第10話:クラスメイトを異世界から助けます③

「ふ、ふぐぇぇぇ、ひ、ひな、ひな"も"りさぁぁぁぁぁん」


 オーガを倒し、あらかた周囲の魔物を倒したあとに彩と合流した優香が見たものは、水城みずしろが彩に抱きついて泣いているところだった。


 人生普通に生きていたら、魔物に攫われて囚われることなんてないだろう。トラウマにならなければいいが——


 よーしよし、と彩はぽんぽんと水城の頭を叩いている。慣れていそうだ。


 周りを見渡すと、例の冒険者が見えた。男が一人、女性が二人。体が逞しい方の女性が、虜囚たちの世話を見ていた。


「ほら、優香も来たわよ。そろそろ泣き止まなきゃ」


 近づいてくる優香の姿を見た彩が水城にハンカチを差し出して言う。受け取った水城はハンカチで涙を拭いた後、優香にも礼を言った。


「ぐずっ、あ、雨宮さんも、ありがと、ございました……ひぐっ、私、怖くて……」


 こういう時は言葉を紡いでも無駄なので、頭をポンポンと撫でることにしている。年下向けの対応だが……。


 冒険者のアルベルトとティナがやってきた。


「そっちは連れと合流できたようだな。今回は助かったよ。まさかリリベルさん、すごい魔法使いだったなんて! それに、そっちの人も。見たことない火槍だったけど、すごい動きをしてたな!」

「あはは、まぁこれでも前いたところでは名を馳せてたからね。そっちこそ、中々いい腕してたじゃない」

「へへっ、初陣でそう言ってもらえるなら嬉しいもんだぜ」


 彩のお世辞に対して、喜ぶアルベルト。そこに肘で突っ込みながらティナが言った。


「世話になった。……私たちはここに捕まった人たちを助けるのに併せて『星から降りる希望』を探しにきた。——そういうお告げがあった。何か知ってることはある?」


 ティナがそう言った瞬間、優香と彩は同時にギクッとした。間違いなく水城のことだろう。顔に出ていなければいいが。


「うーん、知らないし、それっぽいのは見てないわね。力になれなくて悪いわね。……それじゃ、私たちはこれで。また機会があったら会いましょ」


 コミュ力に長けた彩がまとめて返す。優香はぺこりとお辞儀をするだけに留める。水城は深々と「ありがとうございました!」と頭を下げている。


 去り際にエリザとも軽く挨拶をする。これからの彼らの活躍に期待しておく、とかなんとか。声をかけた瞬間は期待していたので嘘ではない。離れた瞬間に忘れたが。


 捕まっていた他の女性にも軽く声をかけて、来た道をそそくさと引き返す。


 やがて森に入る。辺りはもう真っ暗だったが、幸いにも魔物がいるような騒がしさはなかった。


「あの『星なんちゃら希望』ってやつ、絶対水城のことだったわよね……あぶなかった〜」


 彩が緊張の糸を解くように息を吐いた後、雑談のように呟いた。水城ももう涙が止まって落ち着いていた。


「え? あれ私のことだったんですか?!」

「本人がこの調子なら心配なかったかもしれないわね……」


 その後、小休止を挟みながら暗い森の中を進んだ。途中で仮眠も挟みつつゲートの位置まで帰る。道中、特に何も起きなかったのは幸いだ。


 彩が水城に付き添うようにゲートに入り、その後に優香が入る。どこの組織でも同じだが、最後に現場を去るのは隊長とか船長とか班長とか、長が着くものの役目だ。


 ゲートを潜って降りた先は、入る時と同じ路地裏だった。異世界に行く時は座標がズレることがよくあるが、帰る時にズレることは少ない。


 こちらも向こうと同じく陽が落ちて太陽の光はなかったが、表の道から差し込む繁華街の光のおかげで真っ暗というほどでもなかった。きっと居酒屋をはじめとする夜の店がまだ営業中なのだろう。


 路地裏は規制線が張られ、自衛隊による封鎖がされていた。桐堂だけではない、水城の両親と見られる大人もいて、ゲートから出てきたばかりの娘と抱擁を交わしていた。


「お疲れさま」


 短い労りの言葉をかけてくる橋本を見て、ようやく優香は仕事が終わったような気がする。


 淡い光を放っていたゲートも次第に薄まっていき消えた。お互いの世界の異物が消えたことで干渉が止まったのだ。


「やーお疲れお疲れー。疲れたねー」

「彩さんも、お疲れ様でした」


 肩をぐるぐると回しながら彩が近づいてきた。優香も一息つきたいが、銃をもったままくつろぐのも微妙だろう。


 橋本は水城とその両親に話しかけに行った。おそらくお決まりの手続きや確認がどうのこうのだろう。そこらへんの事務手続きの案内は優香の仕事ではない。


「この後どうする? 打ち上げでもする?」


 彩が何気ない調子で聞いてきた。仕事が終わったら打ち上げ、というのは珍しくない。委員会の基板文化は体育会系だ。


 優香はその質問が来るのを待っていた。待ち望んでいたわけではなく、むしろ逆だ。来るだろうな、と身構えていた。


 気持ちとしては断りたかったが、しかし相手はクラスメイトだ。カラオケに誘われた時とは違い、一対一の誘いだ。こういう時は二回目を断るのはともかく、一回目で断るのは印象が悪い。


 だから、この質問が来たらイエスという覚悟を、異世界の森を歩いていた時からしていた。


「い、いいですよ? 何処に行きましょうか」


 いかん、変に上擦ってしまった、と恥ずかしさで服の下に汗をかく。


「うーん……カラオケとかも芸がないしな……あ、ちょっと待ってて! ちょうどいい店があるから!」


 そういうと彩はちょっと離れて電話をしに行った。予約でもするのだろうか、と思っていると、今度は反対側から話しかけられた。


「あの、雨宮さん……今日はありがとうございました」


 振り返ると水城が礼儀良く頭を下げていた。


「あ、いえ、仕事ですし……何より大したことはしていません」

「いえ! 命の恩人です! 私、ありがとう以外に何を言ったらいいか……とにかく、この恩は忘れませんから!」

「まぁほどほどにお願いします……」


 優香は報酬として委員会から給料に手当が付く。水城は無事に帰ってきたから少なくともクラスが変な雰囲気になることはない。

 優香にとってはそれで十分で、そこに個人的な恩は必要なかった。恩を感じるな、というのも無理な話だが。


「お待たせお待たせ、大丈夫っぽい。あ、水城も行く? 打ち上げ」


 彩が戻ってくるなり、水城を誘う。コミュ力お化けだ。


「え、打ち上げですか? 行きたいです! あ、ちょっと待ってください」


 と言うと水城はトテトテと両親の方に向かい、同じくトテトテと戻ってきた。


「はい! 行きたいです!」


——それは聞いた。と彩と優香は同時に思ったが、共に何も言わなかった。行けるということだろう。


 現場での事後処理が済んだ後、橋本が車で送ってくれるとのことなのでそのまま送ってもらう。着いた先は居酒屋だった。


 水城は意外にも興奮していた。


「こ、これが居酒屋……! 初めて来ます!」

「初めて異世界見た時みたいなリアクションね」

「たぶん大概の高校生は居酒屋にそんなノリで入りませんよ……」


 カラオケの時とテンションが一緒だ。初めて行くところなら何処でも感動できるのか? と優香は思った。


「お二人はきっと、打ち上げではよく居酒屋で飲んだりするんですよね?!」


 水城がキラキラした目で居酒屋と彩と優香の間を見回す。


「すごく語弊がある言い方やめてくれない? 来たことあるけど酒は飲んでないわよ」

「同じく……」


 二人とも異世界対策委員会という公的機関の一員である。正職員ではないが一般人から見ればそこに違いはないので、監視の目は厳しい。未成年飲酒なんて炎上待ったなしのことは絶対やらないのだ。


 居酒屋という大人の大衆食堂に憧れを抱いているのか、異世界対策委員会という特殊な立ち位置に憧れを抱いているのか微妙なラインだ。テンションが妙に初めてのカラオケと一緒なので、前者の可能性は捨ててはならない。


 彩は特に緊張した様子もなく居酒屋の中に入っていく。優香も付き合いで来たことはあるが、酒を飲まないので打ち上げのチョイスには疑問だった。


 その疑問はすぐに解消することになる。

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