第25話:帰るまでが異世界③

 一の矢を放ったのは彩だった。ワイバーンの群れに光の槍が突き刺さり、二体が墜落する。


 ほぼ同時に優香がライフルを発砲する。弾丸は次々と当たるが、一匹を落とすのにマガジンの半分を使う。銃じゃ効率が悪い。


「もらった!」


 接近してきたワイバーンをくるみが剣で一刀両断する。くるみの細腕と、長いわけでもない剣からは考えられない光景だ。


「助かった!」

「よゆーよ、よゆー!」


 彩とくるみがやりとりする。喧嘩別れしていたとは言えやはりチームワークは良い。そして何よりそのことを気にしていないようだ。


 いつの間にか仲直りしていたのか、それともお互い気にしないようにしたのか。


 ただ、調子が良かったのはそこまでだった。残りのワイバーンはもう目の前だ。


「危なっ!」


 彩は自身が『光の盾』と呼ぶ防御魔法を展開する。間一発、何匹ものワイバーンが獲物を殺そうとばかりに、鉤爪を盾に食い込ませた。


 そばにいたくるみは彩のフォローに回ろうとするが、ワイバーンの数が多すぎて自衛に精一杯だ。


 少し後ろにいた優香がその様子を見つつ、目を青く光らせていた。優香は今の光景を見ながら、未来を視ていた。


 このままだと彩の盾はどうなるか。


 次にくるみはどの敵を狙い、どの敵から狙われるか。


 どの死角から優香自身が襲われるか。


 そして、どの敵から先に倒すべきか。


 優香はまず、自分の右後ろから襲いかかる鉤爪を、一歩前に出ることで避けた。


 避けたという実感も、そもそも攻撃を受けた実感もなかったが、自分が致命傷を負う未来を避けた感触はあった。


「スノードロップ1は少し下がって、右に注意して!」

「わ、わかった!」


 優香の指示にくるみが応える。素直に一歩下がり、右の敵に注力してくれた。


 状況が読みづらい乱戦だが、これでくるみがダメージを負うまで時間が稼げる。その前にどんどん状況という名の未来を変え続ければいい。


 優香はステップを踏むように、だけど姿勢を崩さない程度の動きで自分に迫り来る怪我の未来を避け続ける。


 そしてその動きの最中、自身ではなく彩に張り付くワイバーンを狙う。


 盾に鉤爪を食い込ませて動かないから狙うのは簡単で、しかも距離がないから弾丸の威力も落ちていない。対人用の5.56ミリ弾だとしても、容易に喉を引き裂く。


「こっ、のぉっ!」


 解放された彩が素早く光の槍を展開する。自分の近くにいるワイバーンに突き刺すと、くるみが少し楽になる。


 そうするとくるみがここぞとばかりに暴れまくる。駆けるように、舞うように、剣を振るう。


 優香はそれを見ると急に後ろに倒れるように仰向けになった。頭の上を鉤爪が掠めていく。


 地面に背中をつけて、ライフルを素早く構える。今まさに、後ろから襲い掛かろうとしていたワイバーン。そしてくるみの死角から襲いかかるワイバーン。優香は素早く狙いをつけて続けて撃つ。


 これが優香の戦い方だ。未来を視て、それを自分の有利な方向に変える。針の穴を通し続けるような戦いをする。


『そりゃだけど、普通は動きでしょ』とは前に所属していたチームリーダーの言葉だ。


 優香の強みはほとんどそれだけだ。それだけだが、唯一無二の絶対負けない能力スキルなので、委員会もその重要性をわかっている。だからこそ、こんな危ない世界にばかり派遣される。


 未来視の能力こそ優香の真髄だが、サイコキネシスも一応は使える。ただ細かい出力が難しければ、最大出力もそこまで大きくない。


 だから戦闘中はほとんど銃に頼る。優香が救った異世界でも同じように超能力が使えたが、ほとんどの戦いを銃でこなした。だから銃の扱いはとても上手い。


「くるみ! 右から2匹!」

「えぇ!」


 彩とくるみはいい連携を見せている。彩はくるみを援護するように槍を展開しているが、彩自身の頭上に回り込んだワイバーンに気づいていないようだった。


 そこを優香が撃ち抜くと、今度は優香に向かって脇腹を抉るようにワイバーンが飛んでくる。


 すんでのところでサイコキネシスを発動し壁を作る。その鋭い爪が脇腹に刺さることはなかったが、優香を地面に押し付けるように押さえつけた。


「ぐっ……!」

「優香!」


 彩が叫ぶと、くるみが跳んで一刀両断する。


「なんで自分の身を守らないのよ……!」

「今のは助けてもらえると思っていました……」


 呆れるようなくるみに、優香はそう答える。今のが最後のワイバーンだったようだ。少し余裕がある。


「まったく……意味わかんない動きをしてたけど、この人数であの数をやれたのはもっと意味わかんないわね……どんな能力なのかしら」


 くるみが手を伸ばしてきたので、素直に優香はその手を取った。


 地面から引き上げてもらい、ぱっぱと制服から砂埃を落とす。


 遠くに目をやると、また別のワイバーンの群れがやってくるのが見えた。先ほどの倍以上いる。


「また来たわね〜」


 彩が若干のんびりとした口調で言った。口調とは裏腹に、顔はうんざりという感じだったが。


「もう充分時間を稼ぎました。私たちも撤退しましょう」


 優香の言葉に二人は頷く。

 優香とくるみは能力で大きく跳ぶことができる。くるみのことは詳しく知らないがおそらく魔法だろう。


 彩はできないので、どちらかに連れて行ってもらう必要がある。


 正直、同年代におんぶ抱っこされるのは気が進まない彩だ。この年になって……という気恥ずかしさがあるが、しかしそんなことを言って時間を無駄にするわけにもいかない。


「じゃ、じゃあ優香、お願いできるかしら?」


 ここは素直に、現在の隊長である優香に頼むべきだろう。


「あ、えぇ……は、はい」


 優香は若干戸惑いつつ、お姫様抱っこで彩を持ち上げた。ライフルを背中に回したので仕方ない。


「え、ちょ、ちょっと?!」


 彩が顔を赤くするが、優香も負けじと顔を赤くする。同い年の体にここまで密着する経験は今までなかった。


 その細さと軽さに驚きつつ、彩さんってやわらかいんだ……と妙な感想を持つ。


「い、行きます!」

「え、えぇ」


 優香は彩をお姫様抱っこしたまま大きく跳んだ。くるみもそれに追随する。

 優香の腕に抱かれたまま、手持ち無沙汰の彩はふと今日のことを振り返る。


 色々なことがありすぎたが、スノードロップのみんなも、遭難者も無事に帰すことができた。仕事としては大成功だ。


 喧嘩別れして気まずかったくるみとも話せたし、仲直りもできそうだ。


 それもこれも、全部優香のおかげなのは間違いない。

 そういうことを疲れた頭で考え、ぼーっと優香の顔を見る。


(笑わないし、自信もなさげだけど……よく見たらかっこいいし、可愛いわね……)


 教室では自分を主張しない、はっきり言って陰キャだ。でも、誰よりも強くて、誰よりもかっこいい。クラスで持て囃されてるのはあたしだが、本当の実力者は優香だ。


 他の誰が知らないとしても、あたしだけは知っている。そのことに自覚した時、彩の胸に妙な高鳴りが生じた。

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