第14話:優香。友達。事情。
優香が彩たちと昼食を共にするようになってから数日後。
彩は昼食を摂りながら
水城グループは家電を中心に成り上がった企業だ。創業50年を超えていながら最近ではベンチャー企業を積極的に吸収したりしているので、歴史がありつつも新しい事業も展開している。
いくら社長のご令嬢だからといって数ある製品群の中の一つに対する質問に答えられるものかと優香は疑問に思ったが、花音は特に詰まることもなく他社製品と自社製品の傾向、長所と短所をつらつらと上げていく。
平たく言うとMIZUSHIROの洗濯機は家族構成が4人を超えるなら各価格帯で最強なのでぜひ。3人以下の場合は他社と比べてコストパフォーマンスに劣ってしまうので子会社が展開している廉価ブランドのものをぜひご検討くださいとのこと。
聞く方も聞く方だが、答える方も答える方だ。
その話を片耳にもそもそと菓子パンを食べていた優香は突然ビクッと体を跳ね上げた。
花音は少し驚いた表情で優香を見る。彩はどこか身に覚えがあるような目を、若菜は面白そうな生き物を見る目をしていた。
「ちょ、ちょっと失礼します……」
そう言いながら廊下へ出て行った優香を眺める三人。
「何かあったんでしょうか……?」
「仕事の連絡じゃない?」
廊下に出てすぐのところで通話をしているので、何を話しているかわからないが何かを話している声だけが聞こえる。「えー!」という声だけは一同聞き取れた。
廊下から戻ってくると、もそもそとパンを食べるのを再開しながら言った。
「すみません……仕事が入ったので午後から帰ります……」
優香はいつにも増して小声でそう言った。この間の一件以降、本人の望む方向とは真逆にクラスでの注目度が増している。どこで聞かれたかわかったものじゃない。
「大変ですね……授業もあるのに途中で呼び出しなんて」
「確かに……珍しいわね」
彩が頷く。人手不足の委員会とは言え、都心部はまだその時その時入れる人間で回せるギリギリの余裕があった。
だから、高校生を授業途中で抜け出させるような呼び出しは基本ない。彩は過去に一度しかそういった呼び出しの経験はな買った。
「あやちはそんなない。でもゆうかちは去年は何度かサボってた。あれも?」
「あー……たぶんそうですね。途中で帰ったのは全部それです」
交流はなかったが優香と彩、若菜は去年から同じクラスだ。若菜は途中で抜けるのを何度か目撃して覚えていたらしい。彩も委員会に所属してからは優香が抜けていく事情を察してはいた。
「実際、そんなに呼び出しがあるって委員会の中でもかなりすごいと思うけど」
「いえ……まぁ、便利に使われてるだけですよ……」
去年から何度か抜けることはあった。小心者なので毎回罪悪感を覚えながら抜け出していたし、ノートを借りれるような友達もいなかったので辛かった。
だから授業がある時は極力呼ばないでほしいと要望は出しているが、どうしてもと言う時はこうやって電話がかかってくる。
往々にして、優香に「どうしても」と頼む時はもう後がない時だ。誰かがどうしようもない危機的状況に陥ってる時に「どうしても」と頼んでくるので、諦めて呼び出しに応じるほかはない。
小心者がどうだとか言う以前に、人の生死がかかった場面では流石に授業よりも優先するものがある。優香も異世界を救ったことのある英雄なのだ。
「午後のノート、取っておきますね!」
笑顔で言う花音に優香は一瞬たじろいだあと「ありがとうございます」と声に出した。憂鬱な仕事の前に、友情のありがたみとその存在の嬉しみを噛み締める優香。
「あのさ、あたしの手伝い、いる?」
彩も同じように提案してくる。手伝い、と言えばこの場合はもちろん仕事について行こうか? と言う意味だろう。正直、その問いはあるかもと思っていた優香の心臓が跳ねる。
どう答えればいいか……どう応えるのが正解なのか。
たじろいだ様子の優香に彩は取り繕うように言う。
「あぁ、ごめんごめん! 困らせるつもりはなかったから。要らないなら全然いいし。あはは……」
慌てて手を振りながら言う彩。優香は覚悟を決めることにした。
