第42話:撤退戦②

 友希乃が転倒した。大きな銃を変な姿勢で撃ったから、大きな反動を受け止められなかったためだ。


「友希乃さん!」


 彩は倒れた友希乃に駆け寄る。友希乃の周りにはなおも魔狼が寄ってきており、そいつらを魔法で追い払うが、数が多い。


 前を行くあさひも咲希も足を止めていた。友希乃をすぐに助けに行ける距離じゃないが、置いていくわけにもいかない。


「行って! どうにかするから!」


 友希乃が叫んだ。足を挫いたのか自力で立つのに苦労している。


 その様子を見て、彩は優香と別れる前に伝えられていたことを思い出していた。


*****


 ゲートで二手に別れる直前のこと、優香は思い出したように喋り出した。


「彩さん……あの、今の彩さんはサンドグラスです」

「うん? そうね。そりゃそうね」


 優香は大きなガンケースをゲート付近の見つかりにくいところに隠しながらなんてことのないようにいった。


 実際、なんてことのない内容だから彩には何が言いたいのか全くわからなかった。


「……言いたいのはですね、カノープス1の——友希乃さんの指示は基本的に正しいのですが、なんと言いますか……ちょっとおかしいな? と思うことがあるかもしれません」

「とんちんかんな指示をするかもってこと?」

「うーん……そんな感じです。伝えたいのは、彩さんはサンドグラスであってカノープスではないということで、今のリーダーは私です」

「2回目よ、それ」


 スノードロップとの掛け持ちとはいえ、優香の手伝いをする時はもちろん優香の部下で、だからサンドグラス2のコールサインを名乗っている。


「カノープスと合流後はカノープスが先任になります。だからあらかじめ命令を出しておきます。命令がおかしいと思った場合は、彩さんの判断で行動してください」

「命令がおかしいって、どう判断すればいいのよ」

「彩さんの直感で構いません。それが、私からの命令です」

「まぁ、素敵な命令ね」


 つまり、私がおかしいと思えば、私が勝手に行動しろということだった。


 その時はまぁそんなことは起きないだろうと思っていた。


*****


 そしてまさしく、今の友希乃の命令はおかしい。なんでこんな時に自己犠牲の精神を発揮するのか、全くわからなかった。


「ちょ、ちょっと!」


 彩は友希乃のそばに行き、肩を貸す。やはり挫いたか捻ったか、立ち上がろうとすると痛みに顔をしかめた。


「行って! 今は足手纏いよ!」


 なおも友希乃は叫んだ。


 その言葉を聞いて、彩はイラッとした。なんでこいつはこんなに自己犠牲に酔っているんだ?


 いけない、目の前に危険が迫ってるのに、味方に対して変な感情を覚えるのは良くない。


 前にこういう感情を表にしたのはくるみと喧嘩した時だ。


 ただ——今回は大丈夫だ。直感を信じるべきだ。こうしなきゃいけない時だ。


「あんたねぇ……! 優香のことわかってますよみたいな態度とっておきながら、わからないの?! あいつがこういう時に何かを諦めろなんていうわけないじゃない! 私はサンドグラスなのよ!」


 言った瞬間、彩は自分の顔が赤くなったのを自覚した。怒りというより、恥ずかしさと焦りからだ。


 お互いどこかの異世界を救った身。委員会では年齢の上下を気にしない風潮はあるものの、やっぱり高校生が大学生に啖呵を切るというのは、委員会のメンバーである以前に高校生である彩にとっての社会常識ではおかしいことだった。


「やばっ」


 誰かが何かをリアクションする前に、友希乃と彩に飛びかかる魔狼がいた。


 牙を剥き出しにして飛びかかる狼。


 もうまもなくどちらかの皮膚を食い破ろうかという時。


 その狼は内側から破裂したように血を撒き散らし、傍へ吹っ飛んでいった。


「へ……?」


 その間抜けな声は無線越しに聞こえたのか、自分の喉から聞こえたのかわからなかったが、彩は自分ではないと信じたかった。


 2、3の魔狼が同じように飛びかかったが、同じように血を撒き散らした。動物らしい声を聞くこともなく絶命していった。


 遅れて銃声が聞こえてくる。もちろん、あさひのライフルでもない。


「優香ちゃん……? 痛っ」

「ほら、立ちますよ!」


 友希乃が耳を澄ますように銃声へ意識を向けていたが、彩は強引に友希乃を立ち上がらせる。


「よっしゃ、行こっか」


 いつの間にか横に来ていたあさひが反対側の肩を持つ。彩とあさひは目を合わせてこくんと頷くと、合わせて走り出した。


「それにしても、ずいぶん優香ちゃんのこと信じてるじゃない」


 友希乃が痛みに顔をしかめながらもからかうように言う。彩がキレたことは気にしてなさそうだ。その指摘に彩は恥ずかしさで頭に変な血が上がってくのを感じた。


「そ、そりゃ、同じ部隊ですからっ? 当然ですけどっ? ……ひぃぃっ?!」


 顔を赤くしながら応える彩だったが、すぐに顔を青くする。

 顔の横を高速で何かが通り過ぎていき、衝撃波で髪がなびき耳が痛くなる。射撃が通り過ぎた後に死んだかもという恐怖が襲ってくる。


「信じてるんじゃなかったの〜?」

「信じていますが時々殴りたくなることはありますっ……!」


 あさひのからかいを受ける頃には別の方向での怒りで冷静になっていた。


 敵がいる後ろからは当然だが、味方がいるはずの前からも死が迫っている。


「信じてるなら殴らなくてもいいんじゃにゃっ?!」「うおわっ?!」


 今度は友希乃が変なことを言おうとした時に、友希乃とあさひの間の頭上スレスレを弾丸が通り過ぎていった。


「……殴りたくなる気持ちはわかったから、とりあえず今は黙って走るべきね」


 その友希乃の命令ともいえない提案に、今度は反対の声は上がらなかった。

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