第53話:これは奢り

 若菜と花音を交えてひっそりと行なった打ち上げから二週間。落ち着いた日々が戻ってきた。


 ドラゴンの被害を受けたも日夜復旧の話題で盛り上がっている。モニュメントを設置するという話も出てきている。


 高校2年生に上がってから激しかった仕事のペースも落ち着き、疲れていない体というのはこんなに軽かったかと久しぶりに優香は思い出した。


 しかしそれにしても、久しぶりの休日である土曜だと言うのに憂鬱だった。朝から緊張している。


 今日は委員会主催のパーティーがある。本来は年一程度の開催なはずなのに、こんな中途半端な時期にあるのは間違いなくドラゴンを倒したおかげだろう。


 多くの人間はパーティーを楽しみにしている。異世界帰りの勇者は基本的に陽キャなので、委員会連絡用のチャットでは盛り上がっていた。


 根が陰キャの優香としてはパーティーで何かしらの失敗をしないことに意識が向いてしまう。


 ただ、パーティーと言っても委員会の所属のほとんどが学生なので、ドレスコードや社交ダンスがあるわけでもない。


 大きな会場を貸し切ってお疲れ様の飲み会をするだけだ。


 とにかく優香は無難に過ごすことを目標にしていた。


 ラフな格好というほどでもなく、かと言って高校生が背伸びしたような格好というわけでもない。目立ちもせず悪目立ちもしない微妙なラインの格好を優香は悩みに悩んで選んだ。


 なんなら妹にも聞いた。意味がわからんからデートする時くらいの気合いで行けと言われた。


*****


 一方、彩はというと特に気負いもせずに出掛けた。


 会場に入る前にスノードロップのメンバーと合流してから行く。

 会場は昨年末の時より数段豪華だった。かなり広いホテルの間を借り切っている。


 基本的にはチームごとに座席が分けられていた。一人で活動している優香はどうなったかと心配になったが、どうやらカノープスと一緒に座っているようだった。


 お偉いさんが前に出てきて、この間のドラゴンがどうとか、最近の情勢がどうとか語り出した。


 適当に拍手してやり過ごして、早く始まらないかなと思う彩。


「彩のこと、表彰したりしないんだね」


 くるみがスノードロップにだけ聞こえるような声で話す。


「うちの上司、目立つと死ぬタイプだから気を遣われたんじゃない?」

「誇らしいのにな〜」


 くるみが残念そうに言う。しかし彩としても目立ちたくないのは同じなのでないならないでありがたい。


 では乾杯と音頭が取られ、全員がグラスを掲げる。もちろん、未成年にはノンアルコールの飲み物だ。


「うい〜乾杯〜」


 あちこちでグラスの鳴る音が聞こえる。


 テーブルの上にはグラスしかないため、各々が適当に取って食べるバイキング形式になっている。


 こんな高そうなホテルを使ったパーティーでもそうなってるのは、おそらく委員会の意向だ。


 委員会のパーティーではどこからか始まったかは不明だが、お世話になった人にという伝統があった。


 もちろんパーティーの費用は委員会で出しているので金銭的な得が発生するわけでもない。


 とにかく「これはお世話になったお礼」と言って、食べ物を渡して礼を表すのが慣わしとなっている。


 一説ではどうも、異世界のギルドとか酒場とかで同じようなやり取りが行われていたから、そこからの流入だとかなんとか。


 最初に席を立ったのはくるみだった。


「よし、あたし回ってくるわ。麻衣子、一緒に来て。真希、あんたはうちらの分のケーキとか適当に取ってきて。美味しいやつね。彩は残って、誰か来るかもしれんから待っといて」


「りょ〜」


 くるみがテキパキと指示を出す。やっぱりくるみはまとめ役に向いている。彩もクラスとは違って楽できるから良い。


 適当にジュースを飲みながら誰かの帰りを待っていると、見慣れない男女がちょこちょこと近づいてきた。


「あ、あの! これ、この間のお礼です!」


 と言って一皿のショートケーキを渡される。誰か一瞬わからなかったが、すぐに思い出す。


 この間、ドラゴンの炎に焼かれてたのを助けた男女だ。


 あの時は少女の方は涙や汗で顔がぐちゃぐちゃになっており、男子の方は別の意味でぐちゃぐちゃになっていたのですぐにはわからなかった。


「あぁ! あの時のね、ありがとう。ありがたく頂くわ」

「ほら、あんたも!」


 少女が男子の背中をバシンと叩く。仲が良さそうなペアだ。


「あ、ありがとう。正直記憶は全然ないんだけど、マジで死ぬ手前だったみたいだったから、ほんとに助かったよ」

「それで、どう? そのあとは」

「全然大丈夫。まぁちょっと痕があるけど、名誉の負傷みたいなもんだな」


 男子は袖を捲る。確かに痕が残っているが、炭化していた事実からするとかなり回復したと言えるだろう。


「まぁ気にしないでくれ、ほんと。俺も大して気にしてないし」


 彩は別に元通りにできなかったと気落ちすることはしない。最前は尽くしたし、命を取り留めただけで十分だろう。


 もちろん、少し残念な気持ちはあるが、本人が気にするなと言ってくれているので、それ以上気にすることもないだろう。


「でも珍しいわね、男女ペアなんて」


 委員会は基本、性別を分けてチームを組ませる。スノードロップは女所帯だし、カノープスやシリウスなんかも綺麗に分かれている。


「うちの県、あたしとこいつしかいないのよ」

「なるほどねー」


 委員会の人手不足は深刻なので、都市以外だと1チームしかいないなどもザラだ。むしろ1人いれば嬉しいというところすらある。


「でも、本当に助かったわ。……あたし、あなたならドラゴン倒せるって信じてたよ」

「ありがと。それで言うならあたし一人の力じゃないし、あたしをあんたたちのところに送ったのもサンドグラスだから、そっちにも奢りに行ってあげて」


「うん。あとからそう聞いたよ。このあと行くね。ありがと」


 そう言って二人はまたどこかへ移動した。


 彩は渡されたケーキを眺め、一口食べる。


 こう言う機会でしか礼は言いづらいので、確かにいいパーティーだなと思う。


「お、何かもらったの?」


 真希が器用に多くの皿を持って戻ってきた。


「これはサンドグラスぶんだからね。残念ながらあたしが独り占めよ」


「別にいいけど、彩の上司のとこ、なんかすごい大変そうなことになってたよ。行ってあげたら?」

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「お仕事は?」「異世界対策委員会です」異世界から降り注ぐ災害に対処するお仕事です 鶴城有希 @TsurugiYuki

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