第21話:邪教徒たち③

 転移者は十字架に括り付けられていた。麻や羊毛でできた荒い服ではなく、一人だけ現代的な服装をしている女性がそうだろう。


 色々あったのか、服はところどころボロボロで、肌も薄汚れており、髪も荒れている。


 十字架に固定されているが、その固定方法は幸いにも手を釘で打ち付けられているというほど残虐なものではなく、麻のようなロープで括られている。


 いつの間にか教会のようなところを出ていた。十字架は教会の目の前の広場に固定されている。


 十字架まで100メートルと少し。間には多くの白い服を着た信徒と思しき人間たちがひしめいている。


 教会との間にある大きな扉を不思議な力でぶち破ってきた優香に付近の信者や衛兵が驚いた顔を向ける。


 そもそも銃をバンバン撃ちまくっていたので今更だ。


 十字架の下にいる偉そうな司祭は祝詞だかなんだか、偉そうな事を発している。


 異界から来た邪悪がどうとか、世界の歪みがどうとか、歪みを正す機会を与えてくれた神がどうとか。これから行う転生者の処刑に対する訳のわからない理屈を並べている。


 異世界に通ずるゲートを潜るとなぜかその世界の言葉が理解できるようになる。


 なぜかはわからないが、とにかくわかるようになる。利点もあるが、欠点もある。こんなどうでもいい戯言とか狂言の内容がわかってしまうことだ。


 信者や衛兵たちが反応するより先に、優香は助走をつけて跳んだ。それも高く、速く。


 優香の能力のメインは未来視で、超能力サイコキネシスで繊細な動きをするのは苦手だ。大きな力を出すことだけはできるが、丁寧には使えない。


 100メートルほど跳んで十字架の付近まで跳んだ優香だったが、着地はうまくいかずにゴロゴロと無様に受け身を取る。


 この距離の跳躍は二度としないと心に誓った。着地ができず、痛いより先に恥ずかしい。


 祝詞のような戯言を堂々と、あるいは自分に酔うように吐いていた司祭は突然乱入してきた優香を見て流石にポカンとしていた。


 付近の聖騎士めいた護衛が一斉に槍を構える。流石に戦いを生業にしているのか反応が早かった。


 しかしそれは優香も同じだ。優香は起き上がると素早く拳銃を構えて撃った。


 全員の足に二発ずつ、武器を持っているならさらに腕へ一発。躊躇はなく、射撃は正確に。


 出血は多いが、運が良ければ死なないだろう。


 優香からしてみれば邪教だが、この世界では信者がたくさんいるようだ。聖教と呼ばれているものかもしれない。回復の魔法だか奇跡だかを授かっている人間も近くにいるはずだ。


 この世界に銃があるかわからないが、大きな音と白い服から血が吹き出る様子を見てあたりはパニックになった。


 素早く十字架に近づき、転生者をくくりつけるロープにナイフを叩きつける。


 ロープは太く、頑丈だったが、優香の手入れされたナイフの刃と、力任せの超能力によってザックリと切れた。綺麗に切るというより叩き切ると言った方が正しい。


「委員会です。逃げますよ」

「ぅ……」


 十字架から転生者を下ろす。括り付けられていた女性は元気はなかったが逃げ出す気力はあったのか、フラフラとした足取りながらもなんとか自力で足を動かす。


 腕を掴んで引っ張るように、後ろにあった建物に駆け出した。宗教が大きな力を持っているのか、今まで通ってきた教会とは別の、また大きな施設があった。


 どれだけこの街には宗教施設があるんだろう。


「待て!」とか「神に仇なす者に」とか言った言葉と共に追いかけてくる白衣の集団。かなりの数だ。


 宗教は生きるのが難しい世界において、人の心の拠り所になる。


 その心の拠り所となるべき宗教が、人の命を奪おうとするとはなんとも皮肉だと感じた。


 優香はフラフラとした足取りの女性の手を握って走る。建物の影と影をいくように、路地裏を隠れながら進んでいく。


 いくら能力者といっても女子高生、そしてボロボロの女性も連れている。大の男たちに追われて体力勝負で勝つのは難しいが、優香が右に左と路地の裏を曲がって走ると不思議と追いつかれない。


