第29話:優香のこと
次の週の土曜日。優香は朝から待ち合わせのカフェへ向かっていた。
緊張で心臓が爆発しそうな中で待つ。なんだかんだ、彩たちとオフで遊ぶのは初めてのことだ。
彩からは他の二人より先にちょっとだけ会えないかと言われているので、少し早めの約束をしてある。
そしてその約束の30分前に優香は到着していた。
優香は「今日は相手の期待に応えて相手を楽しませることができるでしょうか……」と無駄に緊張するタイプだ。
会えばその後は流れでうまく話せるだろうが、その前まではずっと緊張している。
だから少しでも不安要素は潰すに限る。この場合は遅刻という不安を潰していた。
手持ち無沙汰なので、スマホでニュースを適当に眺め見る。活字を読むのは好きだが、本を読む気分にはならない。
ニュースは最近世間を騒がせている闇バイトやその次世代型犯罪に触れていた。
異世界に関連する事象が現れてから、世界は不況や災害などに揺れていたが、その波はついに犯罪にまで及んできた。
異世界からは災害が降ってくるばかりだ。
そしてそうした災害は破壊を生み、経済被害を生む。経済被害は貧困を生み、それがやがて犯罪に生ずるに至る。日本はこれでもマシな方だった。
『増える帰還者がらみの犯罪。警察と異対会の対応に市民から疑問の声』
『登録済みの帰還者より未登録の闇帰還者の方が多いと国立大の教授。登録率を上げるために求められる対策は?』
『事件の影には異世界からの帰還者が?! 増える銃の密輸入に迫る』
少し前は帰還者がその能力を持って直接犯罪をすることが騒がれていたが、今のトレンドは能力による密輸入からの一般人による犯罪が注目されている。
収納魔法だとか、隠蔽魔法だとかで密輸入が増えているらしい。
異世界から帰還した人間はてっきり世界を救った英雄しかいないと思っていたが、実は別パターンで帰還した人間もいるのかもしれない。例えば魔物側について世界を征服して帰ってきた、とか。
そういう人間は異世界対策委員会や、海外のそれに相当する組織に登録しないだろう。
だから、そういった犯罪に関わるのはいわゆる闇帰還者だとか、無届け帰還者とか、そういう類の人間だと優香は思っている。
暗いニュースばかり見ていてもしょうがないので、他のニュースも見る。
和む動物ニュースを見る傍、Cobotがどうと書かれていた記事も見つけた。来週に迫るライブについての記事だった。
最近、ライブに向けてCobotの曲を意識して聴いているが、若いユニットが若い世代を対象に曲を作っているだけあって優香にもすんなり聴ける曲が多かった。Cobotのライブが開催前から盛り上がっているのも当然と言える。
Cobotの曲でも聞こうかと、スマホから目を離すと駅からやってくる彩の姿が見えた。
「あ、優香お待たせー。これでも早く来たつもりだったけど、待った?」
「あ、おはようございます……。いえ、全然大丈夫です」
時間を見ると彩との待ち合わせの15分前だった。確かに彩も十分早い。
「せっかくだから、消え去った二人きりのデートをちょっとだけでもってね。とりあえず何か飲みましょ」
そう冗談を言いながらチェーン店のカフェに入る。
カフェと言ってもお互い甘いものが好きなので、コーヒではない冷たくて甘いビバレッジを頼む。
「いやー、最近忙しかったからどうかなーって思って」
二人用のテーブル席に座った彩はそう切り出した。
スノードロップの救援、Cobotのアリサに出会った一件から少し経つが、その間に多くの仕事があり、幾らかは彩に手伝ってもらった。
「おかげさまで——本当に優香のおかげで——私もスノードロップに復帰したし、ここ一週間は仕事もなかったし、最近どうかなーって」
そう。彩はスノードロップと——より正確にいうならリーダーであるくるみとよりを戻し、チームに戻った。
元々スノードロップ2というコールサインも空けてあったので、くるみも本気で彩と別れるつもりもなかったのかもしれない。
そんなわけで彩も彩で忙しかったようだ。
別にスノードロップとして活動するなら無理に付き合う必要もないと優香は言ったのだが——
『スノードロップとしても活動するけど、サンドグラスの方を手伝えるならそっちも手伝うから』
とチームに宣言したようだった。それで掛け持ちのような状態になっている。
「と言っても、知ってる通りですよ。……何かありましたっけ?」
特段報告するようなことはない。異世界に潜って、人を救う。もしくは異世界から流れてきた怪物を倒す。これが基本の仕事だ。
優香の場合は特に、誰かが失敗した後始末をすることがほとんどだ。だからといって特別話すようなことはないはずだ。
「いやーまぁ、最近忙しかったし、一緒に組むことも多かったし、仕事中はなかなか聞くタイミングなかったから……」
と言い訳がましく言う彩だが、意を決したようだった。
「その——優香のこと、もっと知りたいな、って」
「……え?」
もじもじとしながら伝えられた言葉に優香はぽかんとする。
「あー! 待って、今のナシ。間違えた。言葉を間違えた」
顔を赤くし手を大げさに振って訂正しようとする。
「つまりね、その——優香の能力のこととか、前いた世界とか、そういうことを聞いておきたいな、って」
「あぁ……そういう意味ですね」
優香が今まで『勘が良い』としか言ってなかった能力のこと、もっと深く言うならその能力を得るに至った経緯——過ごした異世界のことなどを知りたいのだろう。
こういうのは普通は聞かないのがマナーだが、信頼し合う仲間なら伝えるのも信頼の証だ。
「いいですよ……そうですね、どこからお話ししましょうか」
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