「いえ、あの、そうですね……すみません、ちょっといいですか?」
優香は廊下に出るように促す。花音と若菜は訝しむような表情を見せるがいつもと違う雰囲気の優香に何も言わなかった。
彩はきょとんとした表情をしながらもついていく。
「あの……すみません。実はこの間、委員会に寄った時に彩さんの事情を聞いてしまいまして……」
「あ……あぁー……あー、ね」
その一言に苦笑いを浮かべる彩。珍しく返事の歯切れが悪い。
優香としても他人を詮索するようなので積極的に知りたかったわけではなかったが、彩の担当官が聞いてもないのに教えてきたからしょうがない。
「しょ、正直な話、その……私は別に、彩さんと一緒に仕事をするのは、い、いいですよ?」
「ほ、ほんと?」
どうしても上から目線のような感じになり、歯切れが悪いどころか口調がおかしくなる優香。それに対する彩の返答は語尾が上がっていた。
花音の一件の報告書を書く際、彩がチーム未所属と言うことがあって、一部の記載欄にどう書けばいいかわからないところがあった。
だから一件の次の日、委員会に言ってわかる人に聞こうと思った。土曜日であるその日に、実働課にいた担当官はちょうど彩の担当官だった。
その担当官と話すうち、そもそもなぜ彩と一緒に仕事をしたのかという話から同じ学校の同じクラスだと繋がる。そうすると聞いてもいないのにその担当官は彩の事情を話し始めた。
色々聞いてしまったが、まず彩がチームに未所属なのはある種不幸な出来事だった。今もまだ仕事をしたいと思っているが、その出来事の原因のせいでなかなか次のチームが決まらないらしい。
彩は金銭的な事情により仕事をしたいが、未所属には仕事を回せない。彩本人は表に出していなかったが、担当官曰く実はかなり困っているらしい。
優香は委員会の中でも特殊な立ち位置にいるので直接言われることはなかったが、可能なら彩の面倒を見てほしいと担当官は遠回しに言ってきた。
正直なところ、他人と関わること自体が怖い陰キャの優香はそこまで積極的に助けるつもりはなかった。
せいぜい「まぁ、本当に困ってるなら相談してくるだろうからそれまで黙っていよう」と言う程度だった。
ただ、ここ数日間の付き合いを経て今日に至り、気がつくと今に至っていた。これも何かの縁かもしれない。気がつけば、優香は彩に同行を誘っていた。
それに——授業を抜け出した後、誰かにお願いする度胸もない優香にノートを見せてくれたのは彩だった。何も聞かずに「これ、見る?」と差し出されたノートはそっけなさと裏腹に滲み出る優しさを感じた。
だから、その分の礼と礼儀は尽くすべきだろう。
「はい……まぁお互いお試しということで、どうでしょうか。もちろん、彩さんが良ければですが……」
「全然構わないわよ! むしろ嬉しいくらいだわ!」
彩は思わず優香の手を握ってぶんぶんと振る。突然の接触にドキドキする優香だったが、その表情は曇っていた。
「ただ……ですね……」
「ん……?」
ぶんぶんと揺れる腕が止まる。
「その……今回の依頼なんですが……救出対象の一部にスノードロップが含まれています」
「スノードロップが……」
今度は彩の顔が曇る。
スノードロップは彩が前に所属していたチームだ。彩にとっては喧嘩別れに近しいと聞いているから、その気まずさは計り知れない。
「あの……どうでしょう。今回は別に私だけでも……」
「いいわ。行くわよ」
彩はきっぱりと言った。
「そりゃ確かに気まずいけど……別に……あいつらが嫌いってわけじゃない……助けに行かないといけないなら……見捨てたくはない。少なくとも、気まずいから行きたくないとかは言えない」
彩は優香の手を力強く握る。
「ううん。一緒に仕事が云々じゃなくても、助けに行きたい。行かせて。お願い」
廊下で手を握り合う優香と彩の姿が珍しいのか、周囲からはなんだなんだと遠目から好奇の目で見られているが、そんなことは気にしていなかった。彩の目には覚悟の炎が灯っている。
「……わかりました。昼休みが終わるまでには迎えが来るので、準備しましょう」
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