第51話:打ち上げ
「ってことがあったのよ」
彩が焼き鳥を振りながらしみじみと言った。優香は黙って炭酸を飲んでいる。
場所は居酒屋。ドラゴンを倒した次の日の夕方だ。
「えー! じゃあ本当にお二人が倒したんですね!」
と興奮気味なのは花音だ。居酒屋とは言え、今日は客が少なそうなので少し声を控えてほしい。
花音と言えば、4人のグループチャットに『これってお二人ですか?!』とテレビの画面を映したものを送って来ていた。
テレビではヘリから超望遠のカメラを使って放送していたらしい。「なんとなく、同じ学校の制服を着ている女の子が二人並んで座っているな」くらいの映像だったので特定はされないだろう。
ちなみに返信は深夜に彩が返していた。
「じゃあ今日はゆうかちの奢りなんだ。わーい」
大してありがたさを感じなさを感じない口調は若菜。食事の前に菩薩に手を合わせるようなジェスチャーを送ってきてたので別に今更何か言ってほしいわけでもないが。
「ほんと……疲れました」
優香はというと疲れを隠さない手でだし巻き卵をつつく。昨日の今日でまだ疲れが残っている。
「今更ですけど良いんですか? 私たちまでご相伴に預かってしまって」
「いいのよ、どうせここで食べるなら若菜も来るんだし、だったらこのメンツで集まった方が楽しいじゃない」
それはそうだが、奢るのは私だ。優香は心の中で突っ込んだ。
とはいえ、疲れているなか全員を集めて場所も用意する彩のバイタリティには感謝しかない。
昨日はあれから帰路で寝て、帰ってからもソファで寝たくらいには疲れていた。夜中に目が覚め、流石に煤がついたままだったのでお風呂に入り、また寝て起きて昼に起きた。
昼に起きた時は学校をサボったと絶望したが、幸いにも休校になっていた。まさしく異世界から出現したてのドラゴンが学校から見えたらしく、諸々を考慮して休みになっていたらしい。
きっちりとした生活を送っているつもりだったので、妹は昼まで起きてこない姉を見て心配していた。申し訳ない。
「とにかく、家にいても家族から質問攻めされるし、委員会の建物もやたらと人が張ってるしで大変だったんだから。愚痴くらい聞いてよ」
「あぁ……確かにマスコミとかすごかったですね……」
起きてからぼちぼち準備をして委員会に向かったら人だかりで入るのが難しかった。
とはいえ芸能人でもなければ公務員でもないので、カメラを直接向けてくる無粋な者はいないので助かる。
ひと昔前に帰還者に対する差別意識があった反動で、プライバシー保護に関して世間の目は厳しい。そういうことをするとすぐ炎上する。
例外はカノープスやシリウスといった普段からメディア露出しているようなチームくらいだ。
「本当に、お疲れ様でした」
花音が深々とお辞儀をする。居酒屋という場所に似合わないほど綺麗な所作だ。
お嬢様ゆえに女子高生としては浮いてると思うところが多々あるが、異世界からの帰還者だからと言って余計に騒ぎ立てないところが付き合いやすいところだと感じている。他のクラスメイトとはここが違う。
「おつかれー」
そういう面では若菜も同様だ。普通とは言い難い性格だが、騒ぎ立てないのは花音と同じで付き合いやすい。今も普段と変わらないテンションなのは、正直ありがたい。
「そういえば聞いてよ。あたしのチームのスノードロップの——面倒だから名前言うわ。真希ってのがいるんだけど、めんどくさくて今日キレるかと思った」
「真希さん、ですか?」
「そう。昨日は別行動してたからあんまり顔合わせてなかったんだけど、今日ロッカーであったのよ。あの剣。ドラゴンから引っこ抜いたやつ、どうしよっかなーって」
彩がドラゴンを倒した剣はなぜか彩の手元に残った。
原則として異世界からやってきた生物や物体は、放っておくと消える。ドラゴンの死体も、今はゆっくりと蒸発するようにチリとなっているはずだ。
転移者が帰ってくる時に持ってきたものは例外で、彩なら魔法の杖がそうだし、優香なら部屋に飾ってある砂時計がそうだ。
「『竜殺しの剣』ですね! 今朝、残ってるなら復興博物館に展示したらどうかとかテレビでやってましたよ!」
あの剣はなぜか消える気配がない。ゴブリンやらオーガやらが持ってきた剣は持ってきた者が消える時に一緒に消えるというのに、あの剣は残っているようだった。
「んー……なんかあたしが持ってる。委員会からよこせとも言われてないし……」
一応彩は優香に要るかと聞いたが、魔力がない優香が持っててもどうしようもないので断った。
「じゃああやちは魔法使いから魔法剣士にジョブチェンジするワケだ」
「あたしは魔法使いじゃなくて聖職者って何度言えば……いいけど。剣なんてまともに振るったことないから使わないわよ、たぶん」
彩としても、剣を使えると言っても使いこなせるわけではないので使う気は全くなかった。伝説の剣を持ったとしても、持ち手が素人ならゴブリンすら怪しい。
「じゃあ、それこそどこかに寄付するのは? あ、委員会の入り口とかに飾ってあったらカッコいいかもしれません!」
花音は委員会のことになるとテンションがやたらと上がる。お嬢様は刺激に飢えているようだ。
「うーん、ただの剣じゃないから、保管が難しいのよ。そのまま撃てる銃を展示する感じ?
