第52話:ダイヤモンド

「そういえば、やっぱりカノープスってテレビで見た通りだったんですね」


 花音が思い出したように言う。


「そうですね……あんまり裏表はないと思います」


 友希乃はまとめ役でしっかりしているし、早希は無口でぱっと見怖いが、対照的にあさひはテンションお化けで怖くなるくらい明るい。総じて見ればバランスが取れている。


「あたしとしては、怒鳴っちゃったから後で会いづらいわ……」

「気にしてないんじゃないー?」


 彩が気まずそうに言うと、若菜が適当な調子の返事をする。

 彩としては自分が委員会の下っ端なのに、階級も年齢も上な友希乃に怒鳴ってしまったのが内心失敗したと思っている。


 そのことについて優香は彩からではなく、むしろ友希乃から聞いていた。


「あぁ……その件なんですが……いや、やっぱ何でもないです」

「いやいやいやいや、ちょっとちょっと、普通に気になるじゃない」


 優香が言いかけてやめる。彩が問い詰める。


「それは……ちょっとずるいんじゃないんですか?」

「ずるいよー」


 花音も便乗して問いかける。最近ノリと言うのを覚えてきたお嬢様だ。


 優香もやってしまったと思う。彩以外に伝えるべきではないこともあるが、言いかけたのは悪いことだ。


 一瞬悩んで、まぁいいかと話し出す。


「じゃあ……これはここだけの話でお願いします。一応、機密指定されているので」

「え? 逆に大丈夫なのそれ」

「まぁ……私には話す権限があるので……お二人は、内緒でお願いします」


 部外者である花音と若菜にはそもそも話すべきではないが、話の流れというのもあるし、おそらく秘密を守れるタイプなので諦めることにした。


 若菜に関して言えば、去年から彩が委員会所属だということを誰にも話していなかったようだし、花音は秘密の価値をわかっている家柄だろう。


 周囲は空席が目立つし、人がいるところは今もガヤガヤと騒いでいる。


 優香は首から胸元へ隠すように入れていたネックレスを外し、机の上に置く。


 ドッグタグとも呼ばれる認識表だ。若菜と花音は珍しいもののように見ていたが、彩は見慣れている。


 しかし、その色はあまり見覚えがあるものではない。片方は金色。片方は少し暗めの銀色だった。


 認識表は習慣として、今の階級のものと、一個前の階級のものを合わせて2枚持ち歩く。


 彩だったらシルバーとブロンズの2枚。いずれも純粋なものではなく、強度やサビの対策に他の金属を混ぜているため、銀そのものだったり、ブロンズそのものだったりではない。含有はしているが。


「触ってもいいですか?」

「どうぞ」


 花音が手にとって眺める。かなり真剣な目で見ていた。


 やがて花音から若菜に手渡すと「わー金だー」と受け取った。


 純金ではないが、金を含んでいるのは間違いない。その隣に座る彩も、自分より上の認識票を間近で見る機会はないためかそわそわしている。


 若菜が金の認識票を眺める横で、彩は紐に繋がった銀色の認識票を持つ。


「この銀、銀……? 銀なの、これ?」


 彩も自分の認識票を首から取り出す。委員会の人間は持ち歩いていることが多い。

 彩の銀色の認識票と比べると、やはり少し暗い。


「やっぱり……それ、プラチナですよね?」


 見たことがあるのか、花音が答えた。


「そうです」

「は?」


 彩がプラチナの認識票を見て目を丸める。他の認識票と違い、プラチナはそのままで十分硬いので純度が高い。色だけは銀と似ているので紛らわしい。


 純粋に金属として見ただけでも相当価値はある。プラチナのランクは人数がいないため、記念や権威の意味も込めてわざわざ予算が当てられている。


「なんか、変なもの埋まってるけど?」


 認識票の上には、紐を通す穴の他に何かキラキラとしたものが埋まっている。他の認識票には見られないものだ。


 それも、答えたのは花音だった。


「それは……たぶん、ダイヤモンドだと思います」

「え」


 花音のおずおずとした指摘を受けて固まる彩。そして割れ物でも触るかのように丁寧な手つきで触るようになった。


 ダイヤモンド。それは委員会が実績に関係なく能力で渡すと言われているランク。


 誰かの指揮下に置かれるとまずい能力を、誰かの指揮から守るための、お飾りのランクとも言われている。


 ブロンズ、シルバー、ゴールドといったそれぞれのランクが金属なのに対し、ダイヤモンドは宝石だ。文字通り、カテゴリーが違うとも言われる。


 そのランクの人間を、まさか生で見ることになるとは思っていなかった彩。引退するまで関わりはないだろうなと思っていたくらいだ。


「プラチナは本物で、ダイヤモンドは人工ですが……それがダイヤモンドの認識票なんです。彩さんにはシルバーだと勘違いしてもらいましたが……」


 ダイヤモンドは宝石であり、板状に加工できない。認識表はプラチナにダイヤモンドを埋め込む形になっている。


 彩には初めて会った時に自分はゴールドだと説明し、今の今までそう通していた。


 その時に銀色の認識票をチラッと見せたので、彩はそれが下位の認識表であるシルバーのものだと思っていた。


「え……マジ……?」


 言葉が出ない彩。認識票だからと雑に扱っていたが、おずおずと丁寧に優香へと返す。


「すみません。一応、ダイヤモンドが誰だというのは機密事項なので……秘密でお願いします」


 優香は指を唇に立てるジェスチャーをする。彩と花音はポカンとしていたが、若菜だけはイマイチわかっていない様子だった。


「どういうこと〜?」

「つまり……こいつには委員会の中で逆らえる奴がいないってことよ」

「ドンなのか〜」


 彩の解説に適当に納得する若菜。冗談なのか判別がつかなかったが、突っ込むのはやめておく優香。


「それ、カノープスは知ってたの?」

「はい。そもそもダイヤモンドへの推薦は友希乃さんと、シリウスのリーダーに貰ったものなので……あの場では、彩さんがカノープスに怒鳴ったとしても階級的にも問題ないんです。まぁ、友希乃さんならどのみち気にしないとは思いますが」


 むしろ友希乃は『骨のある子だからうちに出た欠員補充に欲しいわね』とも言っていた。欠員とは暗に優香のことを指していたが無視した。


 そして優香は思わず『うちのです』と答えてしまったのが恥ずかしく、そのことまで彩には言えなかった。しかもよく考えたら彩は掛け持ちのバイトのような立ち位置だからうちのというわけでもない。


「マジか……」


 彩は優香が思わぬ大物だったことにマジかしか言えなくなった。

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