第44話:ドラゴン

 日本においてはドラゴンは過去に一度だけ現れたことがある。異世界対策委員会が作られるきっかけになったものだ。


 あの時は異世界からの帰還者が危険人物と見做され、異世界を救って帰ってきた帰還者はそれを隠すように生きていた。当然、ドラゴンを倒そうとする英雄はほんの数人しか現れなかった。


 その数人の活躍はドラゴンによる被害を軽減させた。


 ある側面では美談として、そしてまた別の側面としては異世界からの帰還者への差別する当時の風潮を戒める話として今でも語られている。


 委員会はきたるドラゴンを見据えて設立されたと言ってもいい。そして今、そのドラゴンがやってきた。


「シリウスもすでに向かったし、あなたたちにも帰還次第行くようにと命令が出てるわ」

「はぁ……一難去ってまた一難ってところかしら。麗しきバイト代のためにも今日は特に頑張らなきゃね」


 友希乃が諦めたようにため息をついている。


 橋本によると、現在地点からヘリで近くの自衛隊基地へ移動し、そこからVTOL輸送機で距離を詰めるらしい。


 首都に現れたドラゴンは今は大きく移動し、隣県の森に着地したらしい。都心と呼べる規模の場所ではないが、住宅地が近くにある。


 現在のところは自衛隊による砲撃と、委員会による接近攻撃が行われているが成果は芳しくないらしい。


「前回現れたドラゴン基準で考えるなら、戦車砲を弾くんでしょ?」

「それに加えて今回は、ドラゴンが無数のワイバーンを連れているらしいわ」


 友希乃の発言に、橋本が補足するように言った。


「ドラゴン退治の勇者様は剣と魔法の世界出身者に任せるとして、私たちは露払いがせいぜいってところかしら」


 ここにいるメンバーで言えば、五分の三が科学技術が発展した異世界である近似系異世界の出身者だ。どれも銃による戦闘がメインになる。


 近似系異世界の出身者は数少ないので、カノープスのような偏りがあるチームは珍しい。


「……ほとんどの異世界で、委員会がドラゴンと呼ぶサイズの竜はいないんですよね……」


 彩が呟くように言う。委員会の帰還者の中で大きい竜と戦った経験があるとしても、大きくて30メートル程度。何よりそれを5〜6人のパーティで倒している。委員会基準で言うならワイバーンだ。


 委員会の中で、委員会の言うドラゴンを倒したことのある帰還者はいない。


「異世界を救った人間を集めても、住んでる国を守れないなんて悲しいところね」


 友希乃の呟きに答える人間はいなかった。それよりも、沙希が気づいたことにみんな意識が持っていかれた。


「見えてきた」


 全員が窓に張り付く。


 燃えている建物が多く、煙で地上がよく見えない。煙の下で非常灯をつけた車が多いのはわかった。そしてドラゴンも近くに見える。


「はー……マジか。アレか……」


 恐れや怖さを超え、呆れた声を出す彩。


 ドラゴン。絵本などで見る竜そのものの姿。それが日本の山に鎮座するのは若干のシュールさを感じる。


 山も大きく燃えていた。竜そのものの周りは木々が薙ぎ倒された影響かあまり燃えてはいないが、住宅地に近いところほどよく煙が上がっている。遠く離れたヘリからでも煙の匂いを感じるほどだ。


 ドラゴンについて特筆すべきはやはりその大きさだろう。体高は木々を超え、離れた場所からでも目視ではっきりとわかる。


「んで、アレをどうにかしなきゃいけないわけね……」


 彩が呟く。


 誰も声を出せずにいた。優香以外は。


「……まぁ……しなきゃいけないんでしょうね……呼ばれたってことは」


 その返答は諦めに似た感情が感じられた。彩が優香を見ると、目を逸らすように首を下に向ける。


「なんとかなると思う?」


 彩はそれを気にせずに聞いた。


 思えば優香と仕事を始めてから、長くはないが濃い時間を過ごした。学校での付き合いはなく、これから目立った関わりもないだろうなと思っていたのに、たった数週間で優香には慣れたものだ。


 いつだって自信なさげで、おどおどしていて、部下の目も見れないようなやつだが、今までの経験からわかっていることがある。


「なんとか……しますよ。しなきゃなりませんから」


 優香がやれると言ったことはやれるし、すると言ったことはするのだ、と。


*****


「おい、本当に降りるつもりか?! パラシュートなしだぞ!」

「だから構わないって! うちらは降りれるから!」


 パイロットと友希乃がやりとりしている。何をと言えば、どうやって優香たちを地上に降ろすかだ。


 現場の近くに降ろして欲しいが滑走路はない。VTOL機なのである程度の空間があれば降りれるが、それよりもさっさと降ろしてほしいと友希乃がやりとりしている。


 パラシュートもつけていない人員を空中から投下してはいけないというごもっともな意見で自衛隊員は躊躇しているが、目の前の惨状を見ると全員が速く何かをしなければと気持ちで焦っている。それはパイロットも一緒だ。


「……わかった! 旋回して現地司令所の上くらいでハッチを開く! お前たちがこれをなんとかしてくれるなら、始末書でも喜んで書くさ!」

「よっしゃ! 頼んだわよ!」

「私は飛び降りないからね! 一応言っておくけど!」


 橋本が叫ぶ。能力的には一緒に降りる余裕はあるが、万一危険地帯のど真ん中に落ちたら洒落にならない。


 やがてパイロットの合図とともに、ハッチが開く。


 狭いハッチなので全員が一気に降りれるわけではない。


「じゃあ自由落下への一番乗りは私と咲希ね。優しく頼むわよ、紗希」

「……努力はする」


 友希乃と咲希がまずセットで降りた。友希乃は跳躍や降下能力を持たないため、咲希が一緒に降りる。


 続いてあさひが「じゃあお先〜」と単独で飛び降りた。


 最後は彩と優香だ。彩も友希乃同様、移動に関する能力は持っていない。


 友希乃と咲希は同じタイミングで揃って飛び降りただけだったが、彩は優香が一緒に飛ぶためにどんな姿勢をとるかわからなかった。人には人の跳び方、飛び方がある。


 ただ彩はいつの間にか、自然と優香の手を握ろうとしていた。


 優香は彩の手が触れた瞬間、他人と触れあうことへの免疫のなさから一瞬心臓を跳ねさせたが、すぐに手を握り返す。


「……あたし、あんたがやれるって言うなら信じてるから」

「……やれますよ。彩さんなら」


 それがどういう意味か聞く前に、彩は優香に手を引っ張られて空中に躍り出た。

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