第36話:カノープス

 結局、次の日は1日が潰れた優香だった。警察署に行き、委員会に行き、帰ってからは疲れて寝てた。


 テレビでは「謎の委員会の少女が強盗を鎮圧する」という話題で持ちきりで、コメンテーターがしたり顔で何かを言っていた。


 SNSなんかでも「強盗さん、うっかり超能力者がいる銀行に強盗に入ってしまう」とか書かれていた。


 討論番組や、もしくはSNSの討論したい人たちはもっと委員会に権力を持たせるべきではと議論が燃えていた。


 騒ぐのは勝手だが、当事者としては面倒なことこの上ない。


 こういう時に身バレすると取材やらなんやらで確実に面倒なことになる。


 異世界から帰ってきて、正義の味方としてチヤホヤされたいという人にはこういう現実が待ち受けている。改めて周知したい。


 幸いにして、委員会の少女という以上の情報は出回って無かったのは不幸中の幸いか。テレビに出ていた動画も、遠目からシャッター越しに暴れている様子が映っていただけなので特定には繋がらなかったようだ。


 それら世間からのめんどくささを除いたとしても、統治国家日本においては悪党を懲らしめる正義のヒーローにも正当防衛の証明が必要になる。


 面倒な事情聴取に加えて、委員会でも面談という名の事情聴取が行われた。


 精神的に疲れた結果、午後のほとんどを寝て過ごした。


 せめて何か良いことがないとと思い、夜はお高い寿司を出前で頼んだ。妹が「何か良いことあったの?」と遊びに来ていた従兄弟と共にパクパク食べていた。


*****


「という感じで昨日は寿司を食べました」

「何か良いことあったの?」


 気分が冴えなかったので少し遅めに学校に来ると、先に来ていた若菜に話しかけられたので上記のようなことを話していた。


「大変でしたね……」

「お互いに……お疲れ様でした」


 横にいた花音と小声でやりとりする。花音も大体同じような感じだったらしい。警察に呼ばれたところと、美味しいものを食べに行ったところが。


 そして彩はというと興奮したクラスメイトに囲まれていた。


「あの女の子って彩の知り合いなの?!」

「彩でも強盗軽くひねれるっしょ?」

「あれってもしかして彩ちゃんだったりするの?!」


 男女を問わない黄色い声に囲まれる彩は苦笑いで対応している。


「知り合いだけど、大した知り合いじゃないわよ」


 チラリと優香を見る彩。お前もなんか言えと言わんばかりの視線だったが、大した知り合いじゃないらしい優香は目を逸らすことにした。


 注目を浴びないで済むならそれに越したことはない。


 幸いにして花音と若菜が周りにいるので、他に友達がいるわけでもない優香に話しかけようとするクラスメイトはいなかった。


「……あれ?」


 視線を逸らした先の廊下に、見慣れた顔を見つける。というか目が合う。


 学校での数少ない知り合いだが、クラスどころか学年が違うし、教室の位置としても偶然通りかかるわけでもない。


 ちょっと失礼しますと席を離れて廊下に出る。


咲希さき先輩、どうしました?」


 身長が高いわけでもない優香より低い身長に、根暗というわけでもないのに優香より無愛想な表情の先輩だったが、特に臆することはない。


「別に。通りがかったから様子を見に来ただけ」

「そ、そうですか……」


 無愛想な表情に違わず、ぶっきらぼうな返事をする咲希。


「大変だったでしょ。お疲れ」

「いえ、先輩も、お疲れ様です」


 咲希は特別、委員会の活動を隠していないし、何よりテレビにも出ている。咲希のコールサインはカノープス3。


 カノープスと言えば、花音が大好きな『異世界対策24時』のレギュラーといって差し支えないチームだ。


 彩と同じようにクラスで囲まれててもおかしくはない。


「そんなに大変じゃない。わかるでしょ」

「あ、あはは……」


 その怖そうな性格ゆえに、方向性は違うが優香と同じく友達は少ないらしい。如何にネットが盛り上がってもクラスで話しかけてくる人は少なかったようだ。


「まぁ私、用事あるから。移動ついでにほんとにちょっと寄っただけ。またね」


 そういうとカバンからチラリと委員会支給の携帯端末を見せてくる咲希。


 学校に来た後に委員会から呼び出しがあったようだ。高校三年生の咲希に仕事を降るのも酷だが、委員会の人手不足も今に始まったことじゃない。


「お疲れ様です」


 じゃ、と軽く声をかけて去っていく咲希。


 優香も自分の席に戻った。


「今の、カノープスの咲希先輩ですよね?! お知り合いだったんですか?!」


 興奮しながら小声で尋ねてくる花音。単純に有名なのか、ファンだから知っているのか判断に困るところだ。


「え、えぇ、まぁそうですね。たまたま知り合いなだけです」


*****


「たまたま知り合いなわけないでしょ」


 お昼休みに入り、同じ教室にいながらもようやく今日初めて四人揃った昼食での彩の第一声がそれだった。


「ずっと言いたかったのよ……! 何であいつら、私に優香の交友関係なんて聞いてくるのよ……! 知らないわよ……!」


 ものすごく小さな声で恨めしげに呟く彩。休み時間もずっと質問攻めにされていた鬱憤が溜まっている。流石に昼食時には解放してくれたらしい。


 優香に誰も話しかけられないから、あのカノープスの咲希先輩と優香ってどういう関係なの?! 彩も知り合いなの? と聞かれていたらしい。当事者でない彩ですらこの有様なので、ほんとに身バレしていたらどうなるか。


「えっと……たまたまじゃないんですか?」


 その様子を見て苦笑いしながら花音が尋ねてくる。なんと説明したら良いか悩んでいると、先に彩が話し出す。周りを気にしながら小声で喋る。


「委員会で何度か見たことあるけど、咲希先輩って、正直あの性格でしょ? んで優香もこの性格でしょ? たまたま同じ学校だからって仲良くなるなら、あたしはもっとマブよ」

「言えてるー」


 若菜が卵焼きを箸でつまみながら笑う。ひどい言われようだが、優香としても反論のしようがない。


「あぁ……うーん、なんというか……」


 優香としては別に隠すつもりもないが、積極的に話したいほどの話題でもない。


 この三人は秘密を秘密のままにしてくれるだろうから、別に話してもいいが……。ここで隠すのも変だな、と思ったのでそのまま話すことにする。


「私、実は前にカノープスに所属していたんです」

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