 どこを走ればいいか、どこを曲がればいいか、どこのものを蹴飛ばして邪魔すればいいか。


 それらが全てわかっているように、最初から逃走ルートの答えを知っているように走り回る。


 答えは知っている。なぜと聞かれても答えられない直感によって優香は最適解を選ぶことができる。


 過去にはこの直感でどこかのチームを救ったこともあるし、根拠のない直感を信じるかでチームの意見が割れたことも何度もある。優香が一人の活動を好む一因となっている。


 優香は適当な脇道で、地下へと続く階段を見つけてそこに入った。


 暗がりの階段を降りていくとそこはただの通路にしては大きい道だった。元々は水が通っていたような跡がある。以前は水が流れていたのかもしれない、大きな地下水路のようだ。


 ライトをつけて歩く。まだ危険な街中にいるが、少なくとも追っ手の音は聞こえなくなった。


「少し、休憩しましょうか」


 全力疾走の後で息切れしていたし、遭難者の女性も体力が限界のようだった。優香は地面を軽くはたいてそこに座った。


 女性は成人しているかしていないか、それくらいの年齢に見えた。優香より年上だろうが、大人と言い切るには若々しかった。


 優香は慰めに良い言葉を知らないが、こういう時にできることは知っている。


「食べますか?」


 簡易な包装のカロリーバーを差し出す。


「あ、ありがと……」


 受け取るとゆっくり食べ出した。水のボトルも渡すとこれまたゆっくり飲んでいくが、口を離さず一息で飲み干してしまった。


「わたし……死ぬところ、だったよね?」


 質問というより確認、というより自分に言い聞かせるように女性は言った。


「はい。危ないところでした」


「そっかぁ……」


 女性は足の間に顔をうずめる。


「なんか……現実感ないなぁ……死ぬところだったのに、今でもなんか……ふわふわしてる……」


 平和な日本で暮らしているのに、いきなりこんな外国みたいな、さらに古い時代のような世界に連れてこられたなら文字通り夢の中にいるような感覚になってもおかしくない。


 白衣の集団に追いかけ回され、捕まり、処刑されかける。それほど凄惨な体験をして、恐怖に染まる前に情報を処理しきれず軽く放心しているのだろう。


「異世界って……難しいんだね。わたし、来たら『世界を救ってくれー』って頼まれて冒険に出るもんだと思ってたよ」


「そういうこともありますし、ないこともあります。今回は——運がなかったんだと思います」


 それを言うなら異世界に転移したこと自体が運がないことだと思ったが、言うのはやめておいた。


 異世界に転移したら自分が変われる、と思ってる人は多い。この人がどう思ってるかはわからないが、どっちにしろ慰めにもならない。


 そもそも異世界転移はどのような形にせよ、優香は災害だと思っている。


 すごい力を得て世界を救うことになっても、それは運命ではない。巻き込まれた災害に対して必死で生き残ろうとした結果だと思っている。誰だって知らない世界の危機に命を張りたいと思えるわけがない。


「まぁでも、わからないな。わたし、ちょうどお仕事がうまく行くかも〜って感じだったから、頼まれても帰りたいって思っちゃうんだろうな。……知ってる? わたし、最近テレビに出れるようになったんだ」


 芸能か、芸術関係の人だろうか。優香は全く心当たりがなかった。


「いえ、あの……ごめんなさい……」


 そもそも優香はテレビや動画配信を見ないのでタレントがどう、テレビ番組がどう、インフルエンサーや配信者がどう、という話題についていけない。


 休日は絵を描くか、本を読むか。自分の中で趣味が完結する典型的なインドアタイプだ。


 彩さんが見たら実はすごい人ってわかるのかな……と密かに思った。彩はトレンドに詳しいので、テレビに出た可愛い女性ならみんな知ってそうだ。


「そっか……わたしもまだまだなワケだ。じゃあ、帰ったら頑張って知名度あげないとね」


 女性は一人で軽く笑った。


 知らないことに申し訳ないとは思いつつ、優香も少し気持ちが軽くなった。


 少なくとも、元の世界に帰る理由とか、元の世界で生きたいと思う理由があるのは良いことだ。


 そして、元の世界に帰れるタイミングがあるというのも良いことだ。


 それがなかったら、こんなクソみたいな世界を滅ぼそうとする原因を探り、そして世界を救わないと帰れない。異世界とは何故かそういうものだと決まっている。


 少なくとも優香は、出会った人を異端だからと処刑するような世界が滅びかけだとしても救いたいとは思えなかった。

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