第31話:お嬢様

 お互いの身の上話が終わると、話題は二転三転、雑談に入った。


 新学期が始まってから教室でも仕事でも話す機会が増えたので優香も彩に慣れてきている。


 一緒に仕事をしていることもあって、陰キャだとしても気を遣わず話せるようになっていた。


 花音と若菜が来るまで、席を動かず追加の注文をする二人。


 待ち合わせの時間をずらして先に会うことにした二人だが、場所は変えていなかったのでそのまま話し続けた。


 花音は本来の待ち合わせの15分前きっかりに到着した。育ちの良さが出ている。


「あの、もしかして15分前って遅い方ですか……?」


 花音は先についていた優香たちを見て驚いていた。


「いやいや十分早いわよ。あたしたちは仕事の件でちょっとだけ先に来てたの」


 彩が手をひらひらと振って答える。


「わ……お仕事! かっこいいです……!」


 目をキラキラと輝かせる花音に『何が?』と目線で訴える彩。


「どーせ若菜来るまで時間あるだろうし、何か頼んだら?」

「あっ、そうですね……。えっと、じゃあこのアイスティーを頼みたいと思います」


 その注文を頼むにはどうすればいいかと悩む花音を見かねて、彩が店員を呼んで注文する。


 テキパキとする姿勢がクラスにウケてるんだなと優香は感心した。


「あんたも良いとこのお嬢様よね〜。ほら、あんまキョロキョロしない」

「す、すみません……」


 今の花音の様子は絵に描いたお嬢様だ。


 店員が持ってきたアイスティーを飲む姿は非常に上品だが、彩の指摘通りどこか落ち着きがない。


「ひょっとして花音って、こういう店に来たことない筋金入りのお嬢様だったりする?」

「は、はい……実はパパ——あ、お父様がちょっとその……最近気づいたのですが、どうも過保護な感じがして……」


 もっと早く気づいても良かったんじゃないかと優香は思った。


「まぁ、あの水城のご令嬢だもんね」


 MIZUSHIROグループと言ったら日本の五大企業の一つだ。家電に特に強く、世界でも競争力を発揮している。


 子会社を含め、五大企業は日本のGDPの六割を占めるという言説もあるくらいだ。


 正直、その一角を占める社長の娘と毎日会話しているなんて、改めて考えると信じられない優香である。


「実はこの間のカラオケはお父様を説得して頑張って行ったのですが、あの一件がありまして……」


 あの一件というと、花音が異世界に迷い込み、優香と彩で引き戻した事件だ。あそこからこの関係性は始まった。


「よく今日は来れたわね」


 あんな一件があればもっと過保護になってもおかしくない。


「お母様に、お二人と一緒ならむしろ安心じゃないかと後押ししていただきました」


 体よく言ってしまえばボディーガードというわけか。


「ははー、なるほどねぇ」


 彩が納得したような返事をする。それ自体はいいが、優香は別のところに引っかかった。


「そ、そういえば……別に良いんですけど、なんでライブに合わせて服を買いにきたんですか……?」


 そもそもは優香が貰ったチケットのライブに行くという話だったが、その話が出てから服を買いに行きたいと繋がった。


 別に一緒にショッピングするのはいいが、ライブの話がなかったら出てこなかったイベントでもありそうだ。


「あの、実は恥ずかしながら、今着ているこの服が最もカジュアルなもので……家事手伝いの方にもっとラフな私服を持っててもいいんじゃないかと言われてたのが気になってたんです……」


 少し恥ずかしそうに言う花音。


 そんな花音の服装はと言い張るにはお嬢様ここに極まると言う様子の、そう——


「なんていうか……気合い入れてるのかと思ってたわ」

「むしろ逆に、家事手伝いの人にラフに見えるようにしてもらったくらいなんです……」


 世の中にはお嬢様コーデと呼ばれるファッションもあるが、花音の場合はお嬢様コーデではない。


 お嬢様だ。


 優香も優香で、彩のようなモテる女子と一緒にいて恥ずかしくないように妹にコーデを見てもらったので人のことは言えないが。


「じゃあ今日は可愛くしてあげるわよ」

「は、はい! よろしくお願いします……!」


 花音が意気込んで返事をする。


 そんなことを話していると、ようやく若菜も到着した。


「わーちゃん参上」

「遅いわよ」


 若菜は待ち合わせの三分後に現れた。事前に遅れそうと連絡があった割には早かったが、遅れたのは間違いない。

 若菜もドリンクを頼み、適当に談笑してから移動を開始した。女子が集まれば話は途絶えない。


 やがて着いたのは大型ショッピングモールだった。おしゃれなカフェやアパレルが立ち並ぶ女性に人気の店が多く入っている。


「さて——どこから行こうかしら」


 彩が案内図を見ながらつぶやく。


「誰か行きたいお店はあったりする?」

「わーちゃんは後でいいからここ行きたい」


 そうして指差したのはスマホのアクセサリーショップだった。


「本日の趣旨と違う提案をどうもありがとう」

「私はどこでも……」


 優香としては特に希望はない。頻繁に服を買わないタイプだ。


 なんなら今春の服はもう買ったので、あまり買い足すつもりもなかった。どちらかというと今日は付き合いで来ている。


「あ、私、ここはわかりますよ!」


 花音が意気揚々と指す店は、優香でも名前を知っているほどの有名ブランドだった。


「ここって確か最低でも五桁とかじゃなかったっけ? 優香、買える?」

「買えますけど、買うつもりはないですよ……」


 彩が冗談めかして優香に振る。その横で若菜が「買えるんだ……」と驚いていた。


「行きたいならいいけど、今までそういうお店で買ってたからお嬢様なんじゃないの?」

「そ、そうですね……」


 結局、特に目的もなく目についたところに入ろうと決まった。


 今日は長くなりそうだな、と優香は思いつつ、今日は難しいこともなく過ごせるだろうな、とも思った。


 長くなりそうという予想は当たったが、何事もなく過ごせると言う予想は外れることになる。

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