第15話:彩の事情①

 学校に迎えにきた橋本の運転で一度、異世界対策委員会の本部に向かう。


 本当に急場の仕事なら橋本が装備一式を適当に持ってくるが、今回は異世界に向かうため準備に時間をかける必要がある。


 前回の花音の時は転移災害が起きてすぐだったためすぐ向かった。今回は今更一分一秒を争わなければいけないほど、直近で起きたわけではない。


 ガンロッカーからライフル自動小銃を取り出し、手早く用意する。普段は散弾銃を好んで使うが、愛着があっても拘りがあるわけではない。


 優香の未来視の能力は強力だが、なんでもわかるわけではない。異世界のことがわかるのは異世界に行ってからだ。この現世にいる時には次元の壁を超えた先のことはわからない。


 なんとなく「今回はライフルが良さそうだな」くらいの感の良さくらいしか発揮できない。


 ライフル自体は自衛隊が採用しているものと同じだが、そこにつけているアクセサリー各種は優香がこだわって購入したものだ。


「前回はともかく、今回も彩ちゃんが一緒とはね」


 ロッカールームに来た橋本が声をかけてきた。


 このタイミングでしか、優香と二人きりで話すことができないと踏んだからだろう。


「彩ちゃんの事情は荒石さんから聞いてるけど……」


 荒石とは彩含めスノードロップの担当官だ。


「もしアレなら私から言おうか?」


 ここで言うとはつまり、優香が彩に押し切られて不本意に同行してきたんじゃないかという意味だ。


 優香は押しに弱い上に嫌なことでも我慢してしまうタイプなので、橋本は優香の心労が溜まらないように気を張っている。


 以前、我慢しすぎて胃炎を起こした末に委員会を辞めたいとこぼしたことがあった。


 優香は委員会に入ってから、未来が読めるという強力すぎる能力でずっと怪我なし、失敗なしで活動してきた。その結果から優香を辞めさせるのはまずいと上がてんやわんやした結果、今の橋本に担当官が移り、ソロで活動をするようになった。


 チーム行動が基本の委員会のなか、優香がソロで活動しているのは「ソロでいいから、委員会の仕事を辞めないでくれ」と懇願されて押し切られた結果だ。結局ここでも押しに弱く押し切られている。


「いえ……そういうのじゃないので、大丈夫、です……」

「じゃあおせっかいってこと? 私の知ってる優香ちゃんらしくはないわね」


 他人の厄介ごとに自分から首を突っ込むタイプじゃないと言いたいのだろう。しかし優香はこれでも異世界を救った英雄なのだ。


「ただ……異世界に行って帰ってきた時の教訓が、縁を大事にしろってことだったんですよ」


 救った異世界から帰る前、仲間から言われた言葉が「あんたは自分から誰かと関わりを持ちに行くタイプじゃないから、せめて関わりを持った縁くらいは大切にしたほうがいいわよ」だった。


 それから今まで特にその言葉を気にする機会もなく生きてきたが、最近の彩を見てその言葉を思い出した。


「なるほど」


 そう言われると橋本も特に何も言えなくなる。異世界から帰ってきた人間なら、誰しも自分だけの教訓を抱えているものだ。


 目の前にいる人間は自分よりすごい体験をしているのは間違いない。そこで得た教訓なら、自分の言葉より重い意味を持っているのだろう。橋本はそう思った。


「それに……スノードロップの一件は……私には、誰が悪いとかじゃないと思います。やり方を間違えただけで、いつかは別の形で同じ壁に当たっていたと思います」

「ま……そりゃそうね。荒石さん、なぁなぁの甘いところがあるからなぁ」


 橋本にも、スノードロップの一件は主に担当官に対して思うところがあった。


 大人なのでそれ以上の口を出すことはない。しかしそれで優香が悩むことがあるなら優香の担当官である自分も少しばかりどうにか考える必要があるだろう。


 橋本は先に車に戻っておくわと残して戻っていった。


 --☆--


 優香が車に戻ると、先に戻っていたであろう彩と橋本が談笑していた。なんだかんだ話し上手な二人なので、放っておけば話が弾むだろう。

 優香が戻ってきたことで、車を出す橋本。そして簡単なブリーフィングが始まった。


「異世界の扉を発見したのが昨日の話。スノードロップが入ったけど、昨日の夜9時くらいから連絡がない。サマーデライトが続いたのがその後。そしてサマーデライトは朝6時に最後の連絡が来てから連絡がついていない」


 橋本が要点だけを説明する。委員会の規定だと、異世界に入って連絡が取れなくなってから6時間経過で応援を送ることになっている。


「それ……かなりヤバくないですか?」


 彩が深刻そうな声で聞く。状況だけを見れば2チームの連絡が取れなくなっているというだけでもまずいが、それ以上に元チームメイトが関わっているのもあるかもしれない。


「ヤバいわね。ただ、合流できたっぽいしその時はまだ深刻な報告は来てないから、少なくとも6時間前まではどっちも無事ではあったみたい」

「よかった……」


 彩が小さな声で呟く。


「ま、そんなわけでわかってると思うけど両チームの救助が今回の仕事ね」


 優香はタブレットを見ていた。チラリと見るとスノードロップとサマーデライトの情報が表示されている。


 個人情報のようなものが映っているならまずいと彩は露骨に目を逸らし、車外の景色を眺めることにした。サイレンを鳴らして走る眺めは大きな声では言えないが小気味いいものを感じる。


 やがて車は山奥で停車する。自衛隊が敷いた規制線を超えた先に、キラキラと輝くゲートがあった。


 いくらかいる人に軽く頭を下げるだけのコミュニケーションの後、優香はゲートを潜り、彩も続く。


 残った橋本はスノードロップの担当官として現場に残っている荒石に声をかけた。


「彩ちゃん、いらないならうちのサンドグラスで引き取っていいですか?」


 なんだかんだ、彩と優香は正反対の性格だが、相性は悪くないように見えた。


「えぇ……ボクとしては元鞘に収まって欲しいんだけどなぁ……」


 荒石はちょっとだけ呑気な声で返した。


(お前がそんなんだから、彩ちゃんとスノードロップが喧嘩したんだろ……)


 橋本は内心で悪態をつく。橋本は仕事のことでは優香の心配はあまりしていないが、今回は別の側面で心配をしていた。

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