第35話:優香の能力
何食わぬ顔でドアを開けて、何か注目を浴びるより先に花瓶を窓際にいるカタギの男へ投げつける。
ただ投げるだけではなく、超能力によるサイコキネシスも併用しての投擲だ。
人間の力ではあり得ない速度で花瓶は飛び、男の胸へとぶつかった。
割れることもなく胸にめり込み、男は文字通り吹っ飛んでシャッターに体を強くぶつける。何か声を出す間もなかった。
当たる確信を持って投げていた優香は、その結果を見ずに次の行動へ至るべく走っていた。
半グレの男たちがそれらの異常に気づく頃には優香はカウンターを飛び越えていた。
「は?」
カウンターに近いところにいた男はそれしか言えず、優香に喉を掴まれ走ってきた勢いのまま床に叩きつけられた。
「へぶっ」
間抜けな声しか出せない男に馬乗りになる優香。右膝で男の肩を押さえ、そこに見えない力を加える。
「あっガァァァァっ……!!」
ゴキッとした音が骨を通して聞こえたかと思うと男は絶叫した。
運が良ければ関節が外れただけ、悪ければ骨にヒビが入っただろう。
もう一人、最後に残った男が叫んだ。
「て、てめぇ! 何してやがる!」
男は銀行員を脅すのに使っていた拳銃を優香に向けて撃つ。
構えも何もかも未熟だが、距離は5メートルもない。
優香は撃たれる前から結果がわかっていた。一発目は胸に当たる。二発目は外れる。三発目は腕に当たる。
だから優香は、馬乗りになったまま体を横に逸らして避けた。偶然でも、運でもなく、避けた。
弾は優香に当たらず、地面を削った。
「は……? お前……なんだよ!」
男は混乱したようにさらに撃つ。四発目は外れる。五発目は足に当たる。六発目は手に当たる。
また同じように避ける。優香の瞳が青色に強く光る。
彩には説明が面倒なので言わなかったが、優香の能力は未来が視えるだけではない。それを変えることも合わせて一つの能力だ。
未来とは因果関係の一つの結果だ。始まり、過程、理由、結果。これらが合わさって何かが起きたという事実が発生する。
男が銃を撃ち、優香に照準が合っていることで、弾丸は優香に当たる。それが本来の結果だ。
優香はそれを捻じ曲げる。無制限で捻じ曲げれるわけではない。未来を変えるのにも難易度がある。
優香に合っている照準をずらすのは他人の行動を変えることなので、難易度が非常に高い。
飛んでくる弾丸の軌道を変えるのはもっと難しい。
だから優香は自分の体をずらした。体をずらすという過程を生むことで、斜線上から逃れ、弾丸が外れるという未来を得るのは簡単になる。
優香は体を逸らしたから弾丸を避けたという未来を得た。
優香はそのまま、無表情に男に銃を向ける。
トイレで奪った、旧式で手入れがされているか怪しい、一発だけの拳銃。
引き金を引くと弾丸は吸い込まれるように男の拳銃を跳ばした。
拳銃を狙って撃ったから、弾丸は拳銃に当たった。そういう因果に捻じ曲げた。
飛びかかって殴ろうとしたところ、新しく別の因果関係が生まれたのが視えたためやめた。
「い、意味わかんねぇ、なんなんだよ、このガキ——へぶぁ!」
「こ、この! 大人しくしろ!」
銃を持っていた男は、今まで銃を突きつけていた銀行員の男に背中から抑えられる。
全ての失敗を悟った男からの抵抗らしい抵抗はない。あまりの出来事に、魂が抜けたかのようにされるがままだ。
これでおそらく、全てが終わった。誰かが誰かを傷つけるという因果関係もこれで視えなくなった。
優香は足元の男の砕けた肩を抑えながら周りを見る。
花瓶によってシャッターに激突した男は、鼻血を出しながらへなへなと両手をあげて降参の意を示していた。
シャッター越しに見ていたであろう警察が、突入しようと無理やりシャッターをこじ開けようとしている。
「はぁ……」
優香は足元から響く男の悲鳴を聞き流し、ため息をついた。
数多の対人戦を潜り抜けて世界を救った英雄が、無能力者程度に負けるわけがない。
ただ、今日は疲れたし、この後のことを考えるだけで疲れる。優香にとっては銀行強盗そのものより、前後の出来事の方がよっぽど疲れることだった。
やがて警察が入ってきて引き渡す。足元の男が動かないように適度に抑えてたつもりだったが、痛すぎて失禁してしまったらしい。流石に申し訳ないことをしたと思った。
「おい、嬢ちゃん、大丈夫か」
気づいたら目の前に顔見知りの刑事がいた。強面のおじさん刑事だ。
今まで何度か顔を合わせたことがある。優香のような
声をかけられるまで気づかないとは、少しぼーっとしていたようだ。
「えぇ……すみません」
そう言って立ち上がると、今度は背中から衝撃が来た。
「優香さん!」
花音が背中に抱きついてくる。
「よかったです……! 撃たれて、姿が見えないので、ずっと心配で……!」
花音は床に座らせられていたし、優香はカウンターの向こう側にいてしゃがんでいたので、ちょうど何も見えなかったらしい。
花音からしてみれば銃撃されて姿を見せない優香のことが心配だった。
「心配かけてすみません。……それと、怖がらせてしまって」
優香は背中から回された花音の手をそっと撫でる。
ぎゅっと力を込めて優香のことを抱きしめてから、花音は離してくれた。
「いえ……今回は怖くなかったですよ。前と比べて、ですけど」
前回は帰ってくるなり泣いた。今回は心配すれども今はもう笑顔を見せてくれている。トラウマになってないようで安心した。
「あー……まぁ嬢ちゃんがいて助かったよ」
気まずそうに刑事が言う。
「あはは……気を利かせてくれるなら、今日は早めに帰らせてくれるとありがたい、です……」
「おう、まぁ聞きたいことはたくさんあるけど、身元ははっきりしてるし、嬢ちゃんとは仲良くやりたいしな。裏口から目立たず出れるように準備してるからもうちょっと待ってな」
そう言い残すと刑事はどこかへ行った。
とにかく事件はひと段落だ。
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