第8話:クラスメイトを異世界から助けます

 優香が立てた作戦はシンプルだった。


「私がこそっと捕まってる人たちを助けてきます。彩さんは冒険者に合流して援護してあげてください。そちらの方に逃げるので」

「……本気で言ってるの?」


 彩が眉間に皺を寄せ、引き攣った笑いを見せる。


「だ、大丈夫です……私の能力はそういったこと向けですので」


 彩が寄ったシワを伸ばすように額に手を当てて考える。


「……私も一緒に行くってのは無し?」

「静かに行くなら私一人の方が……というのもあるんですが、冒険者はおそらく大した実力を持っていないので、そっちに回ってくれれば、と」

「…………まぁ、あんたがリーダーだからね……それでいいなら、付き合うけど……信じていいのね?」

「はい、信じてください」


 というわけで優香は一人で廃村の中にいた。


 優香は小心者だが、こういう時は堂々としていた。自分の能力で、見つかる未来を回避していればいいからだ。


 暗くなってきた道をなるべく音を立てず、小走りで駆ける。


 因果関係が複雑に絡まっている建物を目的地として歩く。


 優香の目には因果関係が——誰が何をしたら誰にどうなるというのが、糸になって見えている。目に映る多くは、見えないところにいる魔物たちと冒険者と繋がっていて、そしてある建物の中にも多くが伸びていた。


 外から低い悲鳴のような音が聞こえたかと思うと、ドタドタと村の中が騒がしくなってきた。戦いが始まったのだろう。


「……急がないと」


 ここにどのような魔物がいるか、その全容はわかっていないが、すくなくともゴブリンがいることは確認している。


 ゴブリンはどの世界においても卑怯でずる賢いと決まっている。人を盾にするということは簡単にするだろう。


 目的の建物はドアが簡素な木板でできていて、そこに外側から金属の棒がつっかえ棒になり閉じられていた。鍵なんかない、原始的な閉じ込め方だ。


 それを手早くどかし、ドアを開ける。「ひっ」と何人かの悲鳴がした。


「た、助けに来ました。ここから出ます……!」


 優香があまり大きくなりすぎない声で、しかし力強く言った。


 言いながら中を見渡すと、自分と同じ制服を着た少女を見つける。


「へっ……? あ、雨宮、さん?」


 目論見通り、やはり水城花音はそこにいた。


「話してる時間はあまりありません……。これを持って、あっちの音がする方へ走ってください」


 優香は水城にハンドライトを手渡す。ゴテゴテしたそれは軽量ながらも耐久力がある、軍用規格のものだ。


 他にも虜囚となった女性は三人。水城が少し土で汚れているくらいなのに対し、他は全員ボロボロで、口に出すのが憚れる事があった後のようだった。


 三人のうち特に一人が酷い怪我だったが、他の一人が肩を持つように手助けしていた。


 もう一人も怪我していたが、こっちは軽傷なので走って逃げることはできるだろう。


「私が一番後ろにつきます。光の方に走って!」


 優香の掛け声で一行は走り出す。突然の出来事だっただろうが、逃れるということがわかったからか混乱はなかった。


 ---⭐︎---


 優香が虜囚を助け出す数分前。彩と冒険者たちは正面から切り込んでいた。


「でェヤッ!!」


 |アルベルト≪剣士≫が力強く剣を振るうと、ゴブリンの一体が倒れる。


「行くよっ!」


 その横から|エリザ≪拳闘士≫が飛び出てきた別のゴブリンを殴りつける。


「ファイアボール——!」


 ティナ魔法使いが呪文を唱えて後ろから遠くにいるゴブリンを焼き殺す。


(うーん……これは)


 特に連携が取れているようには見えない。個々人の技量は悪くはないと思うが、いかんせん目の前のことしか見れてないように思える。見立て通り、駆け出しルーキーの冒険者だったようだ。


 彩は横に広がったゴブリンを近づいてくる順に魔法の槍で撃ち抜いた。電撃が通ったように体の筋肉が硬直し、走る勢いのまま地面に突っ伏し、そのまま動かなくなる。


 正直、ゴブリン程度なら大したことがない。この冒険者三人に任せていても大して問題はないだろう。


 ただ、優香が警戒は怠らないようにと言っていた。あの三人だけじゃ生き残るかはいいとこ五分だとも。だから彩はなるべく魔力を温存するように立ち回っていた。


 遠くで発砲音が響き出した。優香が撃ち出したのだろう。冒険者一行にはあらかじめ「大きな音がするかもしれないからビビるな」と言っていたが、それでもビクついたようだ。


(しかし……変な命令ね)


 発砲音で優香のことが頭に浮かんでくる。


 原則として委員会のメンバーは単独行動を良しとしない。見知らぬ土地——どころか見知らぬ世界で一人になったりしないのだ。


 それに、お互い組むのは初めてだ。正直、彩が優香に従っているのは相手の階級が上で、そして水城花音を救う意思を見せているからだ。


 元々居たチームならどうだっただろうか。四人で虜囚のいる家屋へ見つかる前提で静かに移動。見つかり次第交戦するけどなる早で救助して逃走、とかだろうか。もしくは普通に正面突破するかもしれない。


 それで助けられるかどうか……。それはやってみないとわからない。


 優香はそこで、囮と救助で分かれて行動することにしたが……それも正解かはまだわからない。

 優香の≪勘がいい≫能力とやらも、どれくらい信じていいのか。


——いや、でも。

——そもそも、よく考えたら今日あいつが現れた時、銃持ってたのよね……


 起こってもいない事件に合わせて銃を持ってくるのは大変じゃないだろうか。ロッカールームを共有する人の中に銃を使う人がいたが、管理は厳重で大変そうだった。


 勘がいいというだけで銃を持ち出せるだろうか? 委員会の管理はもっと厳しいように思える。


 それなりに信用があるということだろうか? だったら|自分より一個上の階級≪ゴールド≫は過小評価じゃないか……?


 彩は戦いの最中、そこまでは考える余裕があった。


 油断は禁物だが、相手はゴブリンで、駆け出しとはいえ前衛が二人もいる。過大評価するつもりはないが事実として彩は異世界の魔王を倒したこともある強者だと自負している。委員会には彩よりも強い人間はたくさんいるが、この程度なら彩には余裕だった。


 そこで二つのことが起こって彩は思案を中断した。


 一つは|アルベルト≪剣士≫が「こっちだ!」と叫んだと同時に村の奥から揺れる光を見たこと。


 もう一つはそれまでになかった低い音と共に、何か大きいものが現れたこと。月光りに照らされたそれは遠くからは見えづらかったが、ゆうに4〜5メートルを超える人型のシルエットをしていた。

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