「なるほど……」
「誰も引き取らないからあたしが引き取ったんだけど……そう、まさしくその話で、仕舞う場所がないのよ。昨日は仕方ないから家に持って帰ったけど、あんなの部屋のインテリアにするわけにもいかないじゃない? だから委員会に置いておこうと思って、今日持って行ったのよ」
彩が愚痴モードに入った時、疲れで頭が回っていない優香は彩の地雷を踏んでしまった。
「あれ? 彩さんってガンロッカー持ってませんよね?」
「あ、あんたも真希と同じこと言うのねー!」
彩が焼き鳥を食べた後の串を優香に突きつける。
「え、えっと……どういう意味です?」
花音が話のクッションになろうとする。若菜にとっては慣れたことなのか、枝豆のさやから豆を取り出して皿に積み重ねている。
「ほら、優香、あんたそういうの好きなら説明してみなさいよ」
彩がぶっきらぼうに言う。
「……異世界対策法ではアーティファクトは所有者が各自で管理することになっています。管理困難など何らかの事情ですぐに確認できない場所へ保管する場合は『必ず鍵がついてて地面に固定できてもろもろ頑丈な保管庫に保存すること』となっているんです」
「こういう頭でっかちなやつが作ったんでしょうね、法律を」
優香は彩が飲んでいるものを横目で確認する。流石にアルコールを未成年に提供はしていないはずだ。
「ちょうど居合わせた真希も同じこと言ってたのよ。そこのロッカーは規定を満たしていないって。じゃあ持って帰れってこと? って聞いたらなんて言ったと思う?」
「なんて言ったんです?」
「『6センチ以上の長さの刃物を理由なく持ち歩くのは銃刀法違反になる』とか言い出したのよ。ほがー!」
珍しい奇声を上げる彩。奇声を上げるのが珍しいのではなく、奇声そのものが珍しい。
「で、犯罪者のあやちはどうしたの?」
「犯罪者のあたしは、ムカついたから無視してロッカーにぶち込んでここに来たわ」
彩がイライラしているのを初めて見る優香と花音はどう扱うか微妙に戸惑っている。若菜は手慣れているようだ。
「保管場所がないなら、とりあえず私のガンロッカーを使ってもいいですけど……」
「マジ? 余ってるの?」
「たぶんスペースはあると思います」
彩は知らないが、優香はロッカーと称して個室を独り占めしており、更に多数の銃器を所有しているのでガンロッカーに余裕がある。
「マジか……置かせてもらおうかしら……」
ガンロッカーは通常、銃を使用する人だけが使う。安くはないし場所も取るので増設は面倒だ。申請書を書かなきゃいけない。
「あの……そもそも他の人は普通、どうやって保管してるんですか?」
花音がおずおずと尋ねる。
「だいたいみんな、収納魔法とかそんな感じのを持ってるのよ」
ある意味、剣士系の帰還者は常に武器を持ち歩いているのと変わらない。危険だと言われることもあるが、異世界を救った英雄のモラルを信じるしかない。
「ドラゴンを倒したヒーローでも、裏では大変なんですね……」
花音が感心したように言う。何を感心したのか。
「上の方は広報対応とか、色々大変みたいねー。優香も、報告書せっつかれてるんじゃ無い?」
「昨日の今日で早く出せと言われていて……昨日は二件もあったのに……」
大きなことをした後の後始末は大変だ。テレビに出てくる特撮のヒーローも、こんなふうに報告書を書いているのだろうかとたまに思う優香だ。
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