第18話:彩の事情④
真希との話も終わった優香は小屋の中に戻り、今後どうするかを伝える。と言っても話はシンプルだ。
「サンドグラスはこのまま先行した人たちの援護に向かいます。サマーデライト2・3はスノードロップ3・4を護衛して撤退してください」
突っかかってきたのはサマーデライト3の方だった。
「おい、
そこに「わたしも……まだいけると思う」と
撤退するとなったら素直にしたがらないのが普通の反応だ。献身的や奉仕的とも言えるが、血気盛んとも言える。
サマーデライト2も何かしら思うところがあるのか何も言わない。
2:2で別れるなら同じチームで合流した方がいいのは連携的にも指揮系統的にも間違いないとは思うが、優香としては自分が行った方が良いとわかっている。そういう能力だからだ。
しかし迂闊にそれを言いふらすわけにもいかないので「あの……その……」と説明に苦慮している。
まさか「あなたたちより私の方が強いので帰ってください」とも言えない。
撤退させずに連れて行く、というのも難しい。由香里の傷がまだ完全に癒えているわけでもないところを見ると、彩の治癒魔法は傷をすぐに回復させるというわけでもなさそうだ。
彩の魔法が弱いというわけでもない。そもそも治療系の魔法を持っていること自体が珍しい。攻撃魔法と併せて持っている彩は実はかなり貴重だ。
その効果が弱いとしても、死の危険から誰かを救うことができるだけで上出来だろう。
真希にしたって、持っていたライフルの一部が完全に歪んでいたのでまともに戦うことができない。
銃がうまく動かないという言葉が優香を外に連れ出す口実だったのはその通りだったが、全くの嘘というわけでもなかった。
現場のメンテナンス程度でどうにかなる故障ではないので見てもらってどうこうできるようなものではなかったが。
というわけでスノードロップ2名は戦力外となる。小屋で待たせるくらいならさっさと帰した方がいいという見解では一致していたが、サマーデライトと優香の間でどちらが帰るかで意見が割れていた。
そこに一石を投じたのは彩だ。
「まぁまぁ、言ってることはわかるけど、こっちのサンドグラスの方のランクが高いわけで。わざわざここに来てやったことが『負傷者2名だけ引っ張って帰りました』ってだけじゃ一番偉いお前は何してたんだ? ってなっちゃうでしょ?」
気持ちはわかるけどと諌める彩。
そこでサマーデライト3が何かを言おうとしたが、サマーデライト2が場を収めた。
「まぁ、そうだな。そういうことだ、竹中。俺たちが二人を連れて帰ろう」
「……わかったよ」
渋々といった様子だが、雰囲気に負けたのかそれ以上は言わずに引いてくれた。サマーデライト2ももしかしたら対応に苦慮していたのかもしれない。
4人は小屋を出て帰投していく。由香里はまだ肩が痛むようだったが出血は止まっていた。真希が背中を押して歩いていった。
優香は彩に頭を下げる。
「あ、ありがとうございました」
「ま、ああいうのもたまにいるわよね」
優香たちものんびりできるわけじゃなく、
走って体力を消耗することもできないが、ゆっくり歩く余裕もない。無駄話をするつもりはないが、いくつか確認することはあった。
「彩さんの治癒魔法ってどこまで治せるんですか?」
由香里の傷口は治っているようではあったが、劇的というほどでもなかった。今まで使う機会がなかったから聞いてなかったが、彩を部下として見るなら能力を把握しておくのは大事だ。
「あー、自慢じゃないけど、最後まで治るわよ。魔力でバーンって治すってよりかは治癒力をガンガンにアゲてる感じだから、時間はかかるけど待ってれば治るわ」
「なるほど……ちなみにあとどれくらい使えますか?」
「うーん……あと一回は使えるけど、どんなに多くても三回で限界かな。こっち帰ってから魔力も減ったし。攻撃魔法とかバンバン使うと二回目使えるか怪しい感じだし、逆に治癒に三回使ったらもう何もできないと思う」
異世界に居た時に出来てたことが、帰ってきてからはできなくなることは少なくない。
俗に弱体化とも、主人公補正が外れるとも言われている。
優香も異世界に居た頃と比べるとサイコキネシスの出力は減ったし、未来視も別の能力が変質したものだ。
彩も使える魔法が減ったり、魔力が減ったりが当然あるだろう。
それでも一般人と比べると超能力や魔法が使えるというだけでも十分すごいのだが。
「わかりました、覚えておきます」
「あぁ、それで言えば、さっきは勝手に使っちゃってごめんね。いつもは一応、リーダーに聞くようにしてるんだけど」
「いえ、的確だったと思います」
何がと言えば由香里への治癒魔法だろう。今の話で言えば4分の1の魔力を使うようだし、どう使うかはリーダーが決めた方がいいだろう。
「それと確認しておきたいのですが。彩さん……」
「ん、なに?」
そこで一度言葉が途切れる。区切ったというより、言葉にするのに覚悟がいる言葉だった。
「人はうてますか? ……ち、ちなみに私は人に向けて撃つ覚悟は、あ、あります……」
敵は邪教徒と呼ばれていた。どんな呼ばれ方をしようと、人は人だ。自分の世界と関係ないとは言え、異世界において人という存在は共通だ。人を傷つけるというハードルは高い。
この質問は同時に、人を傷つけたことがあるかという質問にも直結している。
あなたがいた異世界で、あなたは誰かを傷つけましたか? という問いはなかなかしづらい質問だ。
この『うてますか』は『撃てますか』でもあるし『打てますか』とも言えるし、そして『討てますか』でもある。
「あー……。気にしないで、大丈夫。大丈夫だけど……」
その大丈夫は質問したことに対して気にするなという意味か、もしくは問題なく攻撃できるという意味か。おそらく両方だと優香は受け取った。
「あたしの魔法は光属性ってやつで、闇とか魔を討つものなのよ。あんまり人には効果なくて、普通はビリビリ〜って痺れて気絶するくらいだから」
人を殴る覚悟はあるけど、殺せるほどの威力はないから注意しろ、ということだろう。
「一応人を殺せる威力の魔法もあるけど、そっちはあんまり……できれば——どうしようもない時以外は使いたくない、かな」
「わかりました。それで構いません」
過去に経験があるかはわからないが、できる限り不殺でいきたいようだった。センシティブな話題なので、委員会でも多数派なのか少数派なのかわからない。
でもなんとなく「彩さんには人を殺めてほしくないな」と優香は思っていたし、その返答を聞いて少し安心した。
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