはまだ治っていないということでもある。
彩の治癒魔法は肉体の回復を促進させ死の淵からでも引き上がらせるが、傷がすぐ癒えるわけでもない。
「あ痛たたたた……。もうちょっと優しく……」
彩はクルミに肩を貸して立ち上がった。優香と目を合わせ、頷く。
サマーデライトの二人もそれ以上は反対はないようだった。
「転移者なんだが、さっきまでは上の階にいたんだが……たぶん、奥の扉から連れて行かれたと思う」
「了解しました。ありがとうございます」
優香は先ほどと同じようにサイコキネシスで椅子をぶん投げ、階段へと突き刺した。
上階から来る人間に対して少しは時間が稼げるだろう。
「じゃあ、私が出てから3分後に出てください……」
優香はそう言うと身を低くして駆け出した。残された面々は顔を合わせる。
「なんなんだ、あいつ……」
サマーデライトの呟きに、彩は苦笑いしか返せなかった。
---☆---
優香は奥の扉を開けて駆け出した。教会は広く、扉の先も大きな道が続いていた。
厳しい環境では人は神にすがる。こう言った地帯では宗教が強いのだろうが、それをどう間違ったのか異世界転移者にむけているらしい。
彩たちを——というか負傷した3人と別れられて良かった。この先は逆に一人で行った方がいい。
走る、撃つ、走る、撃つ——それの繰り返しで進んでいく。
魔法を撃たれるより前に撃てばいいし、未来が見えるおかげで誰を先に狙えばいいかがわかる。
優香に限らず、近似世界出身者は対人が得意だ。
魔物がいない世界なら戦う相手は同じ人間。得る力、使う力も対人間用になる。
今回、彩が信頼してくれて良かった。負傷した3人を救うには彩に退いてもらうしかないし、遭難した転移者を救うには優香が一人で行くしかない。
それを説明するのは難しい。理屈というか、そうした方がいいという根拠が「未来を見たから」と他人からしてみれば非常に信ぴょう性に欠けるものしかないからだ。
なんだかんだサマーデライトも、そして彩も誰かを救うなら多少怪我をしてもいい、という自己犠牲の精神が強い。あそこで彩に退いてもらえたのは良かった。
喧嘩別れしていたとはいえ、クルミが怪我をしていたのも大きいかもしれない。
(あとは、しっかり仕事をするだけですね……)
立ち止まることなくライフルを撃っていく優香。この射撃は純粋に実力だ。
ある意味で一人は気楽だ。前回から今回、移動中はずっと彩が一緒にいた。何を話すわけでもなかったが、別れると寂しいものだと、前回はなかった感情を少し覚える優香だった。
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