第26話:帰ってからの話

 結局あれからは何事もなく、ゲートまで跳んで移動できた。ワイバーンも速かっったが、自分と同じくらい速い人間を追跡するのは途中で諦めたようだ。


 帰りにゲート付近に吊るされていた2枚のハンカチを取って帰る。来た時にはなかったものだった。


 委員会では誰かが先に帰る時、無事にゲートまで辿り着いたことを表すために何かを置いていくのが慣行となっている。


 片方が男性もの、もう片方が女性もののハンカチだった。おそらく前者がアリサを護衛していたサマーデライトのもので、後者がスノードロップのどちらかのものだろう。


 ゲートを戻ってからも大したことは起きなかった。戻った先には委員会の人間と、幾らかの自衛隊が待っていた。帰ってきてからすることは多くない。


 優香たちの仕事は遭難者をなんとかして連れて帰ることで、その後の手続きは担当官にお任せだ。あとは適当なタイミングで報告書を出せばいいが、それは今ではない。


「ふぅ……」とようやく車に入って一息をつく優香。人がいるところはやっぱり息がつまる。


 自分が最先任ならなおさらだ。ただでさえ人と話すのが苦手なのに、階級ばかり上げられても困る。小心者にとって他人に支持するのが一番神経を使う。


 そんなことを思いつつ後部座席で微睡んでいたら、コンコンと窓を叩かれる。


 窓を叩いていたのは彩だった。目が合うとドアを開けてきた。


「ねぇ、このあとくるみたちと一緒に打ち上げしよーって話してるんだけど、どう?」


 嬉しそうな顔で彩が言う。なんだかんだスノードロップの一件は心配なさそうだ。話してみれば案外、よりを戻すなんて簡単だったのだろう。


「いえ……せっかくですが今回はまっすぐ帰らせていただきます。疲れたし、妹もいるので」

「遠慮することないのに。来てくれたらみんな喜ぶし、あたしも喜ぶ。跳ねるくらい喜ぶ」

「打ち上げの誘いを断れるのはソロ活動の特権なんですよ……真面目な話、スノードロップがどうというわけではなく、今日は本当にまっすぐ帰ると決めてたんです」

「そっか……ま、じゃあしょうがないわね」


 そう言うと彩はドアを優しく閉めてまたどこかへ小走りで去っていった。


 覚えているのはそこまでだった。いつの間にか委員会の建物に着いていて、横にいた彩がゆすって起こしてくれた。


 そこからロッカーに銃を置いて帰路に着く。メンテナンスや報告書は明日以降に回すことにした。


「おかえりー……!」


 玄関を開けると、妹の結衣ゆいが抱きついてきた。


「はいはい、ただいま」と優香は答える。


 両親が亡くなって二人暮らしするようになったが、それを支えているのは優香の委員会の仕事だ。


 委員会のバイト代は破格だ。命をかけているから当然だが、普通の高校生には到底稼げないような額が毎月振り込まれる。


 そのおかげで、妹との二人暮らしでも不自由ない生活ができている。不自由ないどころか、二人暮らしでも楽に生活できるようにと家電もほとんど新型に買い替えたぐらいだ。


「お姉ちゃん、今日は遅かったね」


 結衣が心配そうに言う。


「ちょっと現場が遠かっただけ……ほら、離れて離れて」


 そのままだと玄関から動けないので、結衣を引き剥がす。


 委員会の仕事は高給だが、文字通り危険でもある。


 既に両親を亡くした妹にとって、稼ぐためとは言え姉が文字通り命懸けで仕事しているのは心労なのは間違いない。


 普段はそこまで大きく心配しないが、月に一度の物憂げになる日と重なるとものすごく不安になる。


 頼りない姉である自覚はあるし、大切な妹にストレスを与えるのも良くないのでそういう日には必ずまっすぐ家に帰ることにしている。


 リビングに入ると、箱から出ていないピザがあった。


 普段は先に食べていることが多いが、今日に関しては待っていたというよりも食事が喉を通らなかったのだろう。


「ちょっと手洗ってくるから、ピザあっためといてよ」

「わかったー」


 結衣は普段と変わらない様子で返事をする。


 手を洗いながら、優香は今日のことを振り返る。そういえば妹はCobotコボットのことを知っているだろうか……?


*****


「んじゃ、かんぱーい!」


 と音頭をとったのは彩だった。乾杯と言ってもソフトドリンクで、今はただのファミレスにいる。


 スノードロップのメンバーとは久しぶりに一緒に食事をするが、気まずさはなかった。


 喧嘩してたことに触れるのは気まずいけれど、今はもう解消したし触れなければ問題ない。


 あれはまぁ……すれ違いのようなものだった。優香がいないところでくるみとはちゃんと話したし、真希や由香里も心配かけてゴメンと帰ってから謝っておいた。


 同い年の女子高生が四人集まれば話題は尽きない。しかもお互い学校も違うので、話のネタは多すぎる。話題はコロコロと変わっていく。


「そういえば、あの、優香だっけ? あの子も来ればよかったのに」


 くるみが残念そうに言う。


「あの子ねー、なんか妹が心配してるから帰るって」


 本当のところは人見知りで来たくなかったのかもしれないが、それは言わないでおく。


「うーん、残念ですねぇ」

「残念」


 のんびりした口調の由香里に、真希が続く。


 由香里は友達の友達は友達と信じているタイプなのでわかるが、真希はお世辞を言うタイプでもない。何が残念なのだろうか。


「あんた、知り合いなの?」

「知り合い……ではないと思う。私が一方的に知ってた。話を聞いてみたいとは思う」

「ふぅん……」


 ずいぶん曖昧な言い回しだ。


「前に、スノドロの仕事とは別の、合同作戦の時に別チームで見た」


 真希は淡々とした口調で話す。


 スノードロップの中では真希は唯一、近似系世界からの帰還者だ。


 近似系からの帰還者は乖離系ファンタジーと比べると少ない。


 乖離系の帰還者はほとんど銃を持ちがちなので、案外横のつながりが多い。銃のことで相談したり、あるいは近似系出身者向けの仕事が回ってきた時には合同で組んだりするのだ。


「私のところは寄せ集めのチームだったけど、優香はカノープスのところに参加してた」


 カノープスと言えば委員会の内外で有名なチームだ。実力もあるし、華もある。メディアでも引っ張りだこだ。


「まぁ……だから、色々と話を聞いてみたい」


——あ、めんどくさくて話を端折ったな。


 彩は察した。


 しかし優香がカノープスと一緒にいるとは……想像がつかないとまでは言わないが、かなり意外だった。


 メディアでもてはやされてるから委員会のプロパガンダが生み出したスターだと勘違いする人もたまにいるが、あそこの実力は実際のところ委員会で一か二だ。


「カノープスねぇ……知らなかったわ。今度聞いてみよ」


 彩は今度思い出した時にでも聞こうと心のメモ帳に書いておいた。


 そしてまたすぐに話題は変わっていった。女子高生の話題は尽きなかった。

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