第37話:カノープス②

「こほっ、え、えぇ?!」


 花音が喉に何かを詰まらせてむせた。


 珍しい光景だと思っていたら委員会支給の端末が優香の鞄の中で震える。


「あ、失礼します」

「ちょっと! このタイミングはずるいんじゃない?!」


 彩が抗議の声を出すが、流石に仕事の電話が優先だ。


 廊下に出て電話をとると、案の定急ぎの電話だった。席に戻って報告する。


「すみませんが、仕事が入りました」

「また? あんた、ここのところげき忙しじゃない?」


 平均ペースで言うなら優香は週に一度以上、何かしら仕事をしている。ただのバイトならともかく、命をかける仕事だ。


「まぁ直近のはともかく……撃忙しですね。彩さん、あの——来ていただけると嬉しいのですけど」

「ん。もち、ついていくわ」


 最近、彩が一緒に仕事することは多い。スノードロップに復帰したと言っても、スノードロップはそもそも仕事を多く受け持っていない。


 彩としても優香に着いていくと給料が増えて嬉しい。


「すぐに迎えが来るみたいなので、急ぎましょう」


 何をと言うと、朝食をだ。と言っても昼食はいつも軽めにしているのでそこまで時間に急かされるわけでもない。


 花音と若菜にあとを頼み、校門で橋本の車を待つ。


「ねぇ……さっきの話なんだけど。あんた、ほんとにカノープス所属だったの?」

「まぁ……そうですね。前の話です。コールサインはカノープス4でした」


 そういえば、と彩は思い出す。スノードロップ3こと真希が「優香とカノープスは何か関わりがある」と言っていた。忙しくて忘れていたが、ここに繋がってくるとは。


「なんでまた、今はソロなのよ」

「えっと、それは」


 話しかけたところで、目の前に橋本が運転する委員会の車が停まった。二人は素早く後部座席に乗り込む。


「ここで話すのも——苦い話なので、直接聞いてください」

「直接って誰に?」

「カノープスにです」

「面識ないのに聞けるわけないじゃない」

「言い忘れてましたが、これから行くのはカノープスの現場です」

「……は?」


 その会話を聞いていた橋本が噴き出すように笑い出した。


「ぷはっ、優香ちゃん、まさかあの話してるの? やっぱり気にしてるんだ」

「そりゃまぁ……色々な人に迷惑かけましたし」

「確かにま、あの件がなかったら私も優香ちゃんのお抱え運転士にはなってないわけだしね。でも気にしなくていいと思うわよ」


 彩には一才話が見えてこないが、優香も気まずそうにしている上、それ以上会話がなかったので追求することもできなかった。


 カノープスに聞けとも言ってたので、余裕があれば聞くことにして、それ以上に大切なことを聞く。


「それで、これから行く現場って?」


 それに答えたのは優香ではなく橋本だった。


「シリウスが捜索救助に向かった異世界で詰まったから、カノープスが後援で行ったんだけどそれも詰まったみたい。ちょうどこの間のスノードロップとサマーデライトに似た感じね」


 それを言われると、彩も少し前までチームメイトと不和だったことを思い出すので気まずくなる。ただ、それも一瞬だ。


「それってかなりやばい状況ってことですか?」


 カノープスはメディア露出も多ければ、女性チームなので華があり世間でも人気だ。


 しかしシリウスも引けを取らない。こちらもカノープスと同じく世間の認知度も高い男性チームだ。


 シリウスとカノープス。それぞれ星を冠する名前で、同じ担当官のチームだ。どちらも実力は折り紙つき。


 そのチームがそれぞれ救援を要求してるとなるとかなりの激戦となんじゃないかと彩は思ったが、優香の返答は違った。


「うーん……どうなんでしょう。シリウスもカノープスも、救援の要請自体は早いので……大変なことが起こる前に要求されがちな印象です」

「あー。確かにすごい逼迫してそうな感じってわけじゃなかったわね」と橋本。

「そ、そうなんですか」


 しかし、どちらのチームのリーダーも階級はプラチナ。上から二番目だが、一番上がお飾り称号のダイヤモンドであることを踏まえると実質的には現場の最上位だ。


 その強いチームの救援に、実質的に最下位の彩が向かって意味があるのかと考える。


『その——来ていただけると嬉しいのですけど』


 優香が昼食時に言っていた言葉が自然と脳裏をよぎる。頼りにされるのは悪くない。特に、優香から頼りにされるのは。


 ネガティブなことを考えるのはよそう。


 ぱっと見、頼りにならなさそうな優香の横顔を見て一人ニヤニヤする彩だった。

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