第9話:クラスメイトを異世界から助けます②

「オ、オーガ……?!」


 アルベルト剣士が震えるような声で言った。


 この世界ではどの程度の地位にいるかわからないが、少なくとも委員会においてはかなりの強敵と認知されている。油断ならない相手だ。


 彩には目の前の駆け出し冒険者がどうにかできるとは思えなかった。


 その巨体は歩くたびに地面を震わせ、地響きのような音を立てている。金棒と大盾を持ち、鎧のようなものに身を包んだその身体は、まるで小山のようでもあった。


 大盾はオーガのほとんどを隠している。そもそもが巨体のオーガだ。体をすっかりと隠しているそれは、とても重く、とても厚いように見えた。


 オーガは逃げだしてきた虜囚を追いかけるように歩いていた。いや、もしかしたら走っているのかもしれない。足が遅いのは幸いだ。


 優香が発砲したであろう音と光が彩にも感じられたが、どうやら効いていないようだ。


『彩さん、物理が効きません。魔法でなんとかできますか?』


 優香が息を切らした様子もなく、無線で聞いてきた。


「任せて」


 それだけ言うと、彩は自身の周囲に魔法の槍を何個も展開する。


 彩が繰り出す魔法は聖魔法。闇を祓い、魔を討ち滅ぼすもの。魔物や魔族のような魔の付くものに特効の魔法だ。


 確証はないが自信はあった。強敵と言えど効くはずだと。


 いくつもの魔法の槍が同時にオーガへ向かって飛んでいく。当たると同時に槍が弾けるように光る。しかし——。


 彩が放った魔法の槍は全てオーガが持つ盾に防がれていた。当たったところは焼け焦げたように煙が出ていたが、貫通したわけではない。


「っ……! 優香、ごめん、盾が硬すぎる」


 悔しさを感じつつも通じなかったことを報告する。


 彩は自分が万能タイプの魔法使いだと認識していたが、どこに行ってもなんでもできる、という意味ではなく器用貧乏という言葉が近い。できないことは素直にできないと言うのが彩の長所だった。


『わかりました。なんとかするのでもう一度準備を』


 優香が慌てた様子もなく、無線でそう告げる。


「なんとかって……」


 どうするのか。しかし目の前の問題はオーガだけではなかった。


「水城!」


 ライトを持ち先頭を走る少女に声をかける。昼、一緒にカラオケに行くはずだったクラスメイトだ。汚れてはいるものの、目立った怪我はしていないようで安心する。


 冒険者たちはまだ戦闘を続けているが、オーガの登場によって目に見えるほど動きに乱れがあった。


「落ち着いて! 目の前の敵を倒して、オーガはその後!」


 彩は叫ぶように言って、すぐに呪文を唱える。


 目の前の敵を片付けて……と言っても目の前の敵なんてゴブリンだけだ。


 しかし陽が落ちて暗くなってきた中、明かりはわずかな松明と時たま飛び交う魔法のものだけで暗所ではうまく戦えていなかった。


「しょうがないわね……」


 彩は一歩下がり、光源魔法を使った。それは文字通り杖の先から強力な光を出し、辺りを照らすというだけのもの。


 その光の強さは辺りがまるで昼になったかのよう。急な光に、こちらへ走っている水城たちの顔がしかむのが見えたのには少し申し訳なく思う。


 一方、ゴブリンやオーガには効果がてきめんだった。元が夜行性の上、その光は聖魔法によるもの。魔物が嫌がる光だ。水城たちには眩しいくらいで済んだ光だが、魔物たちには痛くて目を手で塞ぐほどに効いたようだ。

 一方、冒険者たちは背中から光を受けたため、全く眩しくはならなかった。夜闇が照らされ見えづらかったものが一気に見え、さらに敵は無防備に怯んでいる。これほど楽な状況はないだろう。


 ティナ魔法使いもその状況で余裕ができたのか、今度はしっかりと獲物を選んで魔法を使っていた。彩を真似するように、外側に回り込んでいた敵を狙う。


 そしてその光に照らされ、奥にいるオーガと優香の姿がはっきり見えた。


 ---◇---


 優香はオーガと正面から対峙していた。


 何度も散弾銃から散弾やスラッグ弾を撃ち、当てていた。


 しかし散弾は弾かれるし、スラッグ弾は傷をつけることができてもすぐに再生してしまう。


(これだから強い魔物は嫌なんです……)


 銃で倒せない相手は時間がかかるから嫌だ。最も今回は彩がいたから楽に済むかと思ったが、そう簡単にもいかなかった。


 彩が魔法で倒せなかったことを責めるつもりはない。倒せないのはお互い様だ。


 横薙ぎに振られる金棒。それを後ろに跳んで避ける。


 普段から良くて文学少女、悪くて陰キャと呼ばれる優香からは考えられない、アクロバティックな動きだが、彼女の使う超能力がそれを可能にしていた。


 オーガの顔に向けて散弾を放つ。当たるが、傷をつけられない。一つ一つが丸い散弾は硬い皮膚の上を滑ってしまうのだろう。


 引き続き顔に向かって連射するも、今度は盾に防がれる。効いてはいないが鬱陶しい、というところだろうか。


 弾切れを挟んで、オーガが盾を下ろし優香を見据える。その顔はニタァッと笑っているようで、嘲笑っているように見える。


 お前の攻撃はどうやっても効かないぞ、と言っているようだ。


(布石は十分ですね……)


 スラッグ弾を手早く込める優香に、オーガは容赦無く棍棒を振り下ろす。


 周囲を強く揺るがすその一撃を優香は斜め前方——オーガの内側に入るように跳んで避けた。


 そして足の指に接写。距離はないので照準をつける必要もなかった。


 オーガから声にならない悲鳴が上がる。スラッグ弾なら傷になることはわかっていた。いくらオーガと言えど、足の指を傷つけられたら痛いだろう。


 怒りに震えたオーガは押し潰すように盾を叩きつける。


(それも見えていました)


 盾が振られる前から優香は避けるように動いていた。未来視によって攻撃はされる前から見えている。


 金棒と同く盾は地面を揺るがしたが、優香は空中にいたため影響を受けない。その着地先は——盾の上。握り手の横だ。


 そして盾を握るその手に向かって至近距離から発砲。連続で放たれたスラッグ弾がオーガの指を弾き飛ばす。


 やがて再生されるだろうが……それまでの間、オーガは盾を握ることができなくなった。


「彩さん、今です!」


 彩の魔法の槍がオーガに殺到するには十分な時間だった。

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