第30話:優香のこと②

 身の丈話をしようとした優香を彩が遮る。


「でもその前に、言い出しっぺのあたしの方から話そうかしら。て言っても、大した話じゃないんだけど」


 そう前置きして、彩は話し始める。優香はストローを口にしながら、彩の話に耳を傾けた。


「ありきたりな話ね。家族で車に乗ってたら事故って、パパが亡くなったの。で、私は意識不明になってたらしいわ。その時に異世界に行ってたのよね」


 父親の死をありきたりな話として語る彩。


 しかし実際、そのような悲惨な出来事をトリガーとして異世界に飛ばされるという話は少なくない。


「で、あなたは聖女だ、勇者が魔王を救う手助けをしてくれ、って。そんな感じ。ウケるわよね、私が聖女だなんて」


 聖女、似合う? と笑いながら抹茶味のドリンクを口に含む彩。


「異世界のことは長いから省くわ。なんだかんだ帰ってきて——向こうの世界もちょっとは名残惜しかったけど——目が覚めたらパパの葬式が終わって、ママも足に大怪我してて、どうしよ〜ってなったから……今働いてるワケ」


 異世界に転移する原因となった事故の穴埋めをするために帰ってきて働く——皮肉なことだが、委員会では珍しいことではない。


 むしろ切実にお金のために働くという者は少なくないはずだ。


 しかし確かに彩は委員会の人間としては平均的だ。逆に、委員会の人間はこれくらい、みんな何かしら陰を持つ。

 しかしありきたりと本人は流しているが、父親を亡くしたのはショックなはずだ。優香はただ頷いた。


 それじゃ、次はそっちの番よと彩が促す。


「私も……同じです。交通事故がきっかけで、両親を亡くしました」

「そっか……」


 彩は目を伏せる。

 彩の時もそうだったが、こういうときに委員会の人間はごめんなさいとも言わないし、同情も示さない。


 お互い様だし、お互い同情が面倒くさいとわかっている。


「私は近似世界——私たちよりちょっと進んだ科学技術で、超能力がある世界に飛ばされました。私はそこに——合計で80年ほどいました」

「80?!」


 思わず声が大きくなる彩。80年と言ったら老衰で死んでもおかしくないし、それはつまり異世界で暮らすことを選んだということだ。


 それならこちらの世界に戻ってきているのはおかしい。


「私は——世界を救うというのが下手くそだったんです。私はなぜか、一年をループしていました」


 ループする世界とは初めて聞く話だ。かなり珍しく、そして異質な異世界だったのだろう。


「ずっと同じ一年をループして、世界に囚われていて……死んでも終わりじゃなくて、ただ最初に戻るだけなんです」


 黙り込む彩に気にせず続ける優香。


「だから世界を救って——正解を見つけ出して帰るしかなかったんです。結局……確か89回目にループを抜け出して帰ってきました」


 優香は目を伏せる。ループの間、考える時間だけはたくさんあった。事故にあった時、瀕死の両親を見た。


 両親は亡くなっているだろうと察していたので、両親の死に関してはその80年間で克服したつもりだ。


 結局、80年も生きて性格がこの引っ込み思案から変わらずとは笑えるが。ふっと軽く鼻で自嘲する優香。


「帰ってきてからは勘が良くなったのと、未来が視えるようになったんです」


 と言って自分の目を指さす優香。目がうっすらと青く光っていた。


「未来が、視える?」

「と言っても、全能ってわけではありません。遠すぎるとダメとか、非生物相手はよくわからないとか、色々条件はあるんですが——とにかくそんな感じです。大雑把には『目の前の人間が誰から何をされる』がわかるくらいだと思っていただければ」


 さらに黙り込み、考える彩。


「——それってかなりヤバい能力なんじゃないの?」


 恐る恐る尋ねる。かなり異質で、強力な能力だ。


「だから……他の人には内緒です」


 そういう優香に、黙って頷く彩。今ここでも、口に出したらまずいような気がしてきた。


「まぁ——出身と能力に関してはそんなところです。一応、ご存知の通り念力サイコキネシス的なものも使えますが、こっちはありきたりですね」


 それに関してはむしろ下手くそだ。同じ念力者を集めたら最下層に位置するだろう。


「あ——こっちに帰ってからは妹と二人暮らしです」


 最後に彩が言っていたように、家族構成を付け足して、優香はグラスを一度置いた。


 流石の彩も、自分より重い出来事を持つ優香にかける気の効いた言葉は出てこない。


 そしてこの間は妹のために帰った優香を疑って申し訳ないと密かに思った。


「……あ、じゃあもしかして『サンドグラス砂時計』って何か絡んでるの?


 ちょっとした話題変更も兼ねて気づいたことを尋ねる。


「あぁ……えっと、こっちの世界に戻ってくるときに、その世界の人に砂時計をお土産としてもらったんです。この世界のと変わらない、普通の砂時計ですけど。私にとっては数少ない異世界との繋がりですね」

「なるほどねぇ……」


 そこで彩もグラスを置く。


「案外、似た者同士だったのね、私たち」


 彩はつぶやく。性格は真反対だが、親を亡くして、お金のために委員会で働いていると、共通点は多い。


「そ、そうですね……」


 優香も応えるが、お互い気の利いた言葉は出てこなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る