第17話:彩の事情③

 黒くなった血痕が地面に点々と続いている。


 それを横目に小屋の中へ入る。中にいた男性二人が一瞬だけ身構えるが、優香たちの姿を見て警戒を解く。


 中にはその二人に加えて、うずくまる少女とそれに寄り添って座り込む少女。計四人がいた。


 優香の目には全員同い年ほどに見える。年上年下があっても、せいぜい全員同じ高校生だろう。


由香里ゆかり! 大丈夫?! 真希まきも……!」


 彩が優香の背中から、うずくまる少女に駆け寄る。


 その少女は肩を怪我していた。右肩から中心に服は真っ赤に染まっており、包帯も巻かれている。出血はかなりの量になるだろう。


 傍に座り込んでいるもう一人の少女が真希だろうか。彩と同じライフルを携えている。


 状況的に考えて男二人がサマーデライト、少女二人がスノードロップだ。


 サマーデライトは男性のみで構成されたチームだし、スノードロップは女性のみだ。委員会は基本的に同性のみでチームを編成する。


 出血がひどい方の少女——由香里は表情が明るくない。具合は悪そうだが、意識がはっきりしてるのは幸いだ。


「優香、悪いけど治癒魔法使うわ。いいわよね」

「え、えぇ……」


 それは確認というより宣言に近かった。言うが早いか、由香里の肩の傷口が淡く光る。

 それを見届けてから優香は男二人に向き直って言った。


「さ、サンドグラスワン、です。状況は……?」


 ただでさえ同性でも友達が少ない優香だ。同性ですら緊張するのに、初対面の異性ならもっと緊張する。まして異世界を救った勇者様なら、気が強いに決まっている。


 男二人は一瞬だけ目を合わせてから、片方が喋り出す。


「サマーデライトツーだ。こっちはスリー。状況は……どこから話したもんか。まず、あっちで怪我してるのがスノードロップスリーフォーだ。怪我がひどい方が4」


 改めてスノードロップの方を見る。彩が外したと思しき包帯の下、由香里の傷口が泡立っていた。治癒魔法というからにはあれから再生して回復するのだろうか。少し興味深い。


 真希は彩に「あたしには要らないから……」と言っていた。怪我をしているそうだが、血が出ていないので捻挫あたりだろうか。少なくとも命に関わりはなさそうだ。


「スノードロップの救援に来たがあんな感じだった。一度全員でここまで後退したが……スノードロップ1が遭難者を救助したいと言って……うちのサマーデライト1と4が就いて三人で救助に向かった。で、俺たちはここで増援待ち」

「この状況で?」

「この状況で」


 優香は思わずびくびくすることも忘れて聞いていた。


 正直、由香里スノードロップ4があそこまで深い怪我を負ってたら異世界から撤退をするのが普通だろう。


 半分を増員待ちに回していたのは次善の作だが、最善とは言えない。


 優香の怪訝な表情に対して、サマーデライト3が小声で話す。


「後退しなかったのはスノードロップ全員の意思だ。そこまで主張するなら……なぁ?」


 委員会の実働員は異世界を救った英雄の集まりだ。基本的には義に厚い集団なのでそこに不思議はない。スノードロップじゃなければ。


「わ、わかりました……ありがとうございます。敵はどんな感じでしたか?」

「俺たちは直接見たわけじゃないが、どうやら人間にやられたらしい。怪しい邪教徒っぽい感じの」


 邪教徒と言っても、委員会の人間は別に宗教に与していてそれ以外を排斥するというわけではない。


 ここで言う邪教徒とは、怪しげな倫理で人を襲う、ちょっとお話ができないタイプの人間の総称だ。


「なるほど、人間ですか…」


 異世界に行けば当然現地の人間と争うこともある。優香はいざとなれば人を撃つことはできるが、彩はどの程度戦えるのか、後で確認しておいたほうがいいだろう。


「俺たちはこれからどうする?」


 どちらのチームもリーダーがシルバープラスなので、他の人間はそれ未満シルバーとなる。どう少なく見積もっても優香がこの場では最先任一番偉い人だ。


「け、怪我の様子を見てくるので少し待ってください」

「わかった」


 優香は彩とスノードロップへ近づく。彩の治癒魔法のおかげか由香里の表情は薄いままだが苦痛は和らいでいるようだった。


「だ、大丈夫ですか……?」


 その問いに答えたのは彩ではなく、意外にもスノードロップ3——真希と呼ばれた少女だった。


「私は大丈夫。足を軽く捻っただけ。こっちスノードロップ4は……まぁ彩のおかげで大丈夫」

「そ、そうですか……なによりです」

「あなたがサンドグラスのリーダー? ちょっと……銃の調子が悪いの。一緒に見てくれない?」


 真希はそう言いながら、二人で話したいと彩にはわからないように目線で示してきた。


「わかりました。……万が一の暴発が怖いので、外で見ましょうか」


 本当は弾を込めなければ暴発もしないし、メンテナンス時に弾を込めることもない。ただ他に銃を持っている人がいないのでいい言い訳になるだろう。


 それに優香なら未来視で暴発するかどうかもわかるので、本当はそういうことを全く気にしない。


 真希は本当に足が痛いのか、苦痛に顔を歪みながら立ち上がる。手を貸そうかと思ったがいいと断られる。


 外に出てから真希はすぐそばの石の上に座った。


 元々風車小屋だったであろうこの建物は風がよく吹く場所に建てられていた。


 見晴らしもいい。見える景色は荒野だったが、二人はそれを眺めながら話すことにした。


「本当に……失敗しちゃってね。言い訳なんだけど、私は乖離系出身で。見た? あの動く殺人植物。注意するべきだったんだけど、戦ってる時にクソ植物に横槍入れられて……由香里——スノードロップ4ね——に庇ってもらって、このザマ。ほんと、申し訳ないわ」


 どうやら真希も優香と同じように、あのヤギを食べた植物に慣れていなかったようだ。


 あの植物のような魔物が注意すべき意識から抜けていて、そこを由香里に庇ってもらったようだ。結果があの傷だ。


 正直、わからなくもない。ただ優香にはそれを慰める上手い言葉が見つからなかった。


 そしてそんなことを話しにわざわざ外に出たのではないだろう。何を言うべきかと悩んでいたら向こうから再度話が来る。


「彩とうちらのこと……聞いてる?」


「……本人からは聞いていません。*荒石さん* (担当官)からは聞いています。スノードロップのリーダーが撤退を決定した案件で、彩さんは続行を主張して、それが原因で隊を抜けた。という理解をしています」


「だいたいそんな感じ。……正直、どう思う?」


「……」


 どう思うと聞かれてもどう答えればいいのか。


 何について聞かれているのか。その問いがなんであれ、色がいい返事はできそうにない。


 本音を言えば、でいいなら言えることは多いが、歯に衣着せぬ言い方は損しか生まないのは優香にもわかっている。


「ねぇ。たぶん他の人は知らないだろうけど、私はあなたが本来ここにいるのが不思議なくらいの立場ってのはわかってる。あなたは私たちよりずっと上の立場。だから素直に言ってほしい。うちのチームについて、どう思う?」


「……いくつか思うことはあります。その件以前での成績も調べてみましたが、『救助困難のため撤退』という報告が少し多いように感じました。これは私の推測ですが……」


 ここで優香は一度区切った。この先に続く言葉にどこまで衣を着せるか悩んだのだ。


 しかし正直に言って欲しいと言っているので、結局最初に思いついた言葉を言うことにした。


「臆病なんじゃないでしょうか。スノウドロップの隊長は」


「臆病……臆病かー……まぁそうとも言えるか。私としてはという感じだけど……そうか、偉い人から見たらそう見えるのか」


「どちらが良いとは言いませんが、平均的に見たら委員会の人間はその……血気盛んですからね」


「ま、そうよね。彩もそうだし、私もそう。由香里も、まぁのほほんとしてるところはあるけど自己犠牲の精神は強い」


 委員会に所属しているなら、自分が傷ついてでも誰かを救おうとする自己犠牲的な精神は大なり小なりあるだろう。


「だから彩は噛みついた。簡単に撤退しすぎだって。私としては彩の気持ちはわかる。……けど、リーダーの——クルミの気持ちもわかるところはある」


「私も——リーダーの重さは知っているつもりです」


 クルミはリーダーで、チーム全員の命を預かることになる。クルミに限らず、大抵の帰還者はそれぞれ異世界でリーダーシップを発揮する場面はあるだろう。優香にもある。


 少なくとも異世界転移した後に共に戦う仲間はそれが職業だし、自分自身もこの世界に帰るために命懸けだ。全員の命を預かると言っても、全員に覚悟があるし、必死さも違う。


 しかしこの世界に帰ってきてから委員会で戦うというのはそこまで命をかけるほどでもない。生活のためとか、あるいはちょっとした義務感のためだ。


 そこのスタンスは人にもよるが、だからこそチームメイトの命を軽々しく扱えず、ついつい撤退を選択してしまうという人はいる。クルミがそうだったのだろう。


「だからまぁ……話し合ったのよ、3人で。彩の言うこともわかるし、ちょっと頑張ろうって。クルミも彩も、本当は喧嘩なんかしたくなかっただろうし。……私たちは、世界を救った勇者たち、だしね」


 ま、彩はいつの間にか新しいチームサンドグラスに入っちゃったみたいだけど。と自嘲する真希。


「ま、とにかくね。何が言いたいかっていうと、私たちは彩のことが好きだから撤退してないの。クルミが頑張ってるのもそう。意地張ってるのね、私たちは。だから——できれば撤退じゃなくて、捜索救助を成功させて欲しい」


 ようやくそこで真希と優香の目線が交差する。


「わかりました……元よりそのつもりです。ただ——」

「ただ?」

「彩さんは今は私を手伝ってくれていますが、正式な異動があったわけではないので……どうするかは彩さんと相談してください」

「そっか……ありがとね」


 そこで初めて真希の表情が軽くなった。

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