第38話:カノープス③
一度、委員会の建物に寄って荷物を取る。と言っても彩が使う武器は杖だけなので優香より準備に時間がかからない。
優香のところへ顔を出すと、ちょうど優香も荷物を用意し終わっていた。
「なんか、多い上にデカくない?」
いつものバックパックに、ガンケース。
ここまではいつも通りだが、それに加えてとても大きなガンケース、それにまた別の肩掛けのバッグ。
海外旅行でもここまで大きくはならない。
「これくらい必要になりそうなので……」
「ちょっと、持ったげるわよ」
彩がそう言ってガンケースを持とうとしたところ。
「いえ……彩さん、ライセンスないですよね?」
「なんのよ」
「銃器取扱のです」
ピクっと彩が止まる。
「あー……真希にも似たようなこと言われたわね」
委員会の人間といえども、銃を取り扱うのには公安の許可がいる。弾薬も同じだ。
誰にも見えないからと油断するとすぐさま炎上する。コンプライアンス講習でも口を酸っぱくしてライセンスを持ってない人間が持つな・持たせるなと言われている。
「お気持ちだけ受け取っておきます……」
そう言ってヨタヨタと歩く優香。せめて倒れた時は支えてやろうと彩は後ろにつくことにした。
とは言ってもエレベーターにたどり着くまで苦労するだけで、あとは屋上に登ればヘリが待機してる。
「にしてもヘリとはね」
「彩ちゃんは初めて?」
ヘリのメインローターが出す音の中、ヘッドセット越しに橋本が応える。
「初めてですね。乗る機会はないと思ってました」
委員会には自衛隊からお下がりの装備がいくつかある。ヘリもそのうちの一つだ。
主に大都市に集中している帰還者を、人手が足りない地方へ送るために使われたりする。
そう言った遠征に行くチームは実力があり、尚且つ時間もある大学生以上のチームだと思っていた。彩としては意外な経験だ。
「目的地まで一時間くらいだ。快適な空の旅をお楽しみください、お嬢様方」
パイロットがそう茶化す。目的地には、確かに一時間で着いた。
*****
そこは山の麓で、森だった。警察や自衛隊があたりを封鎖している。
現地にはシリウスやカノープスの担当官が待っているはずだが、彩には最初、誰がその担当官かわからなかった。
優香が話しかけたから分かったが、その男性はかなりゴツい肉体をしており自衛隊か警察の関係者だと勘違いしていた。
スーツを着ても隠しきれない筋肉は、まるで筋肉こそ世界を救うと言わんばかりだ。
「田島さん……お、お疲れ様です」
「お、おう。優香ちゃん、来てくれてありがとうな」
やはり優香とは既知の間柄らしいが、橋本と比べるとお互い少しのよそよそしさがあった。筋肉が緊張している。
田島といえば聞き覚えがある——と思ったら、この間の銀行強盗の時に彩に電話をかけてきた担当官だ。
数度のやり取りをして、二人は異世界に通ずるゲートに入った。
ゲートをくぐる感覚はいつも慣れない。
くぐってから異世界に出るのは一瞬だが、出るときには妙に平衡感覚が狂う感覚がある。
帰還者でも遭難者でもない一般人がゲートを潜ると酷い転移酔いを起こす。
これが自衛隊や軍隊を異世界に送れず、帰還者を雇って派遣している理由だ。
「さて、どうしますか、リーダーさま」
彩が尋ねると、優香はまず持ってきた荷物を一度下ろしてからあたりを見渡す。
「なんか——紙飛行機の上位版みたいな機械がそこら辺に転がってないですか?」
「何よ紙飛行機の上位版みたいな機械って——あったわ」
あたりを見回すと機械でできた紙飛行機——というよりは飛行機の模型のようなものが転がっていた。それも2個。
「なにこれ?」
「カノープスとシリウスが使う、固定翼型のドローンです」
「はぁ……それで、なにこれ?」
優香はそれらを摘むと、胴体部分を開いて何かを探す。片方から折り畳まれた紙が出てきた。
「この子の役割は二つあって、空中で旋回して電波の中継機になるか、こんな感じでゲートのビーコンに向かって飛んで応援要請を出すんです」
応援要請そのものはゲート付近に設置するビーコンにアクセスすれば出せるが、逆に言えばビーコンにアクセスできなければ出せない。
セオリーとしてビーコンはゲート近くの高いところにくくりつける。
それが木の上なら地平線まで15kmはあるが、障害物による減衰やらなんやらで、結局3kmくらいまで近づかないとうまく通信できない。
このドローンはそれより離れた距離からでも応援を呼べるので重宝されている。
「便利ね〜。トップチームになるとこんなのが支給されるんだ。羨ましいわ」
「いえ……できるだけ安い市販品を改造して自作してるみたいです。確か、シリウス4が作ってたと思います」
「……どこも予算には困ってるのね……これ、便利なんだから上で予算組んでくれたらいいのに」
「それはそう思います」
優香のようなソロだと持ち運びに苦労するので使うかは微妙だが、とにかくチームなら持っていても損はない装備だ。
「で、その中からは予算不足にあえいだ末の手紙が出てくるわけだ」
「どちらかというと、デジタルが信頼できない理由の方が大きいみたいですが……」
ドローンの胴体から出てきた手紙には、次に来るチームへの伝言が書き込まれている。
丸っこい女性の字だ。カノープスのものだろう。
「……なるほど」
「なんて書いてあるの?」
優香は彩に手紙を渡す。起きた出来事が箇条書きされており、最後には『←イマココ!』と書き込まれている。
「たぶん。カノープス2が書いたんだと思いますけど……要約すると——」
先に来たシリウスが遭難者の足取りを追ったらスマホを残してどこかに消えていて、かつ何かしらの理由で身動きが取れなくなった。
カノープスに応援が頼まれたので、候補地に向かったがそこでカノープスも身動きが取れなくなった。←イマココ!
「って感じですね」
「えぇ……どうすんの? 先にシリウスの方に向かう? あ、でも呼んだカノープスに追跡を頼むくらいには余裕ありそうだし、カノープスの方から?」
「うーん……」
優香は悩んだ表情で、遠くを見渡す。目が青く光っていた。
「気は進みませんが、別れましょう」
「……?」
「二手に別れましょう。私はシリウスの方に向かいます。彩さんはカノープスの方に」
「……マジで言ってる? すでに2チームが足止めくらうような世界に、それぞれ一人で歩くっていうの?」
未来が見えるらしい優香は一人でも大丈夫かもしれない。ただ彩にはそんな力はない。
彩がいくらかつて世界を救ったと言っても、それは彩一人の力ではなく仲間がいてのものだ。この世界に帰ってきてからの活動もそうだ。
「大丈夫です。彩さんが死ぬような未来も見えません」
「あんたねぇ……はぁ、まぁ分かったわよ。とは言っても、何かできるとは思えないけど」
優香の無茶は今に始まったことじゃない。それに、別れて行動して、片方を任せると言われると一つの信頼の証なのかもしれない。
「いえ、行ってくれるだけでありがたいです。一人じゃどうしようもないことですし……別れるという選択肢も、彩さんがいてこそです」
「ま、そう言われると少しは慰めになるわね」
これを、と優香は手紙を彩に渡す。
先ほどの手紙だが、裏側には目的地へ移動する際の目印が描いてあった。地図代わりにはなるだろう。
「それとこれも、申し訳ないですけどお願いします」
と言って今度は肩から下げていたバッグを渡す。
肩に下げてみると、確かに重かった。
「これ、さっきの私が持つとまずいライセンスがどうのこうののやつじゃなかったっけ?」
彩がそう尋ねると、優香はいたずら心を交えた少し低い声で応える。
「弾薬が入っていますが——知っていますか彩さん、異世界対策法が記すところ『異世界では可能な限りその国の法律を遵守することとし、日本国憲法を守ることを努力義務とする』んです」
「あぁ……それ聞いたことがあるわ……」
彩が若干遠い目をする。つまり、できるだけ法律を守る必要があるが守らなくても良いということだ。
思えば真希も同じようなことを言っていた。
科学が主軸となる異世界の出身者は、法律の穴を掻い潜ることが趣味になるのかもしれない。
「あぁ、それとお伝えしておくことがありました。あのですね——」
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