第11話:打ち上げ
居酒屋の中に入ると、実は上品なバーとかオシャレなカフェということはなく、想像通りの居酒屋だった。
彩たちがカラオケに行こうと計画したのは金曜日だから。サラリーマンにとっても金曜日。飲み屋としても書き入れ時。
ガヤガヤとする店内に優香は本当にここに入っていいのか不安になるし、なぜ彩がわざわざここの店を選んだのかもいまいちわからなかった。
彩と店員の目が合うと、店員は奥の個室に案内してくれた。
三人で座敷席に座ってメニュー表を手に取る。優香と水城が隣に座って、対面に彩が座る。
こういう場は慣れているのか彩が率先して注文する。こういう時の幹事の上手さと人望の深さが人気に繋がるのだろう。
やがてクラスTシャツのようなノリで作られた居酒屋Tシャツを着た店員が飲み物と食べ物を持ってやってきた。
「あ、
先に反応したのは水城だった。そう、牧野
「バイトっていうか、実家っていうか……
独特な自称のわーちゃんはサッサッサッと手際よくテーブルに唐揚げや枝豆、刺身などを置いていきどこかに行った。またバイトに戻ったのだろう。
「異世界から帰ってきてもうクタクタ。さっさと乾杯しましょ!」
彩がまとめ「水城の帰還に!」と音頭を取って乾杯する。
優香は幹事などはしたことないが、委員会でこういう場は珍しくはないので流れには慣れている。
水城はそもそもこういう大衆的な飲食店に慣れていないのか、控えめにコツンとグラスをぶつけた。
それぞれ適当に食べ物をつまみ始める。
「ほんとは今日のカラオケが楽しみだったけど、なんやかんやあってまぁこうして飲み食いするのも悪くないわねー」と彩。
ここに水城を連れてきたのは、カラオケを楽しみにしていた水城を気遣う面もあったのかもしれない。
「……そういえば、牧野さんって彩さんのこと知ってたんですか?」
「委員会のこと? 学校だとあの子にだけ話してたし、口は硬いから大丈夫」
学校で彩が委員会所属だとバレている節はなかったし、そこは大丈夫なのだろう。ならこの場所選びも文句を言うことはない。
この店を選んだのは、せめてクラスメイトがいる場所に連れてきたという側面もあるのだろう。
「お二人はよくここに来られるんですか?」
一通り話が弾むと水城が言った。どこを持ってそう判断したかいまいちわからないが、優香はとりあえず答える。
「いえ、私は初めてですけど……」
「あたしは、まぁたまに。予約とか聞きやすいから今日みたいな打ち上げとかにはたまに使ってたわね」
優香と彩がそれぞれ答えると、混乱したような顔をした水城。それを見て二人も混乱する。
「え?」「あ?」「え……?」
三者三様に困惑した後、一瞬の間を置いて彩が納得した。
「あ、ひょっとして私たちがチームだと思ってる? 私と優香は今日組んだのが初めてね」
「え、でも普段下の名前で呼び合ってなかったですよね。てっきり私、みんなの前では隠してるけど——というやつかと思ったのですが」
ケラケラと笑う彩。
「そんな怪しげな関係だったらあんたの前では名字で呼び合うわ。ま、異世界仲間はそう呼び合うもんなのよ」
「だったら、私も同じく下の名前で呼びあいたいです!」と力が入った声を出す水城。
「別にいいわよ〜。か・の・ん・ちゃ・ん♪」
からかうように彩が水城の名前を呼ぶ。なぜ急に水城が積極的になったのか。優香は一人、今までの注文にアルコールってなかったよな……? と振り返る。
「えーなになに、なんか面白い流れになっているから私も参上」
と言いながら牧野が空いている彩の横に座った。「もういいの?」という彩の問いに「もういいのだ」と返している。店はまだまだ混み合っているが、クラスメイトが来たから親から許しが出たのかもしれない。
牧野は持参した料理と飲み物を空いたスペースに置く。かんぱーいとそれぞれまたグラスを打ち付け出す。
(うーん……彩さんの友達だ)
彩と負けず劣らずのコミュ力だ。牧野は彩ほど積極的に誰かと関わろうとするタイプじゃなければ、わいわい騒ぐタイプでもない。
自分から積極的に喋りにいくことはない。それでも彩と一緒にクラスの中心にいるだけあってコミュ力は高い。
「なんか下の名前で呼び合う流れ? 私、若菜」
「花音です!」
「……………優香です、けど」
「お見合いじゃないんだから」と彩が言ってようやく締まる。
ケラケラとまた笑い合う。
「今日マジでびっくりした。優香は銃ぶっ放すし、かのっちはいないし、あやちもどっかいくし、電話も突然来るし。というかゆうかちも委員会だったのビビった」
いきなり全員に「ち」をつけて呼ぶ若菜っち。
そういえばカラオケはどうなったかというと、あのあとは自然解散したようだった。そりゃそうだ。まとめ役がどっか行ったワケだし。
一帯が騒動で警察やら自衛隊やら出張ってきてとてもカラオケの雰囲気じゃなかったらしい。「あやちどっか行ったしあたしも帰る」と言って若菜も帰ったとか。強い。
「あやちもゆうかちも、実は一緒に仕事してたりすんの?」
「あ、私も気になってました! 一緒のチームではないとお伺いしましたが、普段はどんなチームに所属してるんです?」
好奇心旺盛な花音が立て続けに質問してくる。これに対して「あー、えー」と彩の歯切れが若干悪くなる。どうやらチームに無所属の宙ぶらりんな状態はなかなか人に言いづらいようだ。
優香は助け舟を出した。
「私も彩さんもフリーというか、ソロですよ。依頼があったら応援に行ったり、今回みたいに緊急な仕事をしたりとかです」
優香の声に助かった〜と安堵する彩が感謝のウインクを捧げた。
「そーなの? せっかく同じクラスなら一緒に働けば面白いのに」
「色々あんのよー」
若菜の言葉に彩が軽く流す。花音が「私も面白いと思いますよ!」と隣の優香に笑いかけてくるので、苦笑いで返すしかなかった。
そこから話は跳んで弾んで、異世界の話に戻った。
「でも異世界に行ったのがクラスで三人もいるってすごいわね」と彩。
「実際のところ、どれくらいの割合でいるんでしょう」
花音がたこわさをつまみながら聞く。庶民的なつまみだと思うが、どうやらハマったらしい。注文したのは二皿目になる。
「知らないなぁ。優香知ってる?」
「調べたことはないですけど、経験上クラスに三人くらいの割合でいますね」
「そりゃそうだ」
彩は唐揚げを食べながら言った。優香も同じ唐揚げをつまんでいる。彩も優香も、どちらも体重が気になるお年頃ではあるが気にせず食べまくっていた。仕事柄、消費カロリーはかなり多い。
ちなみに委員会で把握している帰還者が500名弱程度。把握していない帰還者もいる。仮に同じくらい把握していないとしても合計1000名程度。これより多いということはないだろう。
ものすごく大雑把に計算して、人口1億に対し1000名なら0.001パーセント。どんなに多く見積もっても10万人に一人という計算になる。クラスに3人もいるのはかなりのレアケースだ。
「そう言えばうちの高校の美術部部長は『カノープス』の人だったよね」と若菜。
「え、そうなんですか?!」と驚く花音。
カノープスと言えば、『シリウス』と並ぶ世間で有名な委員会のチームである。なぜ有名かというと、テレビ番組の『異世界対策24時』に登場する頻度が非常に高いからだ。
どちらのチームもリーダーのランクがプラチナなので実力はかなりある。それでいて人格者なので扱いやすい。というわけで委員会は広告塔として使っている節がある。
異世界から帰ってきた人間は強いほど人格がアレというのは委員会の中では通説となっている。強くて扱いやすい二つのチームはどこでも引っ張りだこだ。
「カノープス、カッコいいです……私、異世界対策24時はいつも録画してます。……実際、カノープスとかシリウスとかってテレビで出てるのと変わらない感じなんですか?!」
花音はやや興奮している様子で聞いてきた。数時間前は異世界で涙を流していたのに、元気なものだと優香は思う。
「あたしは喋ったことないわねー。評判だけなら良い話はめちゃくちゃ聞くけど。優香は?」
「わ、私は……ありますよ。それなりに、まぁ、一緒に仕事したことがあります。大体テレビで見た通りだと思いますよ」
優香が控えめにいうと、全員が驚いた声を上げる。だから言いたくなかったのだが……。
カノープスとシリウスは同じ担当官がまとめているが、特に女性のみで構成されたカノープスは華があるということも相まって世間での認知度は高い。一部ではアイドルよりも知名度がある。
彩が驚いたのはどちらかというともっと実務的な観点からだろう。そもそもリーダーがプラチナなだけあって、実力はかなり高い。そんなところと一緒に仕事をしたとなると、優香の実力もそれだけ高く、そして信頼もあるということを表す。
女三人よればなんとやら、四人もいれば話は跳んで弾む。優香の仕事話は爆発し、そこからは彩も交えて委員会の仕事事情に華が咲いた。
ここでの会話が後の委員会の立ち回りに関わってくるとは、優香も彩も思ってはいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます