第16話:彩の事情②

 彩を含めたチーム『スノードロップ』に起きた出来事といえば、そう難しくはない。


 異世界に転移した遭難者を『スノードロップ』が捜索救助に向かう。


 途中でワイバーンの群れに遭遇し、隊長であるコールサイン『スノードロップワン』が撤退を主張、彩こと『スノードロップツー』が続行を主張。


 意見は割れたが、決定権を持っている隊長が撤退を決める。


 その後、彩とリーダーである井上クルミが喧嘩をし、彩がチームを去る形で決着がついた。


 彩はその時のことを思い出していた。ゲートを降りた先が乾燥地帯で、その時と同じような光景だったのも影響しているかもしれない。


「彩さん、大丈夫ですか?」


 少しぼーっとした様子の彩に声をかける優香。


 現世の日本では4月の春だが、この地域はけっこう暑い。砂漠というほどではないが、近い気候をしている。


 気温も高いが、日差しが強い。日本と違って湿気がないのは救いだった。


「ごめん、ちょっと暑いからかも」


 彩は適当に誤魔化したが、実際かなり暑かったので優香は疑問に思わなかった。


 事前に日差しが強いところだとは聞いていたため、二人はそれぞれ日除けにローブを羽織る。


 そしてスノードロップかサマーデライトのどちらかが設置したビーコンを頼りに歩いていく。


 電波は悪くなく、いくつかのビーコンを中継した先のサマーデライトと文字のみだがやり取りができた。現在は放棄されていた小屋に身を潜めているらしい。


「電波いいわね。よかった」


 なぜか時たま、魔力と電波は干渉することがある。魔力が濃ゆい異世界では電波でのやり取りが難しいことがあるが、今回は電波の通りが良い。


 不毛の土地というわけではないが、生物が少ない乾燥地帯なのが影響しているのかもしれないと優香はなんとなく思った。魔力については全く詳しくないので、あくまでもなんとなくだが。


 そこは乾燥地帯といっても砂漠というわけではなく、地面はひび割れているがところどころに緑があり、植物がある。


 多肉植物のようなものが多かったが、中には食虫植物というか、植物というカテゴリーに属していいかよくわからない、動く植物がいた。


「ひっ……! み、見ましたか彩さん…… 今、あそこの植物、ヤギみたいなのを食べましたよ?!」


 植物(のようなもの)がムチのような触手をふるわせ、自身の持つ袋状の何かに歩いていたヤギ(のような動物)を仕舞い込んだ。


 袋の中でヤギが暴れている。袋はかなり丈夫なのか少し盛り上がるだけで破ける様子はない。


 優香は超能力が跋扈する科学技術が発展した世界——いわゆる近似系世界と呼ばれる異世界の出身だ。技術力が近く似ていることから近似系と呼ばれる。


 つまり現代日本と超能力があること以外はあまり変わらない。あんな植物とも動物とも取れない生き物は馴染みが薄い。異世界対策委員会に就いて一年だが、いまだに慣れなかった。


 対して彩は世界に魔法が溢れている異世界の出身。発展の基礎となる技術が乖離していること乖離系世界と呼ばれる世界の出身だ。あれくらいは見慣れている。


「あー……たまにいるわよ。けっこう異世界に行ってるならそこそこ見るんじゃない?」


「見ますけど……あそこまでアグレッシブなのは初めてです。植物なんでしょうか……動物なんでしょうか……」


「うちの異世界だと、魔力という意志の力を浴びて育った植物がどうのこうので、動物とか植物じゃなくて魔物ってカテゴリーにいたわね」


「便利ですねそのカテゴリー……うちの世界ではミドリムシというちっちゃなちっちゃな命ですらいまだによく決まってないというのに……」


「あんなのまだ可愛いくらいじゃない。あたし、バロメッツとかいうの前見たことあるわよ。羊を産む植物みたいなの」


「ミドリムシより分類に困難しそうです……」


 そんなことを時折話しながら進む。なんだかんだ優香も話好きである。話す相手がいないだけで。


 ここ最近、彩とは一緒に行動することが多くなった。一人は気が楽だが、誰かといると楽しいことは多い。学校で一緒にいてくれるから、委員会でおせっかいを焼こうと思ったのかもしれない。


「サマーデライトってどんなチーム?」


 目的地が近づくにつれ、彩がそんなことを尋ねてきた。


「一緒に仕事したことはありませんが……データだけを見ると普通——と言ったら失礼ですね。平均的なチームだと思います」


 隊長のランクはシルバープラス。ランクはシルバーがスタートラインなので、その一個上になる。


 委員会は現場で実際に活動する帰還者をランクで分類している。下からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンドの順だ。このうちブロンズは研修生のような扱いで、実質的にはシルバーがスタート地点になる。


 異世界から帰ってきた者は、すなわち異世界を救った者だ。そんな人間にランク付けするなどという意見もあるが、なかったらなかったで現場を誰がまとめるかという混乱が生ずる。


 なので委員会は「ランクは強さではなく貢献で決めてるよ」と言う建前でランクを決めている。貢献が多いと言うことは場数が多いと言うことなので、実質的には実力も絡んでいると言うのは周知の事実。


 その中でシルバープラスというと、シルバーで構成されるチームのリーダーをやると引き上げられる、暫定的な階級だ。


 シルバーでチームを構成するとなった時に、誰か一人をリーダーにすると自動的にシルバープラスと階級を少し上げられる。指揮権の明確化のためと、責任を負う者に対する手当と言ったところか。


 ただ、優香のいう平均的というのは実力という意味ではなく、構成という意味だ。


「装備は前衛2、後衛2の全員乖離ファンタジー世界出身ですね」


 異世界と言えば剣と魔法の世界。なぜかはわからないがそういう相場になっている。優香のような近似世界出身は珍しい。


 ちなみに彩が話題に出さなかった『スノードロップ』は前衛2、後衛1だ。うち後衛が乖離系出身者なので珍しい方ではある。ちなみに隊長は同様にシルバープラス。


「あ……見えてきましたね。たぶんあそこです」


 優香は小屋のような建物を指差す。およそ人が住んでいるとは思えないような荒れ方をしている。


 それは円筒の壁に円錐形の屋根をつけたような、絵にすると単純な見た目のものだった。


 非常にボロボロに風化した小屋の周りには羽のようなものが転がっている。おそらくは風車だったのだろう。


 教えてもらった建物の特徴とほぼ同じで、電波も近い。間違いないだろう。


 優香と彩はひとまず合流できそうなことに安心し、足取りが軽くなった。


 風車の周りに落ちている大量の赤黒い血を見るまでは